19. 泣きそうなバトルジャンキー
カメラを持ったエリザベス女王を追う俺たちの前に現れたのは、新たなる【一葉軍団】。
手に持つのは、斧、ナタ、チェンソー、そして丸鋸の刃。どこかで観た殺人鬼の武器オンパレード。
凶悪感がマシマシなんですけど。
背後から飛んでくる丸鋸の刃を躱しながら、エリザベス女王を追う。
前方のエリザベス女王にも沢山の樋口一葉が合流して、追って追われる鬼ごっことなっている。
「はぁ、はぁ、なぁ夏海ちゃん。さっきの歌、もう一度くれへん?もう、息が辛いんやけど……」
「ニッコさん、走りながらだと無理。息が続かない」
「えぇ、楽そうに走ってますやんか──ウワッと!」
「丸鋸の刃って、凶悪」
「夏海ちゃん、あれはね、刈払機の刃ですね。丸鋸の刃ではないですよ」
「はーい」
「はぁ、はぁ、って、どっちでもいいやんか。余裕やな嬢ちゃんら二人共」
意外と余裕そうな三人。
俺はスマホをしまいながら、スローイングナイフを後方に飛ばす。
「はぁ、はぁ、ここにも余裕そうな奴がいてるわ。もしかして、俺、足手まとい?」
ニッコは、俺に足を合わせながら聞いてくる。はぁはぁと息を切らしながらも脚が止まらないニッコも、意外と体力がある。
俺は、ニッコに問う。
「なぁ、ニッコ。走りながらでいいんで、教えてほしい。お前の能力」
「【衝撃の価値観】かいな?」
「ああ、お金を爆弾にするんだよな?」
「爆弾っていうと、ちょっと違うんやけど、そんな感じや」
「『願い』と『欲するモノ』を覚えてるか?」
「えぇ、こんな時にそんなん聞く?まあええわ、『願い』はな、本当の価値。『欲し』たんは、衝撃や。いやな、俺、こう見えても結構な目利きやねんで。本当に価値あるものはな、衝撃があるもんやねん。まぁ、金が無くなったら使えなくなる外れ能力やけどな。せやけど、それがどないしたん?」
やっぱりそうだ。能力名を聞いたときから違和感があった。
「なぁ、なんなん?人に聞いといて、なんで黙るん?なぁ?なぁ?」
「あ〜あ、睦ちゃん、考え込んじゃった」
「弥生ちゃん、なんなんこの子?いつもこんな感じ?」
「う〜ん、そういうところもあるかな?でも、ニッコ、息切れしてないね」
「あっ、せやった忘れとった。はぁ、はぁ、はぁ」
「「「忘れとったんか〜い!」」
それにしても、奇妙な事がある。
公園から商店街に戻って来ても、人の姿を見ない。
シャッター商店街といっても、土曜日の昼、通行人もいないのは不自然過ぎる。
この事をニッコに聞いてみても、『奴等のテリトリーだからな』の一言で終わってしまった。
能力に依るものなのか、暴力に依るものなのか、判断がつかないけど、どちらにしても真っ当な事ではなさそうだ。
大通りに出ようとしても、一葉軍団が待ち伏せしている。
商店街、公園、周辺住宅街の中だけでの追いかけっこになっている。
更には、組織的過ぎる【一葉軍団】の動き。
一葉達、一人一人に明確な意思というものがあるようには感じられない。どこかに指示を出している者がいるはず。
商店街のアーケードを抜けた所で、上空から一人の男が降ってきた。飛び降りたという方があっているのだが、印象的には、肉の塊が降ってきた感じである。
「お前らが、走り回ってるネズミか!」
でっぷりとした腹の大柄な男は、降りてくるなり、大声で言った。
「いっぱい一葉を潰したんだってな。え〜と……」
「二十六です」一葉の一人が耳打ちをする。
いた!それにあの一葉、イヤホンしてる。
俺は、そっと横にいたニッコに告げる。
ニッコも、俺の意図に気づいたようだ。
「二十六か。一人五千円だから……二人で一万円で……六人が三だから……一万三千円」
「十三万円です」また耳打ち。
「おう、十三万円か。えっ、十三万円?高過ぎねぇか?でも、十三万円か」
この男、かなり頭が悪いみたい。
「まあ、十三万払え。十三万円払うんなら許してやる」
馬鹿っぽい会話に不釣り合いな威圧感が男から滲み出る。
「ねぇねぇ、この人、大見得張ってるけど、アーケードの上で待ってたんだよね」
弥生が聞こえる程度のヒソヒソ声で、夏海に話しかけた。夏海も、男に聞こえる程度のヒソヒソ声で言葉を返す。
「そうそう、寂しかったろうね〜。やっとウチらが来たから嬉しそうに降りてきたよね」
「でも、別にアーケードの上で待つ必要なかったんじゃないかな?」
「それは、あれ、男のロマンとかいうやつじゃないかな〜。上半身裸だし」
「ププ……笑える。ロマンって」
おい、おい、辛辣過ぎるぞ、二人共。
泣きそうな顔してるじゃんか。
「あ〜泣いちゃいそ〜。でさ、夏海ちゃん、そろそろ行ける?」
「おまたせ〜フゥ〜〜for want of a neil the ♫♫」
