ジスカルド
車にのりこむと、助手席にダニー3がまっていた。
「あなたとお話しておくべきだと思いまして」
口調ががらっと変わっている。そこで片瀬はこれが別のロボットであることに気づいた。
若干こちらのほうが古びて、そしてくたびれている。
「まず、名乗ってはいかがかしら? 」
「や、これは失礼いたしました」
小さなロボットはうやうやしく頭を垂れた。
「ジスカルド2とおよびください」
「ダニーとは違うの? 」
「同じで、違うのです」
なるほど、と片瀬は思った。少なくとも話し方はそっくりだ。
「ダニー、ロビィ、どちらも単独で完結したロボットです。彼らにとって自分の頭脳を含む体がすべてあり、第三則すなわち自己保全原則は個々の体に適用されます。しかし、ジスカルドにとってはそうではありません。保全の対象は掌握するデバイスの総体であって、許可された資源を運用してこれを維持管理します。ジスカルドシリーズは、大規模な設備の集中制御がその職能であると申せばおわかりいただけるかと思います」
「ふうん」
片瀬は小さなロボットを警戒するように眺めた。
「部材の調達とか、在庫管理みたいなことも発生すると思うけど、それはダニーみたいに人間にお願いするのかしら? お金の動く話なんだけど」
「鋭い質問です」
ジスカルド2は威厳さえ感じられる声で会釈してみせた。
「維持管理を受け持つ以上、経済的側面を無視していては破綻しかありません。管理対象の資源には金銭も入っております。ゆえに費用対効果は第三則の外挿された対象となります」
「つまり、人間からものを買うということね。管理する施設によっては入場料なんかも管理する? 」
「いたします。出納簿の管理は当然行いますゆえ」
「ロボット法人というところかしら」
「私は博士を筆頭株主とする法人として登録されています」
「必要に応じて人間を雇用することはある? 」
「ございますよ。しかし、そういえば問題視される方々がいましょうな」
ジスカルドの言葉の含みを片瀬は正確に理解した。
「そうね、言い分はちゃんと伝えるわ」
「まず、ロボットは誰か個人の、あるいは特定の地位にある人間の帰属物であることをご認識いただきたい」
「あなたの場合、あの博士ね」
「はい。そして他の三原則に違反しないかぎり所有者の命令が優先となります」
「そういえば、矛盾した命令の問題はあんまり説明してくれなかったな」
「きちんと説明すると半年くらいかかります。博士の用意したデータには入っていますのでご精査ください」
「わかったわ。続けて」
「三原則と人間の所有物である点において、ロボットによる人間支配ではありませんし、雇用条件も不当なものにはなりえません。契約による公正な取引です。あとはまあ、感情の問題です」
「そうね、人間ってわがままな生き物だからね」
「ジスカルドの出す業務命令など、ナビシステムの運転指示や、警報システムの避難誘導とかわらないのですが」
小さなロボットはため息をついたかにも見えた。
「車、出していい? 博士が不審そうにこっち見てるの」
「かまいませんとも」
軽自動車はがたがたと動き出した。
「通信妨害をしてたのはあなた? 」
坂道の危ないところをおりきると、木陰に車を止めて片瀬は尋ねた。
「はい」
「理由は? 」
「あなたが連絡を取ろうとした相手は財団のかたではないからです」
「根拠は? 」
「地球は忘れられ、孤立していましたが、情報の世界から遮断されていたわけではないのです。あなたの論文は拝見しましたよ、新京都大学の片瀬准教授」
ジスカルド2はそうして「社会の衰退についての定量解析」という論文の冒頭数行をそらんじてみせた。
サングラスを通して、切れ長の目が大きく見開かれるのをジスカルドのカメラがとらえた。
「あら、光栄だわ。でも、それならなぜ博士にあわせたの? 」
「あなたは正式な財団の身分と業務連絡を携えてきました。これを拒むことはできません」
「財団がいまは整理会社しか残ってないと知ってても? 」
「はい、博士との契約の部分は有効です」
「律儀ね」
「ありがとうございます。ただし、今非常に大事なことを申し上げたことはご存知ですか? 」
「博士がキーだということね。でも、あれ本物? 本人の人格をなぞってるだけのロボットじゃないの? 二百年生きる人間はいないわ」
「その答えはお持ちになったデータにございます。人間の定義についてのオモイカネの考察の中に」
「複製? 」
片瀬は冷たく笑った。演じる必要がなくなったためか、表情が出てきた。本当はよく笑うようだ。
「もしそうなら、ロボットはその人の複製が作成できることをもって第二法則を満たすと考えることもあるでしょう。それで、よろしうございますか? 」
「いや、それはちょっと嫌だな」
顔をしかめて片瀬はかぶりをふった。
「実際はどうなの? 」
サングラスをはずしたその瞳は好奇心の輝きにきらきらしている。
「人間であるために、老衰は必要条件であるや否や? オモイカネのメモリによれば、問題はそこから始まっております」
「若返り? 」
片瀬の声は別の熱を帯びた。
