2. 本条弥生は罪作りな笑み
ちょっと前になっちゃいます。
少し前の事になる。
六月になり、台風の一号二号が日本海上から消えて、三号の発生が危ぶまれてる頃。
落ち着いてきたといっても学校での話題は、根岸の事が多い。無理もない、何も解決していないのだから。
事の始まりは、三週間前、五月のGW。
根岸の家に強盗が入り、中学三年の根岸渡を残し、祖父、父母そして妹の四人が殺害されたのだ。包丁のような物で複数回刺されたとされる四人は、ほぼ即死状態。その後、行方をくらましている根岸渡を重要参考人として、警察は捜査を続けている。
比較的距離が近いといっても、中学校で起こった事、高校で話題が続いているのは、多少不可解。
でも、それには理由があった。
行方不明者の続発。
中学校、高校で女生徒の行方が分からないという事件が続いているのだ。
何故か、皆、それを根岸渡に繋げている。
──ねぇねぇ、二組のミヨ、週末から家に帰ってないらしいよ…………
──あっ、中学校の子も帰っていない子がいるんだって…………
今日も、ヒソヒソと噂話がされている。
授業が終わった俺は、急ぎ足で一年生の教室へ。
一組の教室では、既に女の子達がキャ〜キャ〜と黄色い声を上げている。
──王子様登場〜!
──キャ〜〜〜、姫、姫、ご準備を〜〜。
俺が声を掛ける事もなく、教室のドア付近に押し出されてくる一人の女生徒。
「睦っちゃん、お待たせ……」
声の主は、本条弥生。
黒髪ストレートな眼鏡女子。スレンダーな肢体に程良く成長したバスト、ベーシックなオーバル型の眼鏡の下の瞳は、知的だがキツイ印象がない。正に漫画に出てくる眼鏡ヒロインそのままという女の子だ。
ちなみに、彼女と言うわけではない。
逆に、俺がモテナイ理由の大きい部分が弥生だ。
大概の人が、俺と弥生が付き合ってるって思ってるみたいだから。
「例の事件で部活もないだろ。早く帰らないとオバさん心配するから」
「毎日ゴメンね、睦ちゃん。お母さんのせいで心配かけちゃって……」
そう、弥生のお母さんからのお願いで、俺は弥生の送り迎えをしている。当然ながら、俺の部活が文芸部なのも、弥生と合わせた為だ。
「本当にゴメンね。いつも私の面倒を見ているせいで彼女もできないんでしょう?睦っちゃん、かっこいいのに……」
「別に…………」
だったら、俺と付き合おうなんて言わない。
確かに、弥生はキレイだし、可愛いし、性格も良いし、頭も良いし、スタイル良いし、胸大きいしって………なんか…………あ〜〜〜〜〜!なんだよな。
そう、妹。
妹感覚っていうの?
ん、ちょっと違う。妹感覚なら夏海か……。
完璧過ぎるっていうか、重い。
なんか映画の中の人が、横にいる感じ。
まぁ、好きは好きなんだと思ってるけどね。
それに、弥生の姉の事。
弥生には、俺と同級の姉がいた。
『いた』だ。過去形。
本当に可愛い子だった。俺の初恋の相手。
小学五年の時に誘拐されて……死体で発見された。
だから、おばさんも俺も、弥生にかまってしまうんだろう。
「なぁ、そろそろ、その『睦ちゃん』て言うの止めないか?もう高校だし」
「そうかな?『睦ちゃん』って、可愛いよ」
「いやいや、俺も『弥っちん』て、言わなくしてるだろ」
「私は、『弥っちん』でも良いのにな」
「俺が嫌なの!」
「なんか距離がある感じがする」
「距離があっても良いだろ。ただの幼馴染なんだから」
「ただの幼馴染か……。睦ちゃんなら、その先に行っても良いのになぁ」
「って、馬鹿」
「駄目?」
「駄目!」
「お姉ちゃんがいたから?」
「関係無い」
「でも、横に居てくれるんだよね。優しい『睦月』」
ちょっ、待て。急に言うのは反則だって。
めっちゃ、照れる。
ダ〜〜〜〜〜、もう。
「『睦ちゃん』でいい」
「え〜〜、なんで『睦月』」
「いじめっ子か……」
「そういえばさ、根岸って子、捕まってないんでしょ」
「ああ」
「夏海と同じクラスだったんでしょ」
「ああ」
「大丈夫かな、夏海」
「奴は大丈夫だ。脳筋だから」
「脳筋って酷い。夏海も乙女だよ」
「乙女?夏海が?」
「酷いぞ、睦月」
「睦ちゃんでいい」
「ううん。厶・ツ・キ」
「コラッ」
俺は再び、頬が熱くなるのを感じた。
他愛もない会話。
なんとなくな幸せを感じた。
【昊ノ燈】です。
弥生って、真面目だけど茶目っ気のある優等生。
扱いにくいけど、大事な役割なんですよね。