夏海の歌が拡がる。
二人は、会話で息を整えてたんだ。
一葉達が武器を落とし、散り散りに動き始める。
男も握りしめていた手が開きかけ、視点が漫ろになっていく。
「なっ……んだよ……ガアッ!」
気合一番、男の目が見開かれた。
一呼吸で、夏海の歌から逃れる。
「悪い、兄やん、あいつ任せた。俺等は、あの一葉を追う」
ニッコの言葉で、弥生と夏海も走り出す。
散っていった一葉を追う三人。
俺は男の前に立つ。
一対一。
俺は、右手に剣を顕現する。
日本刀。
男はニイッと口角を上げ、再び拳を握りしめる。
「お前、イイナ」
俺も口角を上げる事で返答とする。
──バトルジャンキー
そんな言葉が頭に浮かぶ。
男の右手が街灯を掴み、引き抜く。
「お前の力は、剣を出す事か?ショボいなぁ、武器なんざ、そこら中にあるってのにな。どうせなら銃でも出せよ。そしたら、少しは楽しめるのに。所詮、戦いは腕力なんだよ」
街灯が飛んできた。
コンクリの土台が付いた街灯は、横向きにすれば長くしゃがむ以外に躱す手がない。
両手を必要とする日本刀では、動きにくい。早々に日本刀を捨て、レイピアを顕現。
片手で扱う細剣。
二本目、三本目と投げ飛ばされる街灯。
躱しながら近付き、レイピアの先端を揺らし、腹部に裂傷をつける。
「ハッハ〜!攻撃が軽いぞ!」
振り回す腕を躱し、今度は刺突で太腿を狙う。
左太腿に刺さり、一瞬動きを止めたが、筋肉を締められて抜けない。
バックステップで手の届かない所まで逃れる。
今、自分がいた場所を剛腕が過ぎていく。
「だから軽いんだよ。こんな細い針みたいな物が効くかよ!」
引き抜いたレイピアを折り曲げて、後方に放り投げながら一歩踏み出してくる。
再びレイピアを顕現し、構えをとる。
一進一退の攻防が続く。
細かく刺突を繰り返す俺に、剛腕で街灯を振り回す男。一撃でも喰らったら戦闘不能、死が見える。刹那の攻防。
男の脚には、四本のレイピアが刺さっている。上半身は夥しい裂傷による血が流れ、身体を赤く染めている。
「楽しいなぁ!お前、面白いぞ!」
不意に男が笑った。
「俺の名は稲田明だ。お前は?」
「桐山睦月」
答えた俺の顔も笑っていた。
「桐山よ、行くぞ!」
赤く染まった稲田の身体が、更に紅く染まっていく。パンプアップ。
興奮状態の身体は、一層大きくなり、上体の傷から流血が止まる。額には二本の角が……。
『角』
朱に染まった身体に二本の角。『鬼』
昔話で見た鬼の姿があった。
武器をレイピアからエストックに変える。
エストックは、レイピアよりも刺突性に優れ、鎧通しとして用いられてきた武器だ。今まで、レイピアの軽い攻撃に慣らしてきたところで、エストックに変えて一気に貫く。
エストックを構えて、一気に駆ける。
稲田は両手を広げ、受けの体制。
胸に向けて、刺突!
…………入らなかった…………エストックの一撃が分厚い筋肉に遮られて、入っていない。
「だから、軽いって言ったんだよ」
斜め上方から振り下ろされた拳が、左上腕ごと胸元に突き刺さる。
身体が爆ぜたような衝撃。
吹き飛んだ身体が、地面にバウンドして転がる。
口中に血が溢れる。
一歩二歩と歩み寄る稲田が、俺の放っていた日本刀を拾い、片手で上段に構える。
「良い武器じゃねぇか。自分の武器で逝きな!」
振り下ろされる。
一瞬だった。
俺は日本刀を消し、わずかに戸惑った稲田の隙をついて、エストックを稲田の目に突き刺した。
動きが止まる。
俺は身構えたまま、稲田を見つめた。
顔付き、体つきが変わっていた。初め、豚のように歪に上を向きかけていた鼻は形を整え、丸々とした腹部は、割れた腹筋が見えている。白かった肌は、朱に高揚した後、浅黒く日焼けをした肌になっている。ただ、二本の角は尖ったまま。戦闘前と同じ人間なのかと疑ってしまう。
暫くして、稲田は構えを解き、話しかけてきた。
「お前、良いな。今回は俺の負けだ。でもお前は俺を殺せねぇ、軽いからな。俺はお前を殺せる。わかったな!」
そう言いながら、左目に突き刺さったエストックを眼球ごと引き抜くと、自分の口に放り込み、飲み込んだ。
そして、ゆっくりと背を向け去っていった。
お前は、夏侯惇かよ……。
俺は、腰を落とした。
【昊ノ燈】と申します。
読んでいただき、ありがとうございます。
もし、この小説を応援したいと思っていただけたなら、ブクマを宜しくお願い致します。
面白いと思われた方
[★★★★★]で、評価くださると幸いです。
面白くないと思われた方
[★☆☆☆☆]と、一つ星で教えて下さい。
ご意見を持たれた方も、遠慮なくお伝え下さい。
良いも悪いも作者のモチベーションとなります。
これからも、宜しくお願い致しますお願い。