少しの信頼と疑惑
お読み頂き有難う御座います。
イゼロとキュービカは、図書室から別の場所に移動したようです。
「ワタクシ、お商売で各国を回っておりますの」
「旅商人か」
あんな気持ち悪いお話の後はお外の空気を吸うべきです! 校庭でお話しましょう! とキュービカが言うので。
イゼロとキュービカは校庭……と言っても、魚の額程の苔庭に出てきていた。此処は冬でも湿気ていて、苔が青々としている。魚の獣人には有難い湿気だ。だが、蝶の羽には大丈夫だろうか、と目をやるとキュービカの羽はしんなり萎れている。
「羽は濡れても大丈夫なのか?」
「ま? ええ。雨の中飛びさえしなければ何処へでも行きますわ」
「そうか、いーな。遠くへ行くのか?」
「ま! ええ、ええ。旅行に興味がお有りで?」
「俺は、此処か深海しか行った事ねーな。……何せ、このツラだから」
「まま!? 外気に長く触れるとお顔が痛むとかですの?」
「いや、違う。……深海魚はあんまり外じゃ好かれねーから」
「ままま! さっきの鱈の方がかーなーり! 大変不細工な見苦しいマナーでしたわ! 低位とはいえ! 貴族として見るに耐えませんわ! 見逃せませんわ!」
キュービカの憤慨ぶりに、イゼロは有り難く思いながらも少し違和感を持った。
彼女は貴族と近しいのだろうか?
「貴族のマナーに詳しいのか? 外国で爵位持ち?」
「ま、ままま……す、鋭いですわ」
「陸のご婦人の服飾は判らんが、多分いい素材の服だろ」
水中でもヒラヒラとよく揺れるだろう、曇り空の下でも柔らかな服は優しく光沢を放っている。明るい笑顔のキュービカによく似合っていた。
商人の装いは詳しくないが、普段着にするにはかなり高価そうである。
「ま、服でバレましたの……。お喋りは貴族らしくないとよくバカにされますのよ」
「……陸の発音は未だよく解らねーが、俺はその、悪くないと思う」
「お優しいですわ、ままま……」
あまりにも普通に友好的に接してくるので、誤解しそうになる。
同族ですら嫌厭されてばかりなのに。
「……商人なら、取り引きとかか……」
「お取り引き? 何かご入用のお品が? ま、ですがワタクシ、仕入れの方はやっておりませんの」
「そ、そーなのか。家でやってるのか? 商会とか」
「まま? 商会、では御座いませんわね。あ、何かお売りする的な事はしておりませんが」
売りつけられる訳では無いらしい。
だが、疑う気持ちがチクチクとイゼロの心を刺す。
自分の容姿が、キュービカのような可愛らしい少女に好かれる筈がないと。
過去が迫ってきて、耳元で囁く。
「やはり先程の鱈が……」
「いや、そーじゃなくて……悪い。いや、まあ、気にしてる、かもしれねーな」
「お嫁様をお探しでしたら、ワタクシ立候補しますのに……」
「は?」
随分と都合の良い聞き間違いが、イゼロの耳に入った。
「いや、冗談だよな?」
「まま、何故ですの? イゼロ様ったら、世間的にもハイスペ殿方ですわよ?」
「……初めて言われた、そんな事」
「ままままま! 見る目の無い……! 周りの皆様のお目々は、失礼ですが節穴ですの?」
「節穴……」
「密かに探らせて頂きましたが」
「探る?」
「ま! 其処は問題では有りません。
まず頭脳明晰で成績優秀、健康かつ体格も御立派で素晴らしい、無為に避けられても人助けを為さる性格も素晴らしい、それから」
「待て待て、おい!」
「家格の高さは個人の品格では有りませんし、あまりお気に召しませんわよね」
小首を傾げて見上げられると、余計にイゼロの顔に熱が溜まった。
こんなに褒められた事は、親族でも一切ない。
「周りに恵まれてらっしゃらないのが、ドアマット気味ですわよね……」
「ドアマットって何だ」
「お魚はあまり使われませんかしら。学校の……ああ、あの足ふき織物ですわ」
「……」
あのマットが何なのだろう。とてもイゼロに似ているとは思えない。続きを聞こうとすると、悲鳴のようなな声がイゼロを呼ぶ。
「ああ、いらっしゃった! お坊ちゃま、大変です! 直ぐにご帰宅ください!」
「……何?」
「ままま……?」
突然帰宅しろ、だなんて。とても嫌な予感がする。
旅する蝶々はアサギマダラとかオオカバマダラとかおりますが、美しいですよね。




