出ていったものの権利とは
気候が乱高下の中、お読み頂き有難う御座います。
「偽物だ」
「坊ちゃま?」
イゼロは、眼の前の魚獣人を見つめた。やはり、血族の誰にも似ていない。
自分を棄てた両親にも、祖母にも、祖父達にも、ボンヤリした親戚達の顔がグルグル思い出しても、誰にも。
「お前は誰だ」
「だーかーら! イマータだって!」
振りかざされたのは、紐だった。
いや、小さな何かが付いているからペンダントか。
「コレ! ちゃんと見なさいよね! 伯爵家の家紋? ってのでしょ! ちゃんと、アタシだっていうショーコ!」
「……」
ブラブラユラユラと揺れる銀色の金属片に刻印されていたのは、確かにアングの家紋だった。ちゃんとした所で刻印されたのか、よく出来ている。
だが……違和感を感じてイゼロは眉根を寄せる。
「裏側を見せろ」
「はぁん?」
「……証拠なら見せられるだろ」
「奪ったり、壊すんじゃ無いでしょーね」
「ひ弱な俺にそんなこと出来るか」
若い頃に怪力で鳴らしたお祖母様じゃあるまいし、と口の中でイゼロは愚痴った。
「コレを何処で手に入れた」
「はあ? オカーサマ、だけど」
訝しみながらも魚獣人には辿々しく、イゼロの問いに答える。
「これは、当家の失権紋章だ」
「シッケ……? 当家の……何? それ何? アタシがアンタの妹だって、認めんでしょ」
「コレは確かに……アング伯爵家の、権利を失った紋章。
我が家と縁を切った奴の証明だ。
つまり、ウチの伯爵家は一切関係を持ちません、コレを持って来て権利を寄越せと言った奴は親戚縁者ではありません。コレを使おうとする者は詐欺師です、とな」
流石に此処まで解りやすく言うと、眼の前の魚獣人は目を剥いた。ペンダントとイゼロを交互に見て、どんどん血の気が引いていく。
「な、な、……」
「失権紋章は、そうだな。縁を切った者達が出て行って数日後に提出されている」
「そ、それが何だっての。それでも、身内でしょ! 権利有るし!」
「失権手続きというのはな。
このザブジャブジャブーン海底王国の、麗しの女王陛下にも覆せないんだよ」
イゼロは、足に絡む鎖を見せた。其処には魚獣人が差し出したものより大きな金属片と宝石が揺らいでいる。
「例えばコレは。アングの家紋と俺にのみ許された、シリアルナンバーが刻印されている。いわば身分証だ」
「な、な……」
「身分証って分かるか? お前は『オカーサマ』とやらから受け取ったと言ったな」
「そ、それが何」
「お前の歳が幾つかは知らんが、失権した奴は50超えてる。
失権してなくてもそれを首から下げて許されるのは、その年代の年頃の女のみ。 お前では、ツケで買い物すら出来んだろーな」
「えっ、嘘! レストランでは出来たのに」
「そうか。失権してる上に、身分詐称。立派な詐欺と窃盗だな」
良かった、正論で口でやりこめられる。殴り掛かられる前に、何とか出来そうだ。
イゼロの視線の先に、チカチカ光る警備騎士の掲げるランプが見える。急がねば。
「誰の指示だ」
「いや、だから……。それはさあ、ほら」
「誰がお前にそれを寄越した。正直に言えば、罪を軽くする口添えをしてやってもいい」
口籠る魚獣人を尋問しようと近寄ると、悲鳴が聞こえた。
それも、よく知っている声で……。
「ま、ママ……」
「は?」
「ママが、絶対お金貰えるからって。元々、ママの財産だったからって」
「元々、財産?」
それを聞いた途端、内臓を直接海水に浸けられたような不快感が、イゼロを襲う。
元々とは。
では、本当に騙りではなく……。
「アング伯爵家の方ですか!? さっきの悲鳴は一体……」
「騎士殿、コイツが襲撃犯の一味です」
「は、ちょ、ちょっと! 見逃してくれる……って」
そうだった。悲鳴が聞こえたのだ。
大柄な烏賊の警備騎士に、イゼロは暴れそうな魚獣人を押し付けた。
「まさか、本当に……お母様」
遠くで呻き声が聞こえる。それは、認めたくは無いが祖母の声だった。
イゼロはモテないのに、かなり女運が悪いです。