18. 睦月覚醒する
いや、お札デザイン通りというか、真顔のままで一斉に見つめてくる樋口一葉は、圧がある。
明治時代の上品そうな和装に不似合いな鉄パイプ、バット、包丁を手に手に持つ姿は、シュールとしか言いようがない。
「提案なんやけど、逃げん?」
「「賛成!」」
ニッコに賛同した俺と夏海は、全力をもって、先に弥生が向かった公園に急ぐ。
「はぁはぁ、兄ちゃんら、足速いな」
「桐山睦月、睦月でいい。で、何か策は?」
「はぁはぁ、何もない」
「え〜。この前は、ボシュンボシュン倒してたよね。あっ、ウチは夏海でいいよ」
「はぁはぁ、ああ、アウトレットで見たんやったな。あれな、さっき言うたやんか、俺の能力でやったんやけど、あん時は、一人に対して百円玉でいけたんやけどな、ちょっと金欠気味でな、十円玉でいったんや、そしたら、駄目やった」
さっき聞いたニッコの能力は、【衝撃の価値観】。お金を爆弾に変えるみたいだけど、金額によって威力に差が出るのか……。口振りからすると、持ち金はそんなにないみたいだし、俺達も学生だし持ち合わせは少ない。弥生に至っては、ほぼカード払いだし…………。
と、弥生に追いついた。
弥生もビックリしてる。
そりゃそうだよな〜、【一葉軍団】に追われてんだもん。
それにしても、樋口一葉って、足速くない?
確かに俺たちの方が速いけど、着物にしては速過ぎるんじゃない?
小股でシャカシャカと走ってくる。
真顔でシャカシャカ。上体揺らさずシャカシャカ。団体でシャカシャカ。
別の道からも樋口一葉が現れる。
囲まれた。
公園の周囲は抑えられている。
ニッコは戦えるのか?
夏海は──戦わせたくない。
皐月は、問題外。
弥生に見られたくなかったけど、しょうがない。
俺だけ。
息を切らせながら財布からお金を漁るニッコに聞いてみる。
「こいつらは、人か?」
「人間やない。能力で創られた人形や」
ニッコの言葉に、安心して走り出した。
手には二本のククリナイフ。
俺が守らねば!
夏海を!弥生を!守る!守る守る守る守る守る為に──討つ!
右手のククリで正面の首を薙ぎ、左手のククリで別の一葉の肩を裂く。
一瞬の沈黙。
首を斬られた一葉は、その場に倒れ込むと、空気に溶けるように消えていった。
肩を裂かれた一葉は、痛みを感じる素振りもなく立ち尽くしている。傷口に血のような物もない。
相手が生物でない事を確認すると、ゆっくりと一歩を進める。
臨戦態勢に入った一葉達を薙ぎ、躱し、切り、刺していく。
フラさんの言葉を思い出す。
『桐山くんの能力ほど戦いに特化したものはないと思う。でもそれはバーサク(狂化)とかではないんだよね。ただ倒すのなら力とか速さとかでいいんだけど、君は武器を選んだ。それは、冷静さが大事だと思う。色んな刀剣を使うというと、古流か、中条流平法が近いかな?心を平にね』
今、その言葉が理解できる。
五体目の一葉の腹に刺した左手のククリを、手首をかえしながら更に押し込み、手を離す。首とは違い、腹ではすぐに消えない。
六体目が包丁を構えて突進してきたので、素手になった左手でいなし、足を掛け転ばしたところで右手のククリを背骨の脇に体重をかけてぶっ刺す。
人ではない存在でも、消えるまでは人と同じなのか、刃先が骨を滑る感覚が掌に伝わってくる。
肉に絡まり抜けないククリを捨て、次に顕現させたのは、刃渡り九十程の大太刀。
身を落とした姿勢のまま横薙ぎに振り抜く。
駆け寄って来ていた一葉達の脚が斬り裂かれ、数体が倒れた。
大太刀を捨て、五本のスローイングナイフを顕現し、反対側、弥生たちに背から襲いかかろうとする、一葉達に、投げつける。
手には、二本のシャムシール。
切り舞いながら、駆ける。
◇
「なぁ、あの兄ちゃん、何者なんや?」
呆然とした面持ちでニッコが呟いた。
「睦兄だよ」
ウチは答える。
「いや、名前やのうて……。暗殺者?殺人マシーン?なんなんや、あの動きは?」
ニッコの戸惑いも理解できる。
睦兄の動きは、洗練されていた。
特別、速いというわけでも、力強いというわけでも、荒々しいというわけでもない。
ただ、歩き、躱し、駆け、振り、刺し、また歩くだけだ。その度に違う武器を持った手が、殺していく。
今迄、あの河川敷でゴブリンに襲われた時とは違う動き。
ウチと一緒に、ガムシャラに刀を振ってゴブリンを倒していた時とは、まるで違う動きだ。
格好良い──単純にそう想った。
二刀のシャムシールが舞い、スローイングナイフが飛んだと思ったら、両手で日本刀が握られている。レイピアが一葉の瞳を穿き、カタールが胸を貫く。
「力を理解してるんだね」
弥生ちゃんの声が聞こえた。
知っていた。
睦兄が、ウチを守りきれなかった事に責任を感じて、戦いを学び、能力について深く知ろうとしていたことを──ウチが戦いに怯えている間に──睦兄と顔を合わせられないでいた間に──睦兄は、刃を研いでいた。
胸の奥に熱いものがある。
それが声となり、詩を伴い、歌として紡がれていく──【紡がれし魔音】
「な、なんや?なんで歌いだすんや?」
「夏海ちゃんたら─クスッ」
歌声が周囲に広がっていく。
優しく、そして力強い歌。
睦月の耳にも届いた歌声は、一層に心を落ち着かせ、力を与えてくれる。
「な、な、な、なんや、力が湧いてくるで」
「これが、夏海ちゃんの力。でも、駄目よニッコ、今は睦ちゃんのターン」
弥生に止められたニッコは、驚いた表情を夏海と弥生の間で瞬かせている。
歌の終わりと戦いの終わりは同時だった。
小太刀を携えた睦兄の笑顔が見えた。
◇
最後の一葉を斬った。
戦いの緊張を解く為の長い呼吸。
途中から聴こえてきた、懐かしい歌声。
尽きかけた握力、腕力、ふらつきかけた脚、体幹を癒し、鼓舞してくれた、優しくも力強い歌声。
顕現させっぱなしの刀剣達を消しながら、仲間の方に目をやる。
皆、無事そうだ。
そして、ウサギを抱いたまま立ち尽くす夏海。
意図なく笑顔が溢れた。
── ああ、守れた。
「何やねん、兄やん、強いやないか。何や、あの武器は?あれが兄やんの能力かいな」
何故か年上のニッコが、『兄やん』呼びをしてくる。
初めて見た筈なのに、驚く風もなく、弥生は微笑を浮かべている。
近付くと、夏海は顔を背けて、小さい声で『格好良かったよ』って、言ってくれた。
俺も、ありがとうの意味で、夏海の頭に手を置いた。思った以上に熱い頭の横に、真っ赤な耳が──
──カシャカシャカシャ
微かなシャッター音が、公園の外れから聞こえた。
小柄なエリザベス女王がカメラを向けている。
咄嗟にスローイングナイフで狙うが、遠すぎる。
「ヤバいて!写真撮られた」
ニッコが走り出した。
ニッコの後を追う。
「何がヤバい?」
「写真撮られたやろ。姉ちゃんらが狙われるかもしれん」
追いかけっこが始まった。
【昊ノ燈】と申します。
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