第4章 特訓
第4章 特訓
妹の詩織ちゃんの依頼を受けて、詩織ちゃんの兄が、緊急に、一時帰宅した。
大体の話を聞いていた詩織ちゃんの兄、橋本力は、さすがに空手部の主将だけあって、まず、両手の拳のタコが通常人と大きく違う。もはや、巻き藁をン十万回を叩いてきた事が、即、見てとれるのだ。
「妹から話は聞いたが、山本光一さんは、実は相当以上に強いと聞いているが?」
「それは、あの時は、そうだったかもしれませんが、僕自身は医者の息子で、小・中学校時代には勉強しかしてきていません。あれは、多分、まぐれだったのでしょう」と、俺は、必死に、弱い事を強調して、必要最低限の必勝法を習いたかったのである。
「だが、妹の詩織の話じゃ、ブルース・リー並みに強かったと……」
「その点は、僕も、不思議に思っています。僕の妹のななみは、ブルース・リーが転生したとか言ってましたが、僕には、とても信じられません」
「しっかしなあ。俺の妹の詩織を賭けての、一対一のタイマンと言うが、正直に言えば、ちょっと見、さすがに、山本さんには悪いが、勝てる筈が無い」
「大体が、柔道であれ、空手であれ、すべて厳格なルールがあって、そこでの試合なんだ。しかし、一対一のタイマンには、ルールがあって無いようなもの、つまりルール無用のケンカにしか過ぎない。これを「バーリトゥード」と、私らは言っている。非常に危険だな。素人ではまず勝てない」と、詩織ちゃんの兄は言った。
「それは分かっていますが、大事な詩織ちゃんがかかっています。それに、二人とも、もう、やっちゃってるんですよ」と、キスすらした事も無いのに、そう口走ったのだ。
「詩織、ホントか?」
この兄の質問に、詩織ちゃんは頷いた。現実はキスさえして無いのに、何と、詩織ちゃん、ウンと返事をしたのだ!!!
「まあ何と、最近の若いもんは、手が早いな。で、詩織は本当に同意したのか?無理矢理されたんじゃ無いだろうな?」
コクリと頷く。
「こりゃ、どうしても、山本さんには、勝って貰わねばならんが、100%勝てる筈も無い。ともかく、詩織の兄で、大学の空手部の主将の、橋本力が立会人になると、即、メールを送ってくれ」
「分かりました。でも、それでも、相手が納得しなかったら……」
「その時は、この俺が、一人で5人と対決するしかあるまいが、松濤館流空手4段の肩書きだと、いくら相手が柔道2段の猛者とはいえ、高校生相手では、この俺が、傷害罪で捕まるかも知れないし、非常に危険なんだよなあ……」
「ともかく、何度も言って悪いが、柔道2段の相手に山本さんが勝てる訳が無い。半殺しを覚悟して、それ以上は危険だと思ったら、即、この俺が止めに入るしか無いなあ……まあ、ともかく必要最低限のワザは教えるが……」
「ここで、聞いてみるが、一体、タイマンの日はいつなんだ?」
「あと一週間後です」
「そりゃ、もうほとんど不可能だ。こうなったら、逃げるが勝ちかも知れないなあ。
なあ、山本さんよ。二人はもう出来てしまっているとメールを送れば、相手も諦めるんじゃないのか?」
「それも考えてみたのですが、それだと学校中に知られますよ。詩織ちゃんに迷惑かかります。とても出来ませんよ」
「しゃあねえか!とりあえず、こうなったら最初にするのは、腕や襟を捕まれる前に、相手の顔面を狙う事しかできまい。他流派のワザに、「バラ手打ち」と言うワザがある。日本少林寺拳法のワザだが、五本の指をバラバラにして、相手の顔面、特に目を狙うのだ」
「つまり、先制の目潰し攻撃ですね。で、これが決まったら、次はローキックで、相手の膝の半月板を叩き割る」と、こうですね。
「よく分かるな」
「ええ、ユーチューブで、ブルース・リーの出演した事のある、アメリカのテレビ番組の『ロング・ストリート』で演じてましたから」
「じゃ、まずは、バラ手打ちの練習だ。これを外したら、半殺しは覚悟しなければならないぞ。絶対に外せないのだ。打ってみろ」
俺は、言われた通りのワザを、詩織ちゃんの兄に、何度も何度も練習したが、詩織ちゃんの兄の表情は、大変に暗かった。