怒髪天を衝く
「やっと、終わった……」
担任からの熱血指導は思いの外早く終わったが、疲労感は言葉に表せないほどだった。
まぁ、先生の方も大変疲れているように見えたけどね。
「龍斗さんお久しぶりです!」
校門を抜けようとした時に声をかけられた。
声のした方をみると、セミロングほどの長さの黒髪が絹のように美しい少女が佇んでいた。
「もしかして柊佳? ひさしぶりだな!」
「覚えてくれてたんですね! 嬉しいです……」
柊佳はえへへと笑う。
彼女は一つ年下で幼馴染の中でも特に女の子らしい可愛さがある子だった。
「お前だけは変わりなさそうで、俺は嬉しさで泣きそうだよ……」
「えっ? えっ? どういう意味ですか?」
あたふたする姿も可愛らしい。
「そういえば聞きましたよ。楓を男の子と勘違いしてたって」
「誰から聞いたんだ? 美桜姉か?」
美桜姉は口が軽い。
俺が相談したのが悪いんだけど、恥ずかしいから周りに言いふらさないでくれ!
「いえ、楓本人から聞きましたよ」
「楓はどんな感じだった?」
「鬼のような形相で怒ってましたよ。いえ、あれはもう鬼です!」
やっぱりか……
今日の殺気でわかってはいたが、怒髪天のようだ。
試しに話しかけるだけで、首が胴体から切り離されそうだ。
「柊佳はどうすれば仲を戻せると思う?」
年下にこんな相談するのも格好悪いのだが、この状況では仕方がない。
ダサいプライドは必要ないからね。
「首を差し上げるのが一番だと思いますよ!」
「俺にこの世から去れっていうのか!」
柊佳も幼馴染達に影響を多大に受けてしまっているようだ。
発言があまりにも過激すぎる!
「私は生きていて欲しいですよ……ただ、誠意は大事ですからね!」
「誠意をみせるのに死んでたら、元も子もないだろ!」
その理論でいくと仕事でお客様に誠意を見せろって言われる度に、首を置いていかなければならなくなる。
これだと、いくら首があっても足りない……
思っていたよりも楓との状況は悪いみたいだ。
本当にこの先、どうしたらいいんだよ……
「私って女の子だよね……」
楓はひどく落ち込んでいるように見える。
勘違いされていたことがショックだったようだ。
「大丈夫! 楓はれっきとした女の子よ!」
美桜は励ましの言葉を投げかける。
しっかりと年長者としての役割を果たそうとしているようだ。
「そうよね! 私じゃなくて龍斗が悪いよね!」
美桜の言葉を受け、再び怒りが込み上げてきたようだ。
拳を握り、ワナワナと震えていた。
「まぁ、私は楓が男だろうが女だろうが、変わらずに愛してるけどな」
「……」
「えっ、私のは無視か!」
おどけて見せたのか、単純にからかったのか判らない陽葵の言葉は見事にスルーされた。
逆に陽葵の方がしょぼんと落ち込んでしまったようだ。
「でも、昔の格好だと勘違いされてもしかたが」
「美桜姉は、龍斗の肩を持つつもり?」
美桜は龍斗のことをフォローしようとした。
しかし、その言葉を楓に遮られ、声のトーンは小さかったが、凄まじい威圧感だった。
「そ、そうじゃないわよ」
その迫力に気圧されて美桜はそっぽを向いた。
「私は楓の昔のボーイッシュな格好も大好きだぜ!」
「陽葵は取り敢えずもう喋らないでくれる?」
「酷っ!」
場をなごまそうとしたのか、馬鹿にしたのかわからない発言は見事に撃墜される。
何が面白いのか解らないが陽葵はゲラゲラと笑っている。
「楓は本当に頑固よね……」
美桜はそう呟き、続けてため息をつく。
楓の怒りは当分続きそうなのであった。