ダニー
翌日、ホテルの主に借りたぽんこつの軽自動車でまた博士の家についた片瀬を、小さな人形のロボットが出迎えた。召使いのような、服を着せられた頭でっかちのそのロボットはうやうやしくお辞儀をした。博士の姿は見えない。
「わたしは、だにー3です。施設のごあんないをするよう、博士にもうしつかりました」
ややたどたどしいものの、しっかりした、と感じられる口調でロボットは挨拶する。
「博士は?」
「まだおやすみです。もうしばらくすれば、起きてくるとそうおおせです」
あのおっさんは・・・片瀬は小さく舌打ちした。
「それでは、ろびーを開発したらぼからご案内しようと思います」
「その前に質問していい? 」
小さなロボットはゆっくり振り返った。
「どうぞ、なんなりりと」
「ダニー3、あなたはずいぶん小さいけど、それがあなたの本体? 」
「その答えは、いいえとはいになります」
ダニー3はぺこっと頭を下げた。
「どういうこと? 」
「ワ タシを構成するデバイスのすべてがこの体にあるかといえば、その答えはいいえです。博士が好んで電子頭脳と呼ぶものはロッジの中にあります。しかし、ワタ シのセンサーと直結デバイスはこの体にしかありません。これが唯一のワタシがワタシと認識しえる体なのです。ですから、答えははいなのです」
「お利口さんね…」
答えた内容に片瀬はちょっとびっくりしていた。このロボットには自意識がある。
ダニー3は戸惑っているように見えたが、やがて演算が終わったかうやうやしくお辞儀をした。
「ありがとうございます」
「案内して」
「どうぞ、こちらへ」
ちょこちょこと歩く姿はたいそうかわいらしい。昨日のロビーよりも小さく、おもちゃのようである。にも関わらず、薄気味の悪いものを彼女は感じた。
設備は、半壊した洋館の裏にあった。わざわざほったのか、何かを採掘した跡なのか、元々は何かの穴があいていたのをかまぼこ状に固めて大きな両開きの扉をつけた倉庫のようであった。
通用口をあけたのは片瀬本人だった。
「もうしわけございません。非力ですので」
「断ってたら、あなたどうするつもりだったの?」
彼女は意地悪な質問をした。そして、やってみればよかったと思ったがもう遅い。
「そのときは遂行不能の命令ですので、お時間をいただいて博士に相談させていただくことに」
「これがいちばん手っ取り早いということね」
「さようでございます」
自動点灯して明るくなった中はカビ臭い。ここしばらく使っていないと知れた。機械、工具や部材、それに作業を手伝わせるのかロビィが2台、意外にきちんと片付けられている。
片付けはロボットにやらせているのだろうな、と片瀬は思ったが、特にダニー3に問うこともせず、レコーダーを出してその全体と、いくつかの装置やロビィは間近から念入りに撮影した。
「ありがと、もう十分だから博士のところにいきましょう」
「では、こちらへ」
ダニー3はうやうやしくお辞儀をした。
博士は昨日の場所でヘッドアップディスプレイをつけて何か操作していた。珍しくまじめな顔をしている、と昨日あったばかりなのに片瀬は思った。
「おはようございます。ご案内をつけていただきありがとうございます」
片瀬の挨拶に博士は片手をあげて答え、指を軽く回して作業を中断した。
「どうでしたかな、ダニー3は」
「びっくりしました」
「機能中枢を外部においているため、あの大きさであの機能が実現できているのですよ」
「つまり、彼も試作ということですよね? 」
「だいぶ直したけどね。小さいということは便利な点も多いものだから」
「不便な点も多うございますよ」
えっちらおっちら、氷をいれたバケツにビールを数本いれたものを運んできたダニー3が口を挟む。
「以前のようにろびーを手伝いにつけてくださることを希望します」
「こわれたからな。部品まちだ」
「いつの話になるかわかりませんが、ご配慮感謝します。それでは」
ダニー3はうやうやしくお辞儀をした。そして、ロッジにえっちらおっちら引き上げていった。
その小さな姿を見送ると、片瀬は聞かれるのを恐れて控えていた言葉を博士にむけた。
「びっくりしたのは、彼の大きさではなくって、あの人間臭さです。昨日ご紹介していただいたロビィはその、いかにも作られたもの、という感じが強かったのに」
「わかるよ」
ビールを一本抜き取りながら博士はうなずいた。
「でも、人間そのものとは少し違うでしょ? 」
「少なくとも朝からお酒を飲むようには見えませんわ」
博士は苦笑した。
「さて、どこまで話したかな? 」
「ロビィのお話が一通り終わって、オブザーバープログラムを組み込んだダニーの話に入るところからですわ」
そうであったそうであった、博士は膝をたたいた。
「ロ ビィでくみ上げたロボットとしての行動決定システムは無機的に効率重視で命令や三原則を遂行遵守する。しかし、これではロボットだけで人間のための仕事に 送りだすことができない。そこで、行動選択に重みをつけるオブザーバーシステムを組み込むことにした。ここまで話したのだよね? 」
