7. ワームが出たらしいが、Tシャツも出たらしい
地下鉄で事故があった。昨日の事であり、夜のニュースでも、今朝のニュースでも大きく取り出たされている。ネットニュースでも、動画が多く寄せられていた。
教室で、その事を言いまくっている男子生徒の背中には、『夏!海が好き』の文字が白いカッターシャツ越しに透けて見えている。中学から同級生の加島だ。
「なあ、桐山も思うだろ。絶対にあれはワームだよな。ゲームとかアニメに出てくる巨大なイモ虫型モンスターの」
加島は、突然振り向き、同意を求めてきた。
「いや、ああ、そのTシャツ、まだ着ている奴っていたんだな。スーパーマルワのだろ」
つい、言葉が出てしまった。
俺の言葉に、加島は止まっている。
熱意を持って求めた同意が、とんでもない角度で返ってきたんだから、仕方ないだろう。でも、加島の言葉よりも、背中に透ける文字の方が気になっていたのだから、仕方ない。そう、両者共に仕方がないのだ。
それにしても、『夏!海が好き』Tシャツが売られたのは二年前、加島は二年前のTシャツを今でも着ているのか?三枚でワンコインのTシャツだぞ。俺の『蚊取り線香の夏!』Tシャツは、ワンシーズン保たずにヨレヨレに崩壊したぞ。
もしかして、また販売が開始されているのか?
「う、うん、この間、母ちゃんが買ってきた…………。って、それよりも、話を聞いてたか?地下鉄の事故だよ」
やっぱり、Tシャツの再販が開始されたのか……。
──と、地下鉄の事故は知っている。
昨日、帰宅ラッシュの地下鉄の3両目に何かがぶつかった。まるで巨大な何かに喰い破られたかのようであり、地下路線の壁には大きな穴があいていた。
6両編成の車輌は、3両目を起点に横倒しとなり、3両目に乗っていた人達を含め、多数の死傷者を出し、現在も行方不明者の捜索が続けられている。
それと同時に話題になっているのが、生き残った人々の証言と撮られた動画の内容である。巨大な生物が地下鉄の壁を崩しながら突撃してきたというのだ。
映画の巨大モンスターパニックそのものの映像。
「だからさ、ワームが出た。それに知ってるか、ゴブリンも出ているらしいぞ──」
ゴブリン……、根岸のところのか。やっぱり、話題になってきたか──なんて事を思っている俺を尻目に、加島は唾を飛ばす程に言葉を急く。
「異世界化していっていると考えるんだ。異世界、ファンタジーの世界だぞ。安穏とした時は終わったんだよ」
中二病か?
加島、お前は、中二病を患っているのか?
なんて事を言える訳もなく、質問を返す。
「樋口一葉も?樋口一葉もファンタジーの住人なのか?」
「グッ、樋口一葉も…………そう、グールとか?だと、いっぱいいるのは可怪しいから、精霊?」
「うわ、樋口一葉が精霊?確かに五千円札の精霊かもしれんけどな」
想像していまった。背中に蝶のような羽が生えた掌サイズの樋口一葉。
「それで、そんな時代を生きる俺達を守るアイテム、【精霊のアミュレット】。それがココに」
加島は、ポケットから一つのキーホルダーを取り出した。
「なんと、この中央に取り付けられました水晶が、精霊の加護で持ち主を守ってくれるという、ありがたいアイテムです」
「おおー、でもお高いんでしょ」
どことなく某テレショップみたいなノリで話してくるので、こちらも合わせてみた。
「そう、通常一万八千円のところ──って、やらせるな」
キレイにツッコミが入った。
キーホルダーをよく見てみると、確かに中央に水晶的な物がある。ガラスらしい。ガラスの奥には妖精の絵がある。ネットアイドル【KARin】の物らしい。
【KARin】は、最近、新しい宗教を形成している事でも話題になっている。
信者と呼ばれるフォロワーは、ネット上の【KARin】のサイトから特定の画像をダウンロードし、その画像を用いて各自でアイテムを作る。その際に御布施、料金は発生しない。あくまでも、登録者数に応じた広告収入が【KARin】の収益となる。
精霊を信仰するが、御布施も御参りも必要のない新しい形の宗教の顔、それが【KARin】だ。
と、言う事は、このキーホルダーも加島の手作り?
