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「……今日は魔術加工品の第三分類についてのおさらいと、実物の分解を致します」


 ブライト教授の声が響く。教授が軽く小突くと、ボードに様々な武装の内的機構が描かれていく。


「まず、先立って教えた通り、第三分類に種別されるのは一般的に武器と呼ばれるものでございます。戦いに身を置く気のある方にとっては生涯を共にするにことになるでしょう。分けると刀剣、銃器、鈍器、長物、――ん、毒物?毒、薬は第二分類ですわ」


 彼女の手によって、ズラリと武器が並べられ、瞬く間に解体されていく。中には重火器もあり、彼女のどこにそんな力があるのか不思議になる物も軽々持ち上げバラされている。


「魔術で行われているのは機能の拡張だったり、耐久性の調整だったりと様々でありますが――――」


 時折覗く、冷たい瞳は人外めいた色を放っている。私は彼女が苦手であった。何故かしらん、教授の纏う空気は死の匂いが濃かった。こんな時代であるため血生臭い人間は多いが、彼女のそれはただの人間が持つには余りにも冷たく静かであった。私の第二の故郷ともいえる地獄の匂いが近いかもしれない。悪魔を焼く凍えるほどの業火。彼女の持つ雰囲気はそれに似ている。

 カツン、とヒールが音を鳴らす。やはり、静かな声で講義は続けられていく。



「――というわけで現在、銃の弾は魔力を撃ち出すもの、爆発の勢いで実体を撃ち出すものの二種類あるのです」


 講義の合間、耳に入ったノイズが気になって、私は窓に目を向けた。


――随分と、おかしな物体だ。


 ソレが出た、という話は時折耳にしていた。遠くにいてもわかるほどに大きい。見ていると目が痛くなるようなソレは、こちらをじっと凝視している。眼球にあたる部分がどこにあるのかはわからないが、私は確かにそう感じた。


「…………」ソレはこちらに向かってきていた。歩いているのか、滑っているのか、よくわからなかったが距離はどんどん縮まっていく。瞳の表面から水分が蒸発していくのを感じる。しかし、瞬きをしようとは思えなかった。目を閉じて、開いたときにソレが目の前に迫っていたら。想像してしまって恐怖に肌が粟立つ。

 窓のすぐそこまで来ている。心臓が早鐘を打つのとは対照的に血液が冷たくなっていく感覚に吐き気を覚える。


「縺薙s縺ォ。縺。縺ッ縺薙s縺ォ縺。縺ッ縺薙s縺ォ縺。縺ッ縺薙>」


 窓へと延びるソレ。不思議なことに指一本さえ動かせない。



「――ミスター・ルーカス。余所見をしている暇は、ございませんわ」


 呪いにも似た束縛を解いたのは、ブライト教授のよく通る声だった。彼女の一言に、他の学徒の視線が集まる。羞恥に体が熱くなり、思わず教授の方へ向き直った。


 彼女の瞳は憂いを帯びていた。その感情は私が余所見をしていたことではなく、別のことに向けられているように感じられた。

「ァ、」私が言葉を発するよりも速く、教授は指を口の前に当てて、静かに、とジェスチャーをする。 


 一瞬の間。


 周りからのクスクスと笑う声に私はハッとして謝罪を述べる。


「――申し訳ありません。ボウっとしておりました」

「よろしい。以降注意するように」


 既に指を下ろしていた教授は満足げに頷き、講義を続ける。


 何かが、視界の端でぐずりと溶けていくように見えた。



*


 薄板を接いだ木扉を開けて、石の敷居を跨ぐ。


 身体が強張る。


 明らかに異常をきたしている。それは小屋を満たす空気だけではなかった。まず窓だ。外は前も向いていられない程吹雪いている。しかし、四角いガラスの向こうは一面黒、黒、黒、――暗闇であった。それだけではない。中は以前訪れた時よりも明らかに広くなっているし、何より視界が鈍い赤色に染まっている。室内が赤く光っているというよりは、眼球が錆びていくように感じてとれた。


「……レナート?」


 呼びかけに応える声はない、代わりに返ってきたのはぬるい風であった。


 いつの間にか溜まっていた唾を嚥下して、吹きすさぶ風で扉が閉まらないよう、魔法で固定する。退路を確認し、暖炉奥に口を開く、あるはずのない廊下へと進んだ。



 歩を進める度に軋む床。続く廊下は暗い。バッグからロウソクを出して火をともす。ロウソクの灯だけでは頼りなかったが、それでもないよりはマシである。


 廊下の角に差し掛かった所に扉が一つ。中は壊れた机やら正体不明の骨やらが散乱している。が、レナートの姿はなかった。紙とペンを取り出して構造を記す。

 再び曲がり角。今度は扉ではなく窓がたてつけられている。切り取られた外・の風景はやはり黒一色。そのまま進むと開けた部屋へとたどり着いた。三つ扉がある。どれもこれも朽ちて、異臭を放っている。……私は腐ったようなそれに、微かに鉄の臭いが混じっていることを認識した。


「血の臭い、か……?」小屋の空気が重くなる。そして、急速に増えつつある、私を見つめる視線。


 じっとりとした寒気に、私は扉へと手を伸ばした。


 錆びた蝶番に触れる。「――っ!!」

 それまで観察するだけであった視線が敵意のようなものを含んだ。


 ガンッ、と叩きつけるような音。――廊下の方からだ。もしや、小屋の入り口が閉まった音ではないか――私は足音を殺してもと来た道を引き返す。ギシギシと軋む足元に平衡感覚が狂っていく。もう六回は角を曲がった。こんなに長い廊下であっただろうか――?

 息を吸い込む度に道が延びていくような気がする。いや、もしかしたら暗闇が深くなっていっているのかもしれない。

 いまや視線は背中を焼くように収束し増大していた。


「く、ぅぁっ!」

 足がもつれるが、何とか立て直して顔を上げる。 


 いきなり視界が明るくなる。ビュウウと風の音。


「はっ、はっ――はぁ」


 安堵と共に溜息が漏れる。小屋の扉は開いたままであった。思わず肩の力が抜けてしまう。

 吹雪のせいで玄関付近は雪で真っ白になっていたが、それだけである。視線の重圧は無くなり、いつの間にか震えていた体を落ち着かせる、

 襟を緩めながら中へと踵を返す。

「螟ァ荳医<縺カ縺?繧医h縺。縺」


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