17. 皐月は家出し弄ばれる
事態は急に動き始める。
今、俺たちは、樋口一葉の集団、通称【一葉軍団】に追われている。んっ、いや、追ってる?
とにかく、追って追われている最中なのである。
ことの始まりは、昨夜。
弟の皐月が失踪した。
夕方、弟が真っ裸で痙攣してるのを助けてからの事。
なんとか一命を取り留めた皐月であったが、助けるために俺が首輪を切ったことを知ると、さめざめと泣き始めた。そして、そのまま姿を消した。
いたたまれなくて部屋を出てしまい、一人っきりにしたのが間違いだったのか…………。
ともかく、皐月の失踪(脱走)を知った母さんの号令一下、家族総出での捜索が始まった。
日付が変わる手前で爺ちゃんと婆ちゃんが脱落。
夜が更け、深夜を過ぎた頃に父さんと母さん、俺が脱落となり、仮眠をとった。
早朝から、爺ちゃん婆ちゃん復帰。
続いて、母さん復帰。父さん、俺と、順番に捜索に復帰した。
ここで、母さんから連絡を受けた、ご近所マダム連合も参加。
弥生も捜索に合流。
そして、夏海も合流。
その胸には──ロップイヤーラビットのエイプリルが──抱かれていた。
あ〜〜〜。
皐月、そこに居たんだね。
既に俺の中では、皐月=エイプリルは確定している。
こんな騒ぎになったのどうするんだ?視線に意図を込めると、俺の視線に気付いたのか、エイプリルは、素知らぬ顔で視線をそらした。
ああ、もうバラしてやろうか。
「わぁ、夏海ちゃん。このウサギがエイプリルちゃん?フワッフワッだね」
「うん、弥生ちゃん。シャンプーしたから。昨日も一緒にお風呂入ったんだもんね〜、エイプリル」
んっ!
何て言った?
夏海、一緒に風呂?
何してんだ弟よ…………。
言ってやりたい!
でも、言えない。
夏海が可哀想過ぎる。
昨日は、唇舐められてたし……。
皐月、今、この時ほど、俺は、お前の兄でいることが悲しい事はないぞ。
そんな俺の心中に関係なく、捜索は続いていく。
「睦兄、ゴブリンの仕業かな?だとしたら、刑事の人に連絡しといた方が良いんじゃない?ほら、名刺もらったじゃない。笹山さんとか山代さん」
刑事さんか〜。更に大事になりそうだな〜。あ〜目の前にいるのに……。あっ、そうだ!
「いや、うちの母さんが捜索願を警察に出してるはずなんだ。それに、家出の可能性も少なからずあるからな」
「えっ、何かあったの?」
「皐月、母さんに外出禁止令が出されてたんだ。ほら、中間テストがあったろ。あれで、二教科が一桁、一番良い教科でも二十点代で数学だったかな?」
夏海の胸元でエイプリルが暴れ始める。
ふっ、お前の点数なんて知らないよ。適当さ。でも、反論できないだろ。ざまぁだな。
「皐月ちゃん、おバカだったんだ……」
「皐月の奴、いつも『俺、理数系だから、わからんところあったら教えてやろうか』なんて言ってたくせに!」
弥生と夏海の中で、お前のイメージはだだ下がりだぞ。
「ほら、あなた達何やってるの?」
母さんだ。
「弥生ちゃんも夏海ちゃんもありがとね。睦月、あんたらは駅向こうの方を回ってみてね。ちゃんと自分の嫁と夏海ちゃんを守るんだよ」
「はい、お母様」
お〜い、嫁設定、続いてたの?
弥生も返事するんじゃない!
ほら、夏海が変な顔してるじゃないか。
「ねぇねぇ、睦兄。結婚したの?」
「してねぇよ!」
◇
「いないねぇ」
駅向こうのシャッター商店街を見回りながら、夏海が声をかけてきた。
うん、こんな所にいるわけがない。お前が抱いてるんだから。
ちなみにエイプリルは、首輪を着けていない。
ただ、気になるのは
ちょっと前に聞こえた、パパパンという破裂音だ。
また何かあったんじゃないのか?