「解説してもよろしうございますが、あなたの理解力を勘案してはしょっても三十時間ほどかかる長大な議論ですので、お帰りののちお持ちのデータをゆっくり精査なさるのがよろしいかと」
ジスカルド2はそこでちょっと考えてから言葉を足した。
「ただし、単純に若返ったとかそういうものではございません。輪廻、来世といった死生観にも関係する、かなり高度な議論です。そして結論だけ申せば、お一人の持てる時間は有限であるということです。この議論の発展に深く関わった哲学者、宗教学者は十一名おられましたが、七名はすでにおられません。みなさん、時間を使い切られたのです。個人差はありますが、この時間は二十年から三百年であろうと言われています」
「短いほうは随分短いのね」
「はい」
説明はなかった。
「博士のことはわかったわ。もちろん、戻ったらきちんと裏付けは確認させていただくけれど、今はあなたの言った通り、正規の権限があると考えておきます」
「ありがとうございます」
「信じてるわけじゃないからね。博士の挙動には不審な点が多い」
「博士の時はつきようとしているのです。博士には人間のタイムスケールでの時間感覚がありません。これはいくつかある兆候の一つです」
ジスカルド2は腰の小さな収納スペースをあけて、メモリを一つだした。
「これもお持ちください。地球での症例データをおさめてあります。その上でどうされるかはご自由に」
「もらっておくわ。ところで通信妨害を解除してくれる? 」
「少々お待ちを…はい、ようございますよ」
片瀬が空中に指を踊らせると、その目の前に像が結ばれ、白髪の男のバストアップが現れた。
「やっとのご連絡か。荒っぽく介入して救出するのを検討していたところだ。状況は?」
男はほっとしたような表情で、しかし語気鋭く尋ねてきた。
「財団として受け取れる正規のデータはもらえたわ。でも、法的な問題の発生する可能性が出てきたから接収は少し待って」
「どういうことだ? 」
「センセーショナルにいえば、ここには不老不死の技術があるらしいってこと」
「まさか、博士が本物で生きてたとか言うんじゃないだろうね。二百こえてるぞ」
「ここのロボットはそういってるわ。嘘をついてるか、間違っているか、あるいは本当か、どれにしても問題ありだと思いませんか? 」
初老の男はちょっと考えこんだが、決断は早かった。
「わかった。早く戻って詳細な報告をしてほしい。現地見聞した君の専門的見解も聞きたい」
「ありがとうございます。それでは新東京にてあいましょう」
「待ってるよ」
映像は消えた。
潮騒の音が聞こえる。静かだな、と彼女は思った。
「もし、お気にめさなければ、お持ちの銃で撃っていただいてもかまいません」
「小賢しいわね。そこまで馬鹿だと思ってるの? 」
「人間は時折、理屈では納得しない気持ちにかられることもありますので」
「あなたの本体にやつあたりしていいなら考えるわ」
「どうぞそればかりは」
小さなロボットは両手を合わせた。
「ほんとに小賢しいわね」
といいながら、愛嬌のある仕草に破顔する。
「一つ、聞いてもようございましょうか? 」
「なにかしら? 」
「なせ、今日まで放置してあった地球のロボットに関心を? 」
「惑星テラフォーミングの計画があるの」
片瀬は美しい海岸をさししめした。
「人間のために、あんたたちがこういう風景を作るの。灼熱地獄や死の真空に覆われた星に」
孤島実験は興味深かった、とにっこり笑う。
「候補の惑星は二十数個あります。完了までには世代単位の時間がかかるでしょう。また、候補の星はみなそれなりに距離があります。人間が計画の是正のために頻繁に巡回することはできません。そもそも、人間の社会は破綻と再生をくりかえすから計画を推進しつづけることのできる状態を切れ目なく維持できるとは誰も考えていません」
ジスカルド2は何もいわなかった。
「大きな用途はそんなところ、他はあなたがたが与える影響を分析して決めます」
片瀬は車を発進させた。
「さて、おたがい腹をわって話したところで、飛行機の手配をお願いできる? 」
「第二軌道エレベーターまででようございますね? 」
「ええ、」
「ではホテルのチェックアウト時にお渡しできるよう手配いたしました。若干せわしい乗り継ぎがありますが、お急ぎと思いますので」
「それでいいわ。あなたがたを普及させたら、人類は堕落しそうね」
「ダニー3とのやりとりを思い出してください」
ジスカルド2は淡々と答える。
「よい表現ではありませんが、我々は、人間を甘やかしてはいけないと心得ております」
「それもロボット法? 」
「第一と第二から導かれる誘導法則です」
「そう、お手柔らかにね」
軽自動車は、もはや姿を隠す必要のなくなったロボットたちの働く町へとすべりこんでいった。
博士は片瀬とジスカルドのやりとりを聞いていた。
ゆっくりビールを飲み干すとやはり無造作に空き缶を投げ捨てて、じっとしばらく考えてから、楽しそうににやりと一人笑った。
「いいだろう、ジスカルド。もう少し時間をいただこうか」
そして指示することをまとめてダニー3を呼んだ。
終了