16. 弟よ……お前ってやつは
夏海に会いに来ていた。
弟の皐月も一緒に来ると言っていたけど、中間テストの結果を見た母さんに外出禁止令が出てしまった。
皐月は、勉強したくない〜。俺は普通科高校に行かなくてもいい、工業科に行く〜。なんて言ってるけど、母さんには通じないだろうな。
弥生には、学校からの帰り道に夏海に会いに行くけど、一緒に行くかと聞いてみたけど、『う〜ん、今日は睦ちゃんが一人の方が良いんじゃないかな』なんて言われて断られた。
何があるっていうんだ?
ともあれ、通された夏海の部屋。
久しぶりに入ると、女の子の部屋になっていた。昔は子供部屋って感じだったのに……。
「な、何しに来たのよ。べ、勉強で忙しいんだけど」
なんか余所余所しい夏海。目を合わせようとしてくれない。
「いや、元気かなと思ってさ」
「げ、元気よ」
「守りきれずにゴメンな」
「う、ううん……………………バカ」
「馬鹿って何だよ。あれでも精一杯だったんだぞ」
「バ、ううん…………ありがと」
「お、おう」
「そっちは、大丈夫……なの?」
ああ大丈夫と返事をすると、チラとこちらを見て、また視線を遠ざける。基本的に辿々しい会話の中、夏海はこっちに顔を向けようとはしない。
何があったのか解らないけど、空気が重い。
「あっ、勉強中だったよな」
「う、うん、受験生だからね」
「どこ狙ってんだ?」
「睦兄の所。……って、ああ弥生ちゃんもいるし、そうそう、ウチの兄貴も行ってたから、せ、制服もお古着れるし、経済的かなぁって」
急に早口になって捲し立てる夏海。
でも、兄貴のお古って…………。
「男物のブレザー着る気か?」
「とわった!そうそう、ウチなんて男みたいなもんだし!」
「そんな事ねぇよ。ちゃんと女してるよ」
「女…………してる?」
「ああ、お前が男だったら、皐月はホモになっちまうよ。あいつ、お前のこと好きだろ」
「皐月か…………。睦兄にとっては?──んん、いい、忘れて」
「何の教科の勉強してんだ?解らないとことかないか?」
「ちょっ、近づかないで!」
机から離れようとしない夏海の背中越しに机上を見ようと近付く。
不意に髪の隙間から見えた夏海の耳は、真っ赤だった。頬までも赤い。
えっ、これって…………。
そう言えば、病院で弥生が言っていた。
『夏海ちゃんがお見舞いに来ない理由?う〜ん、睦ちゃんには分かんないかな〜。兄妹同然に育ってきた男の子が、危ない場面でさ、自分の身体を盾にして守ってくれたんだよ。男だったんだって気付いちゃったんじゃないかな。そしたら、どんな顔してあったらいいかわかんないよね』
あの時は、『俺は昔から男だし、あの夏海にそんな少女マンガみたいな機微はないよ』って返したけど…………。
そうなの?
流石に俺でもわかるよ。
わかってしまったよ。
ていうか、忘れてた。
夏海も年頃の女の子だったんだ…………。
「夏……海……」
夏海の目は潤んでいた。
思っていたよりも肩が細い。
コイツって、華奢だったんだな。
気付いてはいけない。夏海は妹だ。いつもと同じ対応を──。いつもと同じ気持ちで──。
思い出せ!想像しろ!頭頂部のハゲた夏海を。
「睦……兄──ん゙?」
──ドンッガタガタガタ
窓の方から音がした。
何かがぶつかって、揺れる音。
音の正体は窓の外、ベランダに出るサッシ戸。
そこに──ウサギ?
茶色のロップイヤーラビットが、サッシ戸のガラスにぶつかって痙攣してる。
「な、な、なんで、こんな所にウサギが?飼ってたっけ?」
戸惑う俺をよそに、夏海が窓の外からウサギを抱きかかえ、介抱し始める。
「最近、紛れ込んで来るの、この子。野良かな」
さっきまでのギクシャク感は失せ、胸元に抱いたウサギを優しげに撫でる夏海。
「野良って、ロップイヤーラビットが?それに、ここ二階だぞ」
「ウサギって、ジャンプ力凄いね〜。あっ、鼻血出してる。思いっきりぶつかったんだね。痛かったね〜」
二階の屋根までジャンプするウサギがいるか?
