5. 軍団はイチヨウに
梅雨の終わり。
夏物バーゲンの始まり。と、いうことで買い物に来ている。
事の始まりは、弥生だ。
急に服が買いたいって、言い出したから、付き合う事になった。そうなくても、凶悪な事件が多い昨今、弥生一人で電車に乗って買い物なんかに行かせられない。弥生のお母さんにお願いされるまでもなく、俺は同行する。なぜか、弟の皐月と夏海も同道。
まぁ、考えたら、いつものメンツ。
「兄貴、何でアウトレットモールなんだよ!」
「いや、弥生が来たいと言うから」
「高いんだよ。分かる?Expensive!育ち盛り、成長期の中学三年生にブランド物ばっかのアウトレットモールの品は無理だって」
怒る皐月の気持ちは分かる。
中三の腹減り時期、服より飯だよな。
でもな、誰もお前に一緒に来てくれなんて行ってない。勝手についてきた分際で、文句が多い。
「あ〜、皆んな、近所のスーパーマルワで済ませるもんな」
俺の言葉に夏海がジロリと視線を向ける。
明らかに不機嫌になってる。
弥生は、どこ吹く風。
丸和物産株式会社。地元密着型のディスカウントスーパー。地元ではスーパーマルワで呼ばれている。青果、魚介、肉、惣菜等の食料品から生活雑貨、衣料品まで取り揃える。
俺たちの中では、一昨年の事件が印象強い。
『海が好きTシャツ事件』
一昨年の夏休み、スーパーマルワで販売された格安ロゴ入りTシャツ。明らかに不思議なデザイン、意味不明なセリフのプリントされたTシャツであったが、ワンコインで三枚買えるとあって、主婦層が飛びついた。
その中で人気があったのが、比較的無難な『海が好き』のセリフ入りTシャツ。
気が付けば、近所の男子連中は、皆『海が好き』。
ただ、ここで問題があった。
『海が好き』のセリフの上に、『夏!』って文字が入っていたのだ。
つまりは、『夏海が好き』。
当の夏海からしたら、近所の男子は勿論、知らないおじさんから爺ちゃんまで、Tシャツで告白されてるわけだ。
からかわれるのは必定。
ちなみに、俺のTシャツは、『蚊取り線香の夏!』だった。
夏海の視線に気付いた皐月。
慌てるように表情を変えて、やっぱりオシャレにアウトレットだよな、とか言っている。
アウトレットモール=オシャレって、どうなんだ?我が弟よ。
「わぁ、30%オフだって、夏海ちゃん」
「あっ、姫、あっちから見て行こ!」
「弥生、ちょっと待て、俺も行く」
「兄貴、おいて行くなよ」
「「二人共、レディースだよ」」
「「構うか!」」
「じゃあ、ブラから見に行こうよ」
「夏海、ちょっと待て」
「そうだ、夏海にブラは要らない」
「皐月、お前は…………殺す」
「皐月くん酷いよ。夏海ちゃんの程よくて良い形なのに」
「ちょっ、ちょっと姫、揉まないで、こんな所で……」
「夏海ちゃん。お姉さんは、『姫』って夏海ちゃんに呼ばれるの嫌なんだよね──モミモミ」
「あっ……あっ……ゴ……メン。弥生ちゃ……ん──ウッ」
「お、おい……」
突然、夏海の胸を揉みだした弥生に、皐月が真っ赤な顔で見入っている。
カオスだ…………。
ハァハァと息を切らす夏海の顔も赤い。
一頻り揉みしだいた弥生の手は、離した後もワシワシと動き続けている。
「…………ふむ。ねぇ、睦ちゃん。夏海ちゃん、成長してた。いい感じだよ」
「へっ?」
何を言うの弥生。
ついついと夏海の胸に視線が行ってしまう。
駄目だ…………でも、男の本能が…………。
意地で視線をずらすと、夏海のバストをガン見する皐月が──殴られていた。
「ちょちょちょ、夏海、グーパンは無しだろ」
「スケベ。ヘンタイ。シネ」
「ねぇ、睦ちゃん。仲が良いって、微笑ましいよね」
弥生、絶対に可怪しいぞ。
何故この状況で、そのセリフがでる?
弥生の感性に疑問。
◇
両手に買い物袋を抱え、買い物も終盤に入ろうかという時。
──ガシャン!
──ジリリリリリリリリリリ
リリリリリリリリリリリリ
明らかに何かが割れる音と、警報音が鳴り響いた。
音が近い。
近くの店舗に強盗が入ったのか?
喧騒が拡がる。
慌てて、弥生と夏海を背に周囲を見回す。
各店舗から飛び出す人々の中、向かいのブロックの宝石店から歩き出る軍団。
軍団は、皆一様に同じ和服。
皆、一様に同じ顔。
あれは…………………。
「樋口、いち……よ……う?」
十人以上の樋口一葉の軍団。
表情を変えない、五千円札通りの樋口一葉が手に手に宝石を掴み、歩いている。
よく見ると、中に一人だけ小柄な女性。故エリザベス女王?
喧騒は、強盗から逃れようとするものから、奇異な軍団を見るものへと変わっていた。
「ねぇ、あれ、お札の人だよね……?」
夏海の言葉に頷きで返す。
樋口一葉は言わずもがな、確か、エリザベス女王もイギリスのポンド札の肖像になっていたはず。
「うわぁ、本当にいたんだ【一葉軍団】」
「本当にね。ニュースで話題になってよね」
皐月も弥生も他人事?
確かにニュースでしてた気がする。
不意に現れ、フッと消える樋口一葉の軍団。
お面でも被ってたのかと思っていたけど、どう見ても本物。リアルな樋口一葉(当人に会ったことはないけど)。
周りの人達、捕まえるでもなく、追うでもなく、警察に連絡するでもなく、ただ動画を撮ってる。
外から店内を見た感じだと、怪我人はいないようだし、追う────と、した所で、一人の樋口一葉が爆ぜた。
──ボシュッ ボシュッ
次々と、樋口一葉が爆ぜていく。
よく見ると、何かが飛んできて爆ぜている。
硬貨?
百円玉?
爆ぜた後には、死体は無く、血の跡も無い。握られていたであろう宝石だけが、残されていた。
遂に、最後に残っていたエリザベス女王も爆ぜ、【一葉軍団】は消えた。
百円玉を投げていた方を見ると、二人の男。
一人は同年代か?
もう一人は、少し上、スマートで背が高い。
背が高い方の男が、呟いている。
「なぁ、今回、千六百円も使ってもうた……あぁ、赤字や」
なんとなく同年代の男を見たことある気がする。
ふと、弥生を見ると、弥生もそんな感じなようだ。
「睦ちゃん、あの人、ニコちゃんじゃない?」
「えっ?」
ニコは、昔、近所に住んでいた同い年の男の子。確か、仁科だった。仁科昂輝。
引っ越してから、合っていなかったけど……似てる。
遠目ながらも、俺も同意。
しかし、もう一度、見返しだ時には二人はブロックの角を曲がろうとしていた。
──ドヨドヨドヨ
──ザワザワザワ
追いかけようとしたところで、人の波が前を横切っていく。
【一葉軍団】の消えた所に向かっていく波。
「見失ったな」
「うん」
「【金の女】と、【衝撃の価値観】ですか」
ふと、横から声がした。
【昊ノ燈】と申します。
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