不穏当な見合い相手
お読み頂き有難う御座います。
闖入者現る、ですね。
「ねえ、ちょっと」
「……?」
図書室にそぐわない声が響いたかと思うと、足音荒く女生徒が入ってきた。
尻尾から推測するに、どうやら鱈の獣人のようだ。
「やだ、愛人? ブサイクのくせに生意気」
「誰だお前」
「ま、不細工なお話し方」
「何ですって! 男爵家のお嬢様であるあたしに、何て口を利くのよこの庶民!」
湯気が立つ勢いで怒る勝手な女生徒に、イゼロは冷ややかな視線を向けた。
早く立ち去った方がいいらしい。
「キュービカ、行こうぜ」
「ま! 了解しましたわ」
「ま、待ちなさいよね! アンタ、アング伯爵家の息子でしょ」
「だったらどうした、格下」
目に余るので、イゼロは強めの言葉を使った。フレンドリーに学友として接してこられたなら兎も角、此処まで馬鹿にされる謂れはない。
「か、かく……!? あ、アンタ、アンタと結婚しろってアンタの婆さんから命令を受けたのよ!」
「……そうか、じゃあ破談だな。ウチに入れるには口も態度も心根も汚すぎる。水が汚れる」
「いー! ですわ!」
何故かキュービカが両頬を抓んで歯を見せている。陸の威嚇か何かだろうか。イゼロはその様子が可愛らしくて、若干気が削がれた。
「な、な……何ですって! あたしが、フリに来てやったのに!」
「それは結構。で、何処の準男爵家だ。抗議文を送っておく」
「まま、ステキ! 震えて待てですわ!」
「何なのよ、そのクマノミ女は!」
「熊の実? ワタクシ、蝶々とかのハーフですわ」
魚のクマノミとイントネーションが違うので、キュービカは何かと勘違いしているようだ。
「アンタこそ、婆さんから叱られるわよ。
そんな結婚も出来なさそうな土混じりの雑種……」
「口を閉じろ。水が汚れる」
「同族と結婚しなきゃ、アンタも伯爵家の魚じゃいられなくなる癖に! あたしに縋り付く様が目に浮かぶわね!」
痛い所を突いたつもりだろうが、言われ慣れている。
それに、彼女はそんな関係じゃない。
そう言い返すのも、イゼロは面倒に感じた。
謂うだけ言って、図書室からまた足音荒く去っていった。男爵家を気取る割には、歩く練習すら満足にしていない様だ。
「男爵家に鱈は居ない。ということは準男爵だな。……鱈のいる準男爵家って、何処だ。最近、矢鱈低位の爵位持ちが増えてるからな……。
あー、遅くなったが巻き込んで悪かった」
「ままま! イゼロ様のせいでは御座いませんのでお気になさらず! お魚の鱈は上品で美味しいですのに、悪いお行儀の方!」
「食うのか、鱈」
「ええ、お魚は。獣人のお味は存じませんわよ」
ニコリ、と邪気のない笑顔を向けられてイゼロは少し眉間のシワを緩めた。
「……そんで、お前はその、蝶々なのか」
「ええ、ホラ。羽が有りますでしょう?」
キュービカが背負っていたのは透明の変わったマントではなく羽だったらしい。背中で控えめに大人しくしていたのを動かされて、少しイゼロはビックリした。
「……マントかと。トビウオみたいな羽だな」
「トビウオさんをお見かけしてませんが、飛べますわよ」
「……ということは、窓から飛んで入って来たのか……」
「ま! 御慧眼! 大当たりぃー、ですわ!」
初めて見る蝶の羽に気圧され、イゼロは目を白黒させる。
先程の女生徒からの暴言から受けたダメージは、溶かされて消えた、らしい。
鱈とアンコウ。
高級鍋の具材のような組み合わせですが、この話では相性良くないですね。