予期せぬ帰宅者
間が空きまして申し訳なく。
お読み頂き有難う御座います。
「……気を付けてらして、イゼロ様……」
「キュービカ、俺は」
「坊ちゃま、お早く!」
「イゼロ様、何か有っても平常心と身の安全ですわよ! 他のご心配は、二の次に! 御身お大事に! でないとワタクシが泣きますわよ!」
大袈裟なまでに不安な目をして見送ってくれたキュービカと別れを惜しむ間もなく、イゼロは自家用高速艇に押し込まれた。
何事か問い質そうにも、使用人のいる運転席とは壁を隔てている。
余程の火急の用なのだろうか。
しかし、あの祖母が牛耳る家がピンチに陥ったとは、とても考えにくい。
家人は老人しか居ないとはいえ、使用人も護衛も矢鱈居るのだ。
恨みを買っている者が押し寄せるにしても……負けるとは思えない。
思えないのだが……。
しかし、イゼロの不安は的中した。
「これは、どういう事だ……」
一応、イゼロの家……深海にも陸かぶれの門がある。本当に形だけなのだが、何時もはちゃんと閉まっているそれが、無理矢理抉じ開けられて歪んでいた。
「賊が押し入ったようなのです!」
「警備騎士は」
「近所で強盗が入ったらしく……」
「治安いいのがこのド田舎の売りだろうに……」
イゼロは種族柄強いわけでもないし、個人的に武術はからっきしだ。
これならテンパった使用人を殴ってでも、帰って来なければ良かった、と心の内で毒づく。
どう見ても危険ではないか。
「……戦略的撤退を」
「し、しかし……」
「どう見ても、強盗が入り込んでるだろうが。警備騎士を待つぞ……。安全な所で」
キュービカの先程の助言が耳の奥で蘇る。確かに、身の安全が大事だ。この中に暴漢が居ても決して勝てなどしないのだから。
「そ、そうですな……」
「やだ、お兄様ったら。強盗だなんて」
……不愉快な迄に、鼓膜が震えた。
過去に聞いたことがある。
まだ、イゼロがほんの稚魚だった頃。
この声で地獄に叩きのめされた。心臓の鼓動が早まって、呼吸もしにくくなった気がする。
「……かあ、さん……?」
「あたしの声って、母さんに似てる? やっだ、やっぱあたしが跡取り決定よね!」
耳障りな、二度と聞きたくない声。
しかし、少し違う。
イゼロが不愉快に思う内容には変わりなかったのだが。
深海には不自然な銀色の髪が靡く。殆ど記憶にない、父親の色だった。
「イマータよ、お兄様! お金と、家督頂戴!」
「……」
大柄な魚獣人が、ノタノタと偉そうにやってきた。
しかも、意味不明な妄言を吐きながら。
見覚えがない。過去の記憶の父親とも似ても似つかない。
落ち着け、とイゼロは自らに言い聞かせ呼吸を整える。
「……誰だ?」
「……坊ちゃま、賊です」
「アレがか……」
落ち着いてよく見れば、誰にも似ていない。声が母親と似ているだけだ。
後ろに控えている使用人がアタフタしているようだが、玄関扉は無事だ。流石に鍵を開けなかったらしい。
あの、変で大きい銀色の魚獣人は何だろうか。
妹の名前と同じ名前を名乗ってはいたが。
ただ、妹はもう居ない。
両親と妹が出ていってから、三年して。
恐ろしいものが送り付けられてきたのだから。
叩き割られた稚魚の骨が、一匹分。
箱を開けた祖母の悲鳴が、未だ耳に残っている。
中々イゼロは女難の相ですね。