野良のウサギがいるって、どんな田舎だよ?
なんで夏海は、疑問を抱かない?
疑問がサラウンドで襲ってくる。
けれど、何にしてもウサギって可愛いな。ロップイヤーか。
そっと手を伸ばし、触れようとした瞬間。
──パシッ!
目を覚ましたウサギに叩かれた。
夏海の手から飛び降りたウサギは、器用に短い前足で鼻血を拭うと、二本立ちでファイティングポーズを決める。
何処となくカンガルーボクシングみたいな雰囲気。
何?
コイツ?
絶対に純真なウサギじゃないだろ?
人間みたいだぞ?
「キャ〜!エイプリル、可愛い〜〜!」
一触即発の雰囲気を醸すウサギを、夏海が再び抱きしめる。
「エイプリルって?」
「うん、この子の名前。ウチがつけたんだ。はじめはね、卯月にしようと思ったんだけど、英語にしたんだ」
確かに、【卯月】の【卯】は、ウサギを表してるけど、エイプリル?そんなファンシーな感じか?これ。
「エイプリル、これはウチのお兄ちゃんみたいな人だからね。警戒しなくても大丈夫だよ」
優しげな口調で夏海がウサギに話している。
『お兄ちゃんみたいな』っていうセリフにちょっと安心する自分がいる。
──なにホッとしてんだよ。
そんな自分が不思議で、微かに勿体ないような気持ちもある。一瞬でも、夏海に女を感じてしまっていた自分が情けない。
「あっ、そうそう、エイプリルにね、似合うと思って買ってたんだ──」
取り出したのは、新品の小さな首輪。
「この黒のフェイクレザーぽい首輪。茶色のエイプリルに似合うと思ったんだ。クールな感じに見えるかな」
首輪を着けられたエイプリルは、ご満悦そうにこちらを見る。
──ウサギって、ドヤ顔できるんだ…………
どう見てもドヤ顔。
淡白で無表情なウサギの顔。
自分でも不思議だけど、『どやっ!』て顔しているのがわかってしまう。
結局、エイプリルの警戒が解けることなく、三十分程で、俺は夏海の家を後にした。
『睦兄は小動物に嫌われるタイプだったんだ〜』なんて夏海は言っていたけど、絶対にあれは普通の小動物なんかじゃない。
──♫♫♫ ♪
スマホがメッセージの着を伝えてくる。
弥生から──
『恋する夏海ちゃんは元気だった?──妻より』
既読スルー。
なんか面倒くさくなってきたな。
俺も高校男子だし、興味あるし、弥生も夏海も可愛い。でも、妹みたいな存在だし……。急に男として意識されてもな……。方や『妻』か……。最近、弥生も強くなってきたっていうか、何処となく腹黒くなったような……。
「葉月…………」
つい、今はもういない名前を呟いていた。
◇
コンビニで時間を潰して帰った家。
外出禁止令発令中の弟に、炭酸の差し入れを買ってきた。
「トントン──皐月、ジュース買ってきたぞ」
「……グ……グガガ……グ…………」
苦しむような微かな声がした。
「皐月!」
ドアを開けた。
──ピクピクピク…………
素っ裸で痙攣してる弟がいた。
首には、小動物用の黒いフェイクレザー調の首輪。
あ〜あ…………。
【昊ノ燈】と申します。
読んでいただき、ありがとうございます。
もし、この小説を応援したいと思っていただけたなら、ブクマを宜しくお願い致します。
面白いと思われた方
[★★★★★]で、評価くださると幸いです。
面白くないと思われた方
[★☆☆☆☆]と、一つ星で教えて下さい。
ご意見を持たれた方も、遠慮なくお伝え下さい。
良いも悪いも作者のモチベーションとなります。
これからも、宜しくお願い致しますお願い。