4. 如月夏海の叫びは聖歌のように
──ギ‥‥ギャ‥
一体?一匹?のゴブリン?根岸の子供が近寄ってくる。その手には、人の首。
茶色の髪を指に絡ませたゴブリンが、根岸に近付いてきた。
ゴブリンは、まるでハンドバッグかアクセサリーのように人の首をぶら下げて、ギャギャギャと騒いでいる。
「ゴメンね、如月さん。嘘をついちゃたよ」
ゴブリンの頭を、ポンポンと優しげに叩いた根岸が両手を広げながらよってくる。
「食べちゃったの、二人じゃなかったよ。三人になっちゃった。本当にゴメンね、結果として嘘になっちゃった。でも、男はどうしよう?数えてないや。すぐに食べちゃうから。ねぇ!」
「夏海、逃げるぞ!」
俺は夏海の手をとって走り出した。
気が付けば、グルリと囲まれている。
根岸に背を向けて、ゴブリンを蹴り倒しながら走る。
「あっ」
倒れたゴブリンの一匹に足を取られて、夏海が転ぶ。
三匹のゴブリンが寄ってくる。
俺は夏海を庇うように抱きしめながら、身を伏せた。
「クソッ、妬けるなぁ。僕の前で抱きしめ合うなんて。如月さんの事、好きだったんだけどな。そんな淫売だったなんて。あっ、告白しちゃった。恥ずかしいなぁ。決めた、王女はなし。如月さんも嫁、子供達を産み出す肉にする。大丈夫、僕の子供達はスグに産まれるから。そして、男は餌。如月さんにも食べさせてあげるね。レアで良い?それとも、お刺身?」
周囲に充満するのは、ゴブリンの生臭い口臭。
「その男から離れて、僕の手をとるなら、許してあげる。僕に『愛してる』って、言ってくれたら、やっぱり王女にしてあげる」
根岸の言葉に反応したのか、根岸の横にいたゴブリンが躙り寄ってくる。
再び、差しだされる根岸の手。
壊れてる。
この根岸という男、壊れている。
震えている。
夏海が小刻みに震えている。
理解できない存在を前に、俺は夏海を抱きしめる手に、いっそうの力を込めた。
俺の肩口から顔を覗かせる夏海。
寄ってくるゴブリン。
「イ イヤーーーーーーーー!」
夏海が叫んだ。
俺の目の先、夏海の口中──
何かが──
──────衝撃
出される声の圧力が空気の層となり、幾つもの衝撃の塊が拡がりながらゴブリンに向かっていく。
──グガ‥‥ガ‥‥
ガ‥‥ガ‥‥グガ
グガガガガ‥‥‥
目の前のゴブリンが倒れた。
目から耳から赤い血が垂れている。
「な………………」
何?
「何これ?あ、あの時の……えっあっ、【紡がれし魔音】だったっけ」
夏海の呟きが聞こえた。声を出した夏海自身も混乱しているようだ。
倒れていないゴブリンも耳から血を流し、フラフラと膝をつく。
俺の前で吹き飛んだ根岸が、服についた埃を払いながら立ち上がる。
「酷いなぁ、如月さん」
一度引き攣った取り繕った笑顔を、もう一度、取り繕いながら根岸は続ける。
「でも、素晴らしいです。貴女も力を得ていたのですか。羽根に選ばれていたのですね。【紡がれし魔音】ですか?実に可愛らしい能力だ。僕の力は【隠された我家】、どこにでも世界の入口を創る能力。どこでも王国を築ける便利な力。さぁ、選ばれた者同士、手をとりましょう。愛し合いながら子をなしましょう」
グシャグシャと、死んだ子を踏みつけながら根岸が近づいてくる。
「夏海に近づくな!」
俺は、根岸に向かい走り出す。
漠然とした自信があった。
何故なら──
俺も羽根に触れたから。羽根が身体に入ったから。
言葉が聞こえる。
──『何を願う』
心で願うは、『討つ力!』
──『何を欲する』
心で欲するは、『武器』
声がする。
【百一の利剣】
伸ばした右手に力を感じる。
不意に生じる重さ。
現れたるは、真っ黒い日本刀。
ガクンとする重さに左手を副える。
そのまま振り抜いた。
──バシュッ!
根岸の左手が落ちる。
「な、な、なんだ、なんだよ、僕の手が、僕の手が。ア‥アァ‥‥アァァァァァァァァァァアア」
鮮血が飛び散っている。
「ァァァァァァアアアア‥‥‥‥‥‥イヤダ‥‥アア‥‥ユルサナイ‥‥‥ユルサナイ‥‥‥アアァ‥‥ナンデ‥ボクガ‥‥コンナ‥‥メニ‥‥」
ゾロゾロと洞窟から増員されたゴブリン達が二重三重と取り囲む。
俺は日本刀を、ただ闇雲に振り回す。それだけで、何匹かのゴブリンは減っていく。
背後から歌声が聞こえてくる。
ただの衝撃音であった夏海の声は、次第に旋律を伴ってきて、荘厳な聖歌のようになっていく。
ただの声ではない、力を与えられた歌声。
異国の詩。
── Nearer,MY God,To Thee,Nearer to Thee! E’en though it be a cross that raiseth me,Still all my song shall be ──
聖歌は俺の心を鎮め、棍棒のように扱われていた日本刀に意識を傾けさせてくれた。
落ち着いた心で敵を感じ、手にした刀を感じる。
武器が扱い方を教えてくれている気がした。
柄を絞り、正中に構える。
日本刀の重さを感じ、動きの流れを感じ、身体を、刀を、その動きの流れに添わし、一刀一刀に力を込め、丁寧に斬っていく。
歌の効果なのか、動きが重くなったゴブリン達を、ひたすらに斬る。
最後の一匹を上段から斬り伏せた時、洞窟のから顔を出す根岸が見えた。
「チキショー‥‥コンナ‥‥クソッ‥‥」
洞窟の中に消えた。
洞窟も消えた。
何も無かったかのように……。
「終わったの…………」
脱力した夏海が膝を落とした。
俺は呆然と頷き、手にした日本刀を見つめた。
柄も鍔も刀身すらも真っ黒い日本刀。確かな重みがある。
「これ、消えるのかな?」
手にした日本刀に不安がでる。
コレをこのまま持って帰れない。その辺に捨てる(隠す)の駄目だ。こんな武器を所持するなんて、捕まる。人が拾って犯罪にでも使われたら困る。
思考の途中、日本刀は消えた。
溶けるようでも、弾けるようでもなく、フッと消えた。
俺と夏海は、目を見合わせた。
そして、ただ笑った。
笑ってから、悩んだ。
「「この死体、どうしよう……」」
翌日、死体は消えていた。
その日から、俺と夏海のゴブリン退治が始まった。
【昊ノ燈】と申します。
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