追試と都市伝説
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『初恋を踏みにじられたので可愛い番を作ります』https://ncode.syosetu.com/n4418gm/
の舞台、シャーゴンの隣の国ザブジャブジャブーンのお話です。『初恋を〜』から40年程前になりますね。
潮は満ちては引き、数多の命が生まれて消えゆく。
北と南は引き裂かれ、橋渡しは洋洋たる海のみ。
陸よりも海を愛する、少々湿っぽい気質の者たちが暮らすのは、ザブジャブジャブーン海洋王国。
そんな、ザブジャブジャブーン海洋王国には、『波間に揺れる宝箱』に関する言い伝えがあった。
その美しい箱は時折予兆もなく現れる。
暁の暗がりの椰子の木の下。
月の光も届かない深海の砂の上。
昼下がりの浅瀬に漂っていたことも。
その眩い煌めきについ手を伸ばしたものを、美しさで惑わすという。
空の国バッサバサにいる、翼有る美女セイレーンのようなものだろうか。しかし、箱である故に魔力を込めた箱型の魔道具かもしれない。
しかし、噂は解かれない。何故なら滅多と現れる事はないからだ。
大きさも、色も、形も、装飾も分からない。
ただ、美しい。そして波間に漂うというふたつだけしかわからない。
そして、宝箱を手にした者が中身を語ることはないという。
誰に開けるのだろうか。
誰か、開けたのだろうか。
誰が、手に取るのだろうか。
「都市伝説ってやつだろーなー」
「こんなド田舎で『都市伝説』は該当すんのか? 『ド田舎伝説』なら判るけど」
「急に田舎臭がヤベえな」
此処はザブジャブジャブーンの北端に位置する小島。外には雪がちらついている。
もうすぐ海は凍るだろう。
その一角にある小さな学校の人気の少ない教室で、原種に近いアンコウの獣人イゼロと人である悪友が補習に追われていた。
ひとりは課題を終えており、もうひとりは課題を写そうとやっきになっているようだ。
「なら、中身は銭……」
「伯爵家の癖に……。あ、お前、1万ヨコセヨ返せよ」
イゼロはジロリ、と腫れぼったい瞼を上げて濁った色と称される緑の目を、人である悪友に向ける。
大体、1万も借りていない。彼が貸して寄越したのは売店で買える飲料が買える程度の小銭だった。
「返せよ、ね。あはっ……。すまん、ピヨーちゃんに貢いだ」
「は? それ誰? いや、返せよ」
「だーかーらー、貢いだからねーってば!」
「ふざけんなよ。お前、親に言うからな」
「どーぞご自由に!? どーせ払うだろ、アイツラ」
「……クズ野郎! オマエとはもうツルまねえ! 顔キモいんだよ!」
口汚く足音も荒く友人モドキが出ていくのを、イゼロは冷ややかに見送った。
「女には銭がかかる。仕方ねーだろ」
「ままま、ま! お優しいお考え」
さらなる悪態を吐こうと息を吸い込むと、波の音に紛れそうな、柔らかい声がイゼロの耳を撫でる。
だが、誰も居ない。
「……?」
辺りを見回しても……誰も……。
「今日は」
居た。
「……誰だ?」
フワリと広がるのは、淡い菫色の髪に、濃い菫色の瞳を持つ、此処らではお目にかかれないレベルの美少女だった。
窓を乗り越えてきたのだろうか? やけに美しくヒラヒラしているので、南にルーツを持つ熱帯魚の獣人だろうか。
しかし、窓の外は崖だ。魚系の獣人や人に登れる高さではない。
しかも、高そうなワンピース……ドレスを着ている。辛うじて床につかない長さだが、あのクラゲのように透けて軟そうな生地の裾や外套ではとても崖など登れまい。
しかも寒そうだ。
薄着で有名な、優雅さの欠片もないバッサバサ空王国の鳥の獣人にも見えない。
だとすると、廊下からの侵入か?
しかし関係者には見えないし、何より……。
彼女は場違いなものを抱えていた。
「ピヨー嬢はあの人にお金を強奪されたのですってね……。貴方に取り戻して貰ったと伺いましたわ」
「いや、その……」
確かに、あの元友人にカツアゲされたと泣きつかれて、代わりに借り……巻き上げた。
本人とイゼロしか知らない事実を、この娘は何故知っているのか。
「良い方! 悪ぶって、照れ屋さんなのね」
何故か、その繊手には脆くも美しい箱が抱えられている。
彼女が動く度、キラキラと光る硝子の箱が夕陽に照らされて、眩しい。
「ワタクシ、感激致しましたわ」
フフッ、と微笑む様は上品で、手を頬に添える様子は無邪気に映った。
怪しいことが目白押しなのに、浮かびゆく不信感と違和感が、端から消えていく。
「貴方が『釣ったお魚』なら朗らかに餌をあげられそう!」
「は?」
其処らの女なら逃げ出す腫れぼったい瞼をめいっぱい広げて見せても、少女は微笑みを絶やさない。
イゼロは子供の頃から、一度とて女ウケしたことなど無い容姿なのだ。
深海の住人の中でも美しい容姿持ちは居るのだが、彼の種族は取り立てて美しくない部類に入る。
最近異種族婚が増えてきた為、同じような容姿の同族ですらイゼロに振り向かない。とてもとてもアンコウらしい容姿なのだ。
でもまあ、同じような容姿なのでモテない者同士同族お見合いすることになり……中々地獄のような時間が流れると親戚から愚痴られていた。実際流れたこともある。
「……美人局なら、他を当たれ。ウチは其処まで金持ちじゃねーぞ」
「ままま! 美人局だなんて! ワタクシの凡庸なボディで美人局だなんて!」
確かに凹凸は少ないな、とイゼロは口には出さなかった。
ドレスとマントは風に揺られてはいるが、多くの生地がストーンと重力に従っている。
自分の容姿も体系も、他種族に対して不気味に映るのは知っている。他のことを揶揄えても、容姿に関しては文句は言えなかった。
「騙してませんわ! 疑っちゃイヤですわよ!」
ちょちょん、と鼻を2回つつかれた。
家族すらこの頃は原種に近いイゼロの顔を近くで見はしない。それどころか、触られるだなんて何年ぶりだろうか。
目が合う。
見つめられていて。
「おーい、補習は終わったか」
廊下から教師の声がする。
「ワタクシ、キュービカ・クーブですの! またお会いしたくてよ、なーんて! キャッ、はしたない! 嫌わないでくださいましね」
「いや、ちょ……」
ズサリ、と重めのドアが開いた途端、少女……キュービカは溶けて消えた、ように見えた。
本当に、視界から居なくなった。
「アァ?」
目を擦っても、其処には掃除の行き届かない教室だけ。
「何だ、イゼロ・アーンニオン・アング伯爵令息だけか。もうひとりの落ちこぼれはどうした」
「……逃げました」
動揺しながらも、イゼロは何とか声を絞り出した。
何故か人の答えを丸写しして埋めていた筈なのに、白に近い答案を教師に渡しておく。
夢だったのだろうか?
教師は、何も言わない。部外者を招き入れたら烈火の如く怒る堅物教師なのだ。何も見ていないのだろう。
だが、つつかれた鼻が何故かじんわりと温い。
よくRPGでも宝箱が転がっておりますが、ああいう系の都市伝説です。
プレイヤーだと有り難みしか御座いませんが、一般人からしたら不気味の極みかと。