第二話
鼻を突くカビの臭いと、年季のはいった木製の物の匂いに違和感を覚えて体を起こした。
目に飛び込んでくる情報と自分がいるべき環境の情報との差異に眩暈を感じずにはいられなかった。
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体感で1時間ほど変わり果てた居場所の探索をしてわかったことを、さほど大切そうにはしていない紙に書き起こしていく。
結論から言えば、俺は異世界転生か異世界の住人に乗り移ったようだ。
クソジジイのパシリを行うための道具があった安っぽい金属製のデスクは、古臭い木製のテーブルに、
陰鬱な雰囲気を醸し出すコンクリートの壁は隙間風吹き込むログハウス風に、
クソジジイのゴミが入った入れ物は今は理解できない記号の混じったサークルが描かれた用紙が詰め込まれた入れ物に、
そして、俺がよく利用していた資料の入った書棚の中身が魔法関連の書物に変化していた。
時間が過ぎるごとに、情報を整理していくごとに、この部屋の主人であった自分の姿が鏡やガラスに写る度に興奮していく
コレこそが求めていた煌びやかな世界
俺こそが主人公
王道の体現者の第一歩だ
そんな幼児的万能感に似た感情を抱きながら、テーブルに置かれた手記に手を伸ばす
「うっそだろう・・・」
開いた手記の冒頭が飛び込むと同時に冷や水を浴びせられた感覚に苛まれる
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<不遇の魔術師 ルード・ベルナール>
会うことのできない新たなる私よ。
困惑している事だろう。
全ての思惑と経緯を説明する前に謝罪をさせて欲しい。
さて、何故君の体が変化しているのかから説明をすれば、私の体を君に提供したためだ。
ただし、君個人を対象とした訳ではない。無数にある世界の世界に絶望して散っていった人間から無作為に選ばれたのが君だった。
このベルナールの最大の儀式魔法だ。
ただし、君の望む人生になるかはわからない。
この私自身が不遇の魔術師と呼ばれ、16年にも及ぶ絶望の日々とこの世界の輪廻から逃れるために、君の魂と私の魂の輪廻を入れ替えたのだ。
今生もまた、私の絶望の運命を君に与えてしまう事を許して欲しいとは言わない。
ただ、どのような世界であっても絶望はある。
どうか君が私の絶望を乗り越えられる人物である事を祈っている。
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俺の手から湧き上がっていた希望と、この体の主人だった男からの手記が床に零れ落ちていった。
どのくらい立ちすくんでいただろうか、部屋をノックする音で思考を取り戻す。
「ルードさん夕食の時間をすぎました。時間の決まりが守れなかったのだから、洗い物の係を変わりなさい。皆、待っていますよ。」
扉の向こうから女性に咎められる。
上手く感情を整理することが出来ないまま、部屋の外へと歩みを進める事になったのだった。