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繋がらぬ伯爵家

お読み頂き有難う御座います。

残酷な描写が御座いますので、ご自愛の程を。


「お祖母様!」

「! ……その、醜い顔……」


 眼の前には、横たわる影。そして、聞きたくもなかった声が荒らされた玄関ホールに響いた。


「イゼロだったのね。……お母さんが帰ってきてあげたわよ」

「……お祖母様から、離れろ」


 猫撫で声に怖気を覚えつつも、古びた服を纏う大柄の女をイゼロは睨みつけた。

 嘗ては遊び歩いて碌に帰ってこなかった母親の顔など覚えては居ない。だから、失権紋章を奪った同年代の女の盗賊として突き出すしか無いな……と心の中で結論付ける。

 それよりも、祖母だ。

 嘗て恐れられた萎んだとはいえ巨体はピクリとも動かない。


「……留守をしていて悪かったわ。でも、これからは私が当主に」

「なれないと、散々お祖母様から聞いたみたいだが?」


 そして激昂した上に祖母に暴力を振るったのだろう。昔から好戦的で短絡思考は変わらないらしい。

 どうやって対抗すべきだろうか。体格の良い母親に対し、イゼロには武器も何も無い。

 外から覗く使用人に目配せし、応援が来るのを待つくらいしか出来ないだろう。


「自慢の美貌の伴侶はどうした?」

「あ……酷いのよ。お父さんは、アタシを棄てて若い女に入れ込んだのよ」


 だろうな、とイゼロは納得する。

 母親に擦り寄ってきたのは金銭と、嘗てはまあまあ見られた容貌のみだっただろうから。


「イマータを拐おうとしたからね。ちゃあんと懲らしめて……新しいイマータは見た?」


 無邪気に吐かれた言葉に、イゼロは目眩を覚えた。

 あの日、妹の亡骸を見た過去が脳裏を焼き尽くし、吐き気を覚える。

 仲良くしたことなど無い妹だったが、身内の死骸を贈られて嬉しい訳が無い。


「……新しいも何も、イマータは墓に入れた。アンタが送りつけてきたからな」

「違う違う。あんな弱い子じゃ無くて……」

「孤児だと名乗ってくれた子供か? アンタ、他人の子供に詐欺まで働かせてるんだな」

「イゼロ、実の子じゃ無いから怒ってるの? 可愛くない子ねえ」


 のし、のしと近寄ってくる足音すら気持ちが悪い。

 伸ばされた手は浮腫み、色が悪かった。酒の臭いが漂ってくる。

 イゼロは避けようとして、よろけてたたらを踏んだ。どうやら、虚勢では補えない程怯えているらしい。


「あー、どんくさ。血の繋がったヤツなんて、ほんっと堅苦しくて使えない。アンタラのせいで、アタシ幸せじゃない」

「……奇遇だな。血の繋がった両親のせいで、周りには不幸だと罵られたよ」

「……アタシが生んだんだからさあ。アタシの言う通りにしろよ!」


 殺される!!

 眼の前で横たわる祖母も救えずに、殺されてしまう!



 だが、如何なる時も怯むなという教育の賜物か、目すら瞑れずに迫り来る腕を凝視していると……。



 掻き消えた。


「……………………は?」


 眼の前には、祖母以外居ない。

 何度も目を擦り、辺りを見回すも……此方に暴力を振るおうとしてきた母親は消えていた。


「逃げ……いや、隠れ?」


 イゼロは玄関を背にしていたから、外に出られる筈はない。

 他の出入り口は、奥にある。

 目を開けていたつもりだが、恐怖で見逃したのだろうか?

 辺りには物が散乱しているが、母親の巨体が隠れられる調度品は無い。


「……お祖母様!」


 だが、それよりも。ピクリとも動かない祖母が心配になって駆け寄った。


「……お祖母様! しっかりしてください!」

「イゼロ……私の孫……」

「良かった、お怪我は!?」

「女など、……貴方に継がせれば良かった」

「今、医師を呼びますから」

「私は、仕事が好きで……。彼だけが分かってくれて、本当に彼しか要らなくて……でも、ひとりしか産めなくて……。だからお母様に、沢山婿を迎えろと……無理強いされて、抗えなかった……」

「お祖母様?」


 ホロリ、と祖母の頬が光る。そして、何時もより声は嗄れていた。あれだけ大声をご近所に響かせていたのに。今では耳を澄まさないと聞こえない程小さかった。


「彼は、何処。ジェームズ……愛するひと……苦しめた。苦しんだ……」

「……お祖母様?」

「……」


 ゴトゴト、と近くで家具か何かが転げ落ちる音が聞こえる。

 祖母の目は開いたまま、光を消し、そして動かなかった。


「……坊ちゃま! 警備騎士を……伯爵様!」

「こ、これは……」


 雪崩込む警備騎士をボンヤリ眺めながらも、イゼロは呆然と動かぬ祖母の傍に居た。


「大旦那様は如何に!?」

「……お祖父様……?」


 そういえば、何時も影のように付き添う祖母の夫がいない。

 逃げたのだろうか。

 彼もイゼロと同じ弱々しいから、それも仕方ないのか……と思ったが、胃の腑には不愉快が重く沈殿している。


 もし祖父が妻を放って、逃げたのだとしたらイゼロはどうしたら良いのだろう。何らかの処罰が……?

 そして、賊である母親の行方はどうやって追えばいいのだろう。


「……何故、こんな事に」

「坊ちゃま、先ずは避難致しましょう! 現場検証も御座いますし……」

「事情聴取はいいのか? それに、弔いを……」

「それなのですが、令息。伯爵の御身はお預かりさせて頂いても? ……お調べしなければなりませんので」

「……分かりました」


 調書は簡単にというもののかなり時間を取られたし、他のやる事も山積みだった。

 祖父は、何処へ行ってしまったのだろう。

 物静かとはいえ実務に秀でている彼が居てくれれば、身内として慰めあえれば。

 イゼロの気持ちは、救われたというのに。


 結局、戻ってきた使用人と共に何とか送り出した祖母の葬儀にも、彼は姿を現すことはなかった。




祖父は何処に行ったのでしょうか。そして、忽然と消えた母親も。

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