「桐山、お前にもやる。俺の手作りだぜ」
ニヤリとしたドヤ顔がウザい。
「いや、いらない」
「何故?【KARin】に入会しろよ〜。皆、入ってるぜ~」
「イヤだ。入会とか信者とか言ってる時点で、胡散臭い」
「い、異教徒なのか?」
「ハァ?家で言ったら仏教徒になるけど?」
「精霊を信じない愚か者なんて……友達じゃない〜!」
なぜか泣きながら走り去る加島。
俺は、呆然と見送った。
◇
「兄貴、何見てんの?」
短パン姿の皐月が、後ろからスマホを覗き込んできた。
「ああ、【KARin】。人気だよね。兄貴もこんなんが好きなの?俺はちょっと……だけど」
家に帰った俺は、【KARin】のサイトを開いていた。今日の加島の熱狂ぶりが気になったからだ。
ちなみに弥生も知っていた。興味が無いと言っていた。
画面の中には、一人。
プロフィールでは、二十歳。
でも、そうとは思えない童顔な女性が笑っている。大きなタレ目を閉じる度に、頬がちょっと盛り上がる。そして、童顔に不似合いな巨大なバスト。
これが、言うところの『ロリ巨乳』なんだろう。
確かに、皐月の好みと違う。
「そうだろうな、お前には、『ちょっと……』だろうな。俺的にもこの子は、好みじゃないけど。お前の好みは、もっとスリムで、バストもほんのりで、ツリ目がち、陸上部で日に焼けてて、海の日に生まれた娘だもんな」
「そうそう──って、チョイチョイ、まんま夏海やんか!」
「えっ、お前、夏海が好きなの?」
「あ、兄貴〜〜」
そう、皐月は、夏海が好きだ。
いつからかは覚えていないが、皐月が夏海を好きっていうのは、俺と弥生の中では常識。多分、皐月を知ってる奴らは、皆知ってるだろう。
知らないのは、当の夏海だけ。
知られてないと思っているのも、皐月だけ。
宣伝が終わり、画面の女が話し始める。
『ポポリ〜〜!花梨ちゃんです。いつも見てくれてる信者の皆んな、ありがとう〜〜。初めてのアナタ、ヨロシクね〜〜。』
ポポリって何?
妙に、〜〜が多くない?
奇妙なテンションの話が続く。
『また、変な事件があったね〜〜。地下鉄の事件。ニュースでは、事故って言ってるけど、事件なんだぞ〜〜。あれはね〜〜、実はワーム。実はって、昨日も言ったっけ(テヘペロ)。でも、本当に色んな事件が続いているよね〜〜。花梨ちゃんはね、巨人が出たって話も聞いたし〜〜、ゴブリンが出たって話も聞いたし〜〜、生きた水が人を襲ったって話も聞いたな〜〜』
聞き辛い言葉が続き、微妙な絵のフリップが画面を通り過ぎる。
不意に真面目な顔になった。
『──でね、羽根から色んな力を与えられた人がいる。もしかして、アナタもその一人かもしれない。まだ、力が発現していないだけなのかもしれない。アナタは、もう既に力を得てしまっているかもしれない。でも、知ってほしい。その力というのは、アナタを人ではない存在に変えてしまう』
二十歳という、年相応な視線が画面の内側から、こちらを射抜く。
『力を使ってはいけない。力を得てはいけない。力を得ていないアナタ、精霊のアミュレットを作り、身につけて。アミュレットは、アナタが力を得るのを防いでくれる。人は人のままでいなくては、いけないのです』
力を使う度、アナタは人から離れていく、そう言って、花梨は締めくくった。
花梨は、ワームも、ゴブリンも、人だと言っていた。不思議な説得力を持つ言葉だった。
根岸の言葉を思いだす。
奴は、ゴブリン達を『子』だと言っていた。
本当に根岸の子だとしたら…………。
俺は、真っ黒になった画面をポケットにしまいながら、隣に座る皐月を見た。
「これ……何?」
「さあ?」
「痛い人?」
「分からんが、痛いといえば、『夏が好き』Tシャツ、スーパーマルワで再販されてるらしいぞ。母さんに、絶対に『夏が好き』だけは買わないように言っとかないと──」
「えっ、マジ?ヤバッ!サンキュー兄貴、言ってくる」
皐月の言葉を背に、家を出る。
今日もゴブリンを殺しに行く。
【昊ノ燈】と申します。
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