第2章 防犯カメラ
第2章 防犯カメラ
彼女を無事、家に届けたあと、実家に帰った。この県では、大きな市である。
俺の親は、ここで病院を経営している。個人病院だが、この市では大きい方だ。
家に帰ってから、恋人の詩織ちゃんも、コンビニの店長も、同じ事を言っていたのが気にかかる。しかし、現実に、二人のチンピラは、瞬時に倒したと言う。
しかし、その時の記憶が、残っていないのである。
恋人の詩織ちゃんによれば、映画『燃えよドラゴン』の中に出て来る、ブルース・リーの動きに似ていたと言う。
そこで、まず、ユーチューブで、ブルース・リーを検索して見た。ゾクゾクと、次々と、画面が出てきた。詩織ちゃんが言っていた『燃えよドラゴン』の画面も多々あった。
特に、映画でのシーンではあるが、映画の中で、妹を殺した(自決)させた宿敵のオハラとの、対決シーンは、詩織ちゃんが言っていたように、この俺の動きに似ていた。
だが、自分では、その時、意識がぶっ飛んでおり、全く、記憶が無い。
約、一週間、ユーチューブやネットで検索し、ブルース・リーについて調べてみた。
その、動きも、画面上から理解して、裏庭で真似てみたが、全く、あの動きを真似できないのだ。横蹴りを行ってみたが、バランスを崩して、倒れそうになった。
やはり、運動神経の鈍い俺には無理なのか?
では、あの時の異常な動きは、何だったのだろう。
俺は、映画『燃えよドラゴン』を全部見た事も無ければ、格闘技の練習経験も全く無い。
しかし、恋人の詩織ちゃんも、コンビニ店長も、俺の動きは、異常なほど早かったと言っていたのだ。二人の目撃者と、二人の倒されたチンピラ風の二人。この事実は、一体、どう言う事なのだ。
その裏庭で、悪戦苦闘している俺に、学校から帰って来たばかりの妹のななみが、
「キャハッ、お兄ちゃん、何してるの?」
「カンフー映画を見て、横蹴りの練習していんやけど、うまくいかんわ」
「そりゃそうよ。だって、軸足がしっかりして無いじゃん。
それじゃ、バランス壊して、直ぐに倒れるわよ。この私が、横蹴りを教えてあげる」と言って、靴下を脱いで、裏庭の芝生のところに降りて来た。
「お兄ちゃん、見てて、こうやるのよ」と、言うが早く、
ブシュッ!と言う風を切る音と共に、俺の顎の下に、妹の足裏が来ていた。寸止めだろう。しかし、妹の身長は160センチ程度で、もの凄い勢いで、横蹴りが決まっている。ハイ・キックだ。
セーラー服のスカートの下の下着もチラッと見えるが、所詮、妹の下着には別に驚きはしない。よく、風呂上がりに、下着姿で部屋をウロウロする癖があるからだ。
「ななみ、そのワザ、どこで習ったんだ?」
「ユーチューブや有料動画配信での、独学よ。でも、これでもね、いつも学年トップだと、色々あるから、小学校低学年時代から毎日、練習してきたのよ……」
「そ、そうか、しかし、よく、そこまで足が上がるなあ……」
「私、180度開脚できるから可能なのよ。お人ちゃんには、出来ないでしょうから、ロー・キックに切り替えたら?」
その提案は、ブルース・リーも、映画用のワザ(ハイ・キック)と、実戦用のワザ(ロー・キック)とは、違うと言っていた筈だ。即、採用だ。
「ななみ、じゃ、相手のパンチを受け流して、裏拳で相手を打つには、どうすれば?」
「多分、こうなんじゃない。私に右パンチ軽く打って見て」
そこで、おもむろに、妹に右パンチしようとしたら、直ぐに、払いのけられて、その反動で手首のスナップを利用して、瞬時に、顔の右頬に、妹の拳の背があった。これも寸止めだ。
「だいたいは、分かった。ななみは、勉強だけで無くて、スポーツも万能だからなあ……」
「でも、お兄ちゃん、一体、何でこんな急に、格闘技に目覚めたの?大事な、彼女を護るために?」
「実はその通りなんだが、実は、不思議な事があってね」
俺は、ここで、前日の、コンビニ店で、三人のチンピラに絡まれた話を、妹にしてみた。……果たして、信じてくれるかどうか?
「スマホに動画が残っていない?」
「それは無い。でも、証人が二人いるんだ。
恋人の橋本詩織ちゃんと、そのコンビニ店の店長だ。
まるで、ブルース・リーのような動きだったとね」
「お兄ちゃんは全く覚えていないの?」
「ああ、残念ながらね。で、頭の良い、我が妹のななみは、どう思う?」
「まるで、漫画の世界みたいな話だけど、もしかしたら、ブルース・リーが、降臨したのかも……」
「えっ、ななみまで、そんな不思議な事を言うのかい」
「日本では、昔から、「狐憑き」と言う話があるじゃない。それのブルース・リー版じゃ。あっ、そこのコンビニに防犯カメラがあるなら、今から、一緒に行って、当時の場面、映ってないか、見てきましょうよ」
「確かに」
そこで、妹と二人で、例のコンビニ店に行った。
コンビニ店長は、俺の事を覚えていてくれて、
「ギリギリ1週間前なら、まだ、録画されているかも。あれは、丁度1週間前で、時間は午後5時頃だったな。少し、巻き戻して再生してみよう。これは360度パノラマ撮影ができるカメラだ。店外の様子も映っている筈だ」
しかし、そこに映っていたのは、この運動音痴でケンカも弱い筈の、この俺:山本光一の別人のような、素早い姿だった。
「闘神降臨ね」、妹のななみは、ポツリとそう言った。