第5章 奇跡
第5章 奇跡
あっという間に、一週間は過ぎた。
付け焼き刃の、「バラ手打ち」と、「ローキック」のみが、こちらの武器である。
詩織ちゃんの兄は、後輩の空手部員3人を呼んでくれた。
で、当日、決闘の場所は、高校の柔道場で、相手側は、番長の青木勇とその部下の4人の計5人、俺側は、詩織ちゃんの兄と大学の後輩の3人、詩織ちゃん、そして俺の妹のななみの計6人だ。
後輩を敢えて呼び寄せたのは、万が一、乱闘にまで発展した時の保険である。
相手は高校生である。関東大会で優勝経験のある、大学の空手部員4人もいれば、手など出せはしまい。
「俺が、詩織の兄の、橋本力だ。このケンカは、この俺が仕切る。
先ずは、ナイフや凶器など持って無いだろうな?」
番長の青木は、さすがに、大学の空手部員らを見て、これは、圧倒的に不利だと悟ったらしい。そこそこ、この俺を痛めつけて、手を引くつもりでいたらしい。……その感覚は、この私も微妙に感じていた。
で、お互いに、身体検査をして、さて、約束のタイマンである。
「始め」の、詩織ちゃんの兄の声。
この俺に、勝てるチャンスがあるとすれば、バラ手打ちの目潰し攻撃が最初に決まるかどうかである。
微妙に間合いが迫った時、俺は、焦ってバラ手打ちを、相手の顔面に放った、筈だった。
しかし、相手は、ケンカ慣れ、試合慣れしている。
この俺の動きを予測していたのか、ほんのわずか、顔をずらして、この最初の目潰し攻撃は失敗した。
即、私の右手首を掴みに来た。この前と同じ、絶対絶命。
このまま、畳の上に転がされて、三角締めや、腕ひしぎ十字固めをかけられたら終わりだ。
だが、ここから、俺の意識がフっと消えた。
後で聞いた話なのだが、逆に、私が捕まれた右手を、相手の右手に絡ませて、何と、青木勇を床に転がしていたと言う。逆関節技である。
立ち上がった青木を、今度は、右後ろ回し蹴りで、一発で、倒したらしい。
結局、この後ろ回し蹴りで勝負がついた。
詩織ちゃんの兄も、後輩の空手部員も、全員、絶句していた。
後ろ回し蹴りで、この俺より慎重の高い相手を一撃で倒したのだが、そんなワザは、大学生の空手部員誰でも使える程、簡単なワザでは決して無い。
詩織ちゃんが、スマホのビデオモードで撮っていたので、後に、その画面を見たこの俺も、ビビった程だ。
「お兄ちゃん、やはり、ブルース・リーが降臨したのよ。じゃないと、あんな猛者に勝てる筈もないわ」
ななみの言う事は、まるで、夢物語だが、そうとしか説明のしようが無いでは無いか?
一体、どうして、こう言う現象が起きるのか?
次元のゆがみ、と、妹のななみは、そう解釈した。
次元のゆがみとは、聞いた事も無いが、ななみに言わすと、重力も最終的には、空間のゆがみが重力の正体なのだと言う。
まあ、何でもいいが、ともかく、奇跡が起きた事だけは、事実としか言いようが無かった。
俺には、突如して、得体の知れない、闘神が降臨するようになったのだ。