「ねぇ、睦ちゃん。あそこ。あの店と店の隙間の所。誰か倒れていない?」
「あっ、あの人、見たことある。この間、アウトレットにいた人じゃない?」
「確かに──」
この間、アウトレットでニコと一緒にいた細身の男に見える。
ニコは、昔、近所に住んでいた同い年の男の子で、仁科昂輝という。
「大丈夫ですか?」
何の危機感もなく、男に駆け寄る夏海。
「うさぎ屋さん?」
「えっ、あっ、違います」
「うん、冗談。で、何?」
「あっ、倒れてたから……」
「うん、倒れてる。現在進行系」
「だから……大丈夫かなぁって」
「大丈夫だったら、倒れてないよね」
「う、うん」
「で?」
「大丈夫かなぁって」
「倒れてるよ、俺」
「う、うん…………睦兄〜助けて」
遂に夏海が助けを求めてきた。
この話しが通じない男は、新田幸之介。
お金を爆弾に変える【衝撃の価値観】という、バーゲンセールみたいな名前の能力をもつ、高校三年生。
ちょっとやんちゃなグループに入ってて、敵対するグループの妨害をしてたんだけど、失敗して、逃げてる最中なんだそうだ。
「へぇー、あんたら、ニコの友達か。て、ことは、友達の友達で、俺とも友達ってことだわな。いや、お嬢ちゃんとは、友達以上の関係になりたいんやけど、どないですか?」
話すと、意外と気さくな感じ。
でも、ちょっと、似非関西弁が気になる。
「ゴメンねぇ〜、もう旦那がいるから。友達って言っても、昔、近所に住んでたってくらいで、向こうが覚えているかどうかは、判んないんだけどね〜。いつも、睦ちゃんと一緒に走り回っていたね。でも、仁科くん、今でもニコって呼ばれてるんだ」
弥生、そんな笑顔で、夫婦宣言しないで下さい。それは、貴女と母さんとの間のジョークであって、あまり広めるのは──ほら、夏海の目が怖い。
「あちゃー、もう売れとったか。なら、そっちの嬢ちゃんはどない──って、目ぇ怖いな。と、そうそう、仁科は、今でもニコって呼ばれてるで。それで、俺も、新田幸之介で、ニコ。二人揃ってニコニココンビやねん」
「紛らわしいから、君の名前はニッコにする」
「勝手に、人のニックネーム変えんなや。でも、ニッコか──ニッコニココンビ!まあ、ええんちゃう」
見た目に反してノリが軽いニッコが、弥生から目を移し、夏海の抱いたエイプリルに手を伸ばす。
「このウサギどないしたん?」
「ウチのエイプリル取らんとって!」
「なぁ、これオンタか?メンタか?」
「知らない」
「ふ~ん──オンタか」
ニッコに仰向けに抱かれたエイプリルは、何故か動かない。
「えっ、なんで分かったの?」
夏海のビックリした表情に、したり顔でニッコは夏海にエイプリルを返す。
「嬢ちゃん、こういう風に仰向けに持っとってや。そしたら、ウサギは動けんさかい。ええもん見したるから」
「こう?」
「そうそう。なっ、動かんやろ。そして、こう──」
言いながら、ニッコはエイプリルの後ろ脚の付け根の内側、股の部分を二本の指でユックリと押さえていった。
──ニョニョニョ
そんな擬音を感じさせるようにでてきたのは、小さく細いピンクの棒。
「ウサギのオチョンチョン!」
嬉しげに言うニッコ。
ついつい凝視してしまう。
夏海と弥生も同じようで、
「えっえっえっ!可愛い〜」
「本当、ウサギのって収納式なんだ。触っても良い」
興味津々な弥生が指を伸ばす。
「優しくな、デリケートなところやさかい」
「うん──ツンツン──ちょっと芯があるんだ──ツンツン」
やめてあげて!
お願いだから、やめてあげて下さい。
流石に可哀想過ぎます。
──プシュ
あっ!
「なんか出た」
「手ぇ拭いときな。射精しおったから」
「うわっ、なんかベタベタする」
「匂い嗅ぎなんな。この路地抜けた所にある小さな公園に手洗い場があったはずやから、手洗っといで」
スマン弟よ。
止められなかった無力な兄を許してくれ。
そんな、目でこっちを見るな……お願いだから。
「っと、ゴメンな。遊んどる間に巻き込んでしもうた」
沢山の樋口一葉が、こっちを見ていた。
昊ノ燈です。
遅くなってすいません。
夏バテにございます。
ちょっと、ペースは落ちますが、投稿していきますので、応援宜しくお願い致します。