片瀬はうなずいた。
「では、ここからはロビィの行動決定システムとオブザーバープログラムについて、私の趣味のはいった略称を使うことを許してほしい。そのほうが話しやすいし、たぶんうっかり使ってしまうだろうから」
「また、アシモフですか?」
「いや、ちょっと違う。悩めるロボットを描いた漫画から取った。前者は服従回路、後者は良心回路と呼ばせてくれ」
「よろしいと思いますが、回路なんですか? 」
「いや、そういうわけではないんだけどね・・・まあ話を進めよう」
「はい、おねがいします」
博士は手をふって立体モニタに昨日何度も見たロビィの姿を映した。
違うところは背中に黒い薄いユニットを背負わせていることか。
「ダ ニー1だ。この黒いやつが良心回路。初期型はロビィ本体からデータをもらって、架空の人間を何通りか設定、演算してロビィの判断に割り込みを行うという仕 掛けだった。簡単にいえばそこにいない人間をステレオタイプ別にいると過程して問題がないか仮想の状況判断を行い、服従回路にフィードバックする。服従回 路は良心回路に許可を得るまで何度も再計算することになる」
映像が再生され、何か行動を起こしかけてはとりやめ、を繰り返すダニー1の姿が映った。数回をそれを繰り返してようやくスムースに行動を始める。
「まあ、ごらんの通り成功作とはちといいがたい」
博士は苦笑いする。
「ダニー2だ」
次に映ったのは、迷いなく作業を始めたが、ふと止まって方針を変えてやりなおし、やりなおして最後には最初の作業に戻るダニー3と同じ姿だった。
「ダ ニー1で対話型に良心回路と服従回路を組んだのをスター型に組んでみた。良心回路で考慮すべきことが一種類でないことはわかっていたから、そのバランスを 取れるようにだ。このへんからそのネットワークの形成がキーだとわかっていたから、ダニー4まで頭脳部分は外だしの大きめのシステムにしてある。ダニー2 はまずまずの成功だったが、バランスのいい条件になるとご覧のような堂々巡りをやってしまう」
「優柔不断ですね。人間に例えれば、見てていらいらするタイプです」
「時間経過による状況変化は計算しているから、いずれ収束するのだけどね」
博士は空になった空き缶を背後に投げた。空き缶は崖のしたの森に消えて音一つたてない。
「だが、いつまでに決断しなければいけないか、そのためには精度をどこまで落とさなければいけないか、そういったことはダニー2では考慮できなかった。良心回路のネットワークはまだまだ複雑さが足りなかったのだ」
博士が手をひらひらとさせて仮想キーボードを操作すると、天の川を望遠鏡でみたような星空ににた図が現れ、これを無数の線が結んでいる図が出た。
「間をだいぶとばすが、これはダニー5のネットワークだ」
「複雑ですね」
「構 成の大半は算出して自動設定してるけどね。そのへんの数学は割愛するが、おおむね満足のいく意思決定システムはできあがった。まとめてしまえば、ダニーシ リーズの電子脳は非常に高度なネットワークを有していて、選択可能な中から、人間のもっともためになりそうなものを選ぶことを追求していったというわけ だ。
そのためには人間に手伝いを依頼することも含まれる。片瀬にはよくわからなかった。
「ロボットは人間に従うために生まれてきたのでは?」
「人間の命令は」
博士は微笑んだ。
「自分の本当にやってほしいことをきちんと言葉に出せていないことが少なくない」
「ダニーシリーズはそれを算出してのける、と? つまり言葉にない相手の本心を把握する?」
「もっとも期待値の高いものを得ているだけさ。情報がたりなければ、とんちんかんなこともやらかす。解析できないときはとりあえず言われた通りにもする」
「人間みたいな苦労をしてますね」
「まさに」
博士は膝をたたいた。
「片瀬さん、ダニー3に感じた人間らしさとはそれではないですか? 」
諦観にも似たものを備えた、小さなロボットのことをふりかえって、彼女はうなずくことにした。
「そんな気がします」
博士は上機嫌になった。
「しかし彼らは己の欲のために行動しない。そこが人間とは異なるところだ。疑問は氷解したかな?」
「おそらく」
片瀬の答えは慎重だったが、博士は意に介さぬようだった。
「データはすべて用意してある。報告は以上だが、何か質問はあるかね? 」
少し考えてから彼女は指を三本立てた。
「高級ロボット開発は完了したと考えてよいでしょうか? 」
「若干の改良は残っているが、終わったといってよい」
指を一本折る。
「ダニーを人間と間違えるロボットはいませんか? 」
「自律型のロビィは間違える可能性はあるが、ダニーはまちがえないよ」
また一本。
「博士、ロビィ1からダニー5まで、何年かかりましたか? 」
「え? 」
博士は急に考え込み、黙ってしまった。
「ちょっと、わからないな」
「そうですか」
片瀬はにっこり微笑む。
「それでは二日間お邪魔いたしました。理事会の方々も満足されると思いますわ」
「そう願いたい」
博士は疲れた声で握手した。