春は人をダメにする
春眠暁を覚えずとはよく言ったもので、あまりの気持ち良さについつい寝坊してしまう。
そう、これは生理現象であり、致し方ないことなのだ。
「だから、始業式に遅刻してしまうのも仕方がないことなんです!」
「そんな訳あるか!」
転校初日から俺は吉村という担任の先生と口論になっていた。
吉村先生は体育教師らしく、筋骨隆々で着ているスーツがパツパツになっている。
相手を気後されるほどの威圧感がある。
しかし、この先生はいったい俺の何が気に食わないんだ?
「先生は俺にどうして欲しいんですか?」
「言い訳をしない事、それ以前に先ず遅刻をするな」
非常に難しい問題だ。
言い訳も何も俺はありのままを話しているだけなのだが……
遅刻してしまう理由も先程述べたわけだし、理解しているはずだ。
俺への要求が異常に高いのではないか?
まさか、これがスパルタ教育というやつか……
「わかりました…… 以後、気をつけます!」
「藍崎、お前まだ納得してないだろ?」
相手を落ち着ける為に肯定的な返事をしたのだが、逆に怒らせてしまったようだ。
人間って難しいよな……
そろそろ解放されたいんだけど……
このままでは埒があかないので俺は話を切り出した。
「先生、こちらの話を聞いていただけませんか?」
何だ?と聞き返してきたので俺は話を続ける。
「一歳と二歳の猫は倍違います。しかし、一万一歳と一万二歳の猫だと見分けがつかないものです」
俺は先生が話を遮らないように勢い良く続きの言葉を捲し立てた。
「要するに生徒指導室と私の家の距離なんてもはやないんですよ! だから私は帰ってもいいんです!」
完璧に決まったようだ……
もう何も言えまい!
「先ず、それはただの屁理屈だろ?」
吉村先生はため息混じりに言葉を吐いた。
これは屁理屈というわけではない。
都合のいい解釈ができるような論法をしただけだ!
「猫の話とこの部屋と家の距離の話、全く関係ないだろ?」
「確かに!」
言われてみればその通りである。
なぜ数分前の俺はこれでいけると思ったんだ?
「しっかりと考えてから言葉を発するように。後、ロングホームルームがあるからそもそも帰れんしな」
時計の方を見るとまだ午前10時であった。
ずいぶんと長い間、死闘を繰り広げていたように感じられたが、針はあまり進んでいなかった。
「取り敢えず放課後も残りなさい。俺は後で行くから先に教室に行ってなさい」
言われるままに俺は生徒指導室を出た。
あっさりと解放されたことに呆気にとられる。
それと同時に絶望から言葉を呟いていた。
「終わった……俺の人生、終わった……」
初日から放課後居残りを言い渡されたのだ。
この先の学校生活が思いやられる……
「おい、見ろよ…… あれが転校初日から遅刻してきたやつだぜ」
「見るからにヤバそうだよな、特に頭が」
自身の教室である二年二組の教室に入ると、これから級友となる奴らがヒソヒソ話をしていた。
そこまで気にしないからいいけど、もっと聴こえないように話せよ!
「おっ! 龍三じゃん、私たち同じクラスみたいだなー」
「俺は元ヤクザの組長じゃない! それとお前は悪くないが一生許さない」
「何で!」
声をかけてきたのは陽葵だった。
ついでに昨日の恨みをつらみを簡素に伝えておいた。
当たり前の話だが意味がわからないようで、あたふたしていた。
「先生のネチネチとした攻撃に疲れた……」
それを聞いて、陽葵はそうかそうかと相槌を打つ。
「なら、焼き鯖のようにサバサバした私と会話してたら、ちょうど良くなるな」
なぜ、ネチネチとサバサバを合わせたら丁度良くなるのか意味がわからない……
というよりも陽葵がサバサバというのも納得がいかない!
「あのさ、焼き鯖ってサバサバじゃなくてパサパサじゃない? それにお前に関してはサバサバじゃなくて馬鹿だなって感じだし」
「酷っ!」
一通り会話を終え自分の席に着くと、右後ろの席から殺気を感じた。
恐る恐る振り向くとそこには、にこやかに笑みを送ってくる楓の姿があった。
何?あれ?滅茶苦茶怖いんだけど?
何もみなかったことにして俺は前を向き直した。
同じクラスになるのを回避するという俺の願いは叶わなかったようだ……
この先の前途多難な高校生活を考えて憂鬱になるのだった。
まぁほとんど俺が原因なんだけどさ……