14. 弥生とフラさんのショービジネス
「睦ちゃん、元気?」
──キュピーン!
病室に弥生が入ってきたその時、フラさんの瞳が輝いた。同時に弥生の瞳も光を持つ。
始まるのか…………。
「あら、奥様」
「フラもご機嫌なようで」
フラさんが弥生を奥様と呼び、弥生がフラと返す。これが、開始の合図。
始まった…………。
「奥様、本日も見目麗しゅうございますね。本当に御主人様とお似合いですわ」
今日のフラさんは、女役か。
「あら、ありがとう。フラ、貴女のところもお似合いの夫婦と評判じゃないの」
「いえいえ、宅の亭主なんて、外面だけですよ。家の中では、だらしのない男なんですよ。無愛想で、オイとかアレとかでしか喋りませんの。奥様のところとは比べ物になりませんわ」
「フフ、どの家も亭主なんてそんなモノよ──とか、言わせたいのでしょうね。狡いこと」
おおっ、出だし直ぐの急展開。
「えっ、なんの事ですの?」
「貴女がた御夫婦の仕事に、私の可愛い旦那様を巻き込まないでと、言いたいの」
弥生がゆっくりとベッド脇に歩み寄る。
「クッ。な、何を仰られているのか」
「ねぇ、何も知らないとでも思ってらっしゃる?貴女が、そこのチェザーレを使って、何を企んでいるのかをネ」
おお、磯崎さんが巻き込まれた。ってか、外国人設定だったの?
磯崎さん、戸惑っている。そんな困った顔でこっちを見ないで。
そんな、困り顔の磯崎さんに、弥生は追い打ちをかける。
「さぁ、チェザーレ、言ってごらんなさい。この女の指示で貴方が何をしたのか。何をさせられたのか。そして、昨日何処にいたのかを」
磯崎さん、めちゃくちゃ目が泳いでる。もう泣きそうだし…………。
「駄目よチェザーレ。黙ってて!」
ナイス助け舟、フラさん。
「何を黙る事があるの?チェザーレ、貴方の事よ」
さらなる追撃。微笑が怖いぞ、弥生。
「…………あ…………あ…………」
涙目で小刻みに震える磯崎さん。何か言おうとしているが、言葉にならない。
「やめて!私が悪いのよ。ゴメンねチェザーレ、辛い思いをさせてしまって……」
フラさんが、磯崎さんの前に手を伸ばし、俯きながら話した。
軽く腕を組む弥生。
「話してくれるわね、フランソワ」
フラさん、フランソワ!?
「……ええ、Mrs.マーチ」
ミセスマーチ!?弥生→三月→マーチだけど。
「フランソワ、貴女と出合ったのは、中等部の頃だったわね」
「貴女は、既に社交界の花だったわ。『リトルローズマリー』。そんな風に呼ばれていたわね。私達皆の憧れだった」
おお、同年代設定。更に、中世、貴族社会なのか?
「懐かしいわね。『ローズマリー伯母様』について回っていた頃。貴女も、可愛かったわ」
「いえ、そんな……」
「いえ、私は、貴女のあどけない瞳が羨ましかった」
「そんな……」
「高等部に入り、私達は、同じ人を好きになった」
そう言いながら、弥生は、俺の肩に手を乗せた。
ヤバッ。巻き込まれた。
「そうね、でも選ばれたのは貴女。私が貴方の瞳に映ることは無かった」
フラさんまで俺の空いたほうの肩に手を乗せる。
「私の方が、貴女より少し近かっただけ」
弥生の手が、肩から離れ、頬に触れる。
「悔しかった。わかってた、どうしようもないって。でも、悔しかったの……」
フラさんは手を離し、後ろを向く。
背中が小刻みに揺れている。
「いいの。いいのよ、フランソワ」
「ゴメン。ゴメンね…………」
弥生は、静かにベッドの周りを行き、背中を向けるフラさんを後ろから抱きしめる。
──ビクッ
フラさんの肩が微かに揺れる。
「ちょっと間違っただけ。ねぇ、フランソワ」
「ゴメン。ゴメン。ゴメンね……。全部、話してくるわ。罪を償うの……」
「フランソワ…………」
「さようなら。もう貴女達の前に現れないと、誓うわ」
フラさんは、弥生から離れ、一歩進む。
「フランソワ!」
弥生が手をとる。
「貴女の罪を知る人はいない」
「えっ!」
「私は何も見ていない。全ては霧の中」
「Mrs.マー──」
フラさんの言葉を遮り、弥生が正面から抱きしめる。
「いいの。いいのよ」
「Mrs.マーチ…………」
「貴女が償う罪なんてないのよ」
「…………」
「フランソワ、貴女の罪は私の罪。貴女が背負うことはないのよ。これからは私の言う通りにだけ動けばいいの。そう、私の為にネ──貴方は、私の物」
弥生の瞳が俺を捉え、微笑をこぼした。
終わった……。
何なんだよ、毎回の小芝居。
──パチパチパチパチパチパチ
「「「ワーー!」」」
「良かった!」
「最高!」
気が付けば、いつも通りギャラリーが集まっている。
一日中仕切りのカーテンを閉め、顔を出さない同室のお爺ちゃんも、カーテンを開け、拍手している。
隣室の患者さん。
階の違うオバちゃん入院患者さん。
看護師さん。
女医さん。
多くの人が、所狭しと病室に集まっていた。
「弥生さん、最高だったわよ」
「また明日もヨロシクね」
「これ、貰って頂戴」
観覧料宜しく、弥生とフラさんの手には、沢山のお菓子やらジュースやらが積まれていく。
弥生とフラさんは、皆を笑顔で見送っていく。
最後のお客が去り、同室のお爺ちゃんが仕切りのカーテンを閉めたところで、弥生は俺の方を向き、いつものセリフを笑顔で言う。
「睦ちゃん。御見舞の差し入れ」
俺のベッドの周りは、お菓子とジュースが所狭しと積まれている。
【昊ノ燈】と申します。
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