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90.F級の僕は、アリアを地球に連れて行こうと試みる


5月21日 木曜日12



「……そんなわけで僕はこの世界に来る事になったんだ」


僕の話を聞いている間中、目を真ん丸に見開いていたアリアは、話が終わると、ふっと肩の息を抜いた。


「そっか……やっぱり、タカシは、別の世界から来たんだ……」

「なかなか言い出せなくてごめん」


僕は、改めてアリアに頭を下げた。

アリアが、微笑んだ。


「仕方ないよ。私でも、いきなりそんな事になっちゃったら、ちゃんと説明できたかどうか分からないもん」

「ありがとう。アリアって、やっぱり優しいね」

「何? 今頃気付いたの? もっと褒めても良いんだよ?」


僕は、アリアの物言いに苦笑いしながらも、心の中で感謝した。

彼女は、今まで本当の事を言い出せなかった僕を(なじ)る事無く、逆に理解してくれた。


アリアが、言葉を続けた。


「タカシは時々、そのチキュウって世界に戻ってるって事だよね?」

「うん。そうだよ。実は、明日もアリアをルーメルまで送ったら、一旦、地球に帰ろうかと……」

「ねえ、そのチキュウって世界、私も行ったり出来ないかな?」


アリアを?

地球に?

そう言えば、【異世界転移】、他の誰かも一緒に連れて行けるかどうか、試した事無かったな……


「じゃあさ、今、ちょっと試しに行ってみる?」

「え? 今から?」

「うん。なんだったら、一緒に行けるかどうかだけ試して、すぐ戻って来たらどうかな?」


アリアが目を輝かせた。


「うん。行く行く!」


僕は、アリアの手を取った。


「【異世界転移】……」



―――ピロン♪



耳慣れた効果音と共に、ポップアップが出現した。



地球に戻りますか?

▷YES

 NO



僕は、祈るような気持ちで▷YESを選択した。



次の瞬間、僕は、2日ぶりに、自分のアパートの部屋の中に戻って来ていた。

部屋の様子は、2日前と変わらないように見えた。

しかし……


アリアは?


寸前まで繋いでいた彼女の柔らかい手の感触は、今は無かった。

周囲を見回したけれど、彼女の姿は見当たらない。


やっぱり、世界の壁を越えて人を一緒に移動させる事は不可能なのかな……?


僕は、再び【異世界転移】のスキルを発動した。



「タカシ!」


周囲の情景が切り替わると同時に、アリアが僕の胸の中に飛び込んできた。


「どこ行ってたの?」


僕を見上げる彼女は、半分涙目になっていた。


「今、地球に転移して、また戻って来たところなんだけど……アリアこそ、何も起こらなかった?」

「手を繋いでたのに、いきなりタカシの姿だけが消えてしまったよ」


僕は、前から気になっていた事を聞いてみた。


「光ったりとかは?」

「ううん。単にパッと蒸発するみたいにいなくなったから、私びっくりして……」


ともかく、この世界の人間をそのまま地球に連れて行くのは無理そうだという事が推察できた。

そして、僕が【異世界転移】する時は、周りからすれば、エレンが転移する時みたいに、ふっと消えたように見える事も判明した。


「びっくりさせてごめんね」

「謝らなくて良いよ。すぐに戻って来てくれたし」


アリアは、少し顔を赤くしながら、僕から離れた。


「でも残念だな。アリアが僕の世界に来る事出来れば、面白かったかもしれないのに」

「やりかた工夫したら成功しないかな?」


やりかた……

そうだ、アリアに袋に入ってもらって、それを僕が抱きかかえたらどうだろう?

【隠密】の時は、それで袋の中の人物ごと、【隠密】状態になれるわけだし。


僕は、インベントリを呼び出し、丸めた袋を取り出した。


「ちょっとこの中に入ってみて」


僕の意図をすぐに理解してくれたらしいアリアが、その袋を頭から被った。

僕は、袋ごとアリアを抱きかかえ、【異世界転移】を試みた……

…………

……



「ダメか……」


僕が【異世界転移】した瞬間、袋の中身のアリアだけが、この世界に取り残される結果になってしまった。

支えを失ったアリアは、そのまま床に落下して、したたかに身体を打ちつけてしまったらしい。

再度僕が、戻って来た時、アリアは、床の上に座って、腰のあたりをさすっていた。


「大丈夫?」

「これ位平気だよ。でも、残念。何か良い方法無いかな?」


アリアが立ち上がるのに手を貸しながら、僕は返事した。


「そうだね……今度、ゆっくり色々試してみようか?」

「約束だよ」


そろそろ、西の塔に向かわないと。


アリアが部屋に戻るのに合わせて、僕も部屋を出た。

部屋の外には、誰もいない。

僕は、アリアと歩きながら、心の中で、エレンに呼びかけた。


『エレン、今大丈夫?』


すぐに彼女の返事が届いた。


『……大丈夫。レベル上げに行く?』

『今夜レベル上げに行っても良いんだけど、先に少し済ませたい用事があるんだ』

『何?』

『今からノエミちゃんと神樹の間まで行きたくてね。また、エレンには手伝って貰えるとありがたいんだけど』

『分かった』


エレンと念話で会話している内に、アリアの部屋の前に到着した。


「アリア、じゃあちょっと行ってくるね」

「うん。気を付けてね」


アリアに見送られる形で、僕はその場を離れた。

そして、辺りに人影が無い事を確認して、僕はスキルを発動した。


「【隠密】……」


たちまち、自分の姿が周囲に溶け込むのが感じられた。

僕は、インベントリを呼び出して装備を変更すると、そのまま心の中でエレンに呼びかけた。


『エレン、今から西の塔に行く。支援、宜しく』

『分かった』


【隠密】状態になった僕は、昨日同様、エレンの念話による支援を受けながら、西の塔に小走りで向かった。

昨日と違い、身軽な状態の僕は、5分程でノエミちゃんの部屋の前に辿り着いた。

部屋の前には、イシリオンが立っていた。

僕は、一旦、【隠密】を解除した。

イシリオンが、口を開いた。


「来たか」

「ノエミちゃんは?」

「中にいらっしゃる」


イシリオンが、部屋の扉を叩いた。

ややあって、扉が中から開けられ、エルザさんが顔を出した。


「勇者様、ようこそ。どうぞ中へ」


中に入ると、ノエミちゃんが僕を待っていた。

僕は、ポケットから丸めてあった袋を取り出した。


「ノエミちゃん、ごめんね。ちょっと窮屈だけど、これ(かぶ)って」


ノエミちゃんは黙って頷くと、頭からその袋を被った。

ノエミちゃんを袋ごと抱きかかえた僕に、エルザさんが一礼した。


「聖下様を宜しくお願いします」

「はい」


部屋を出た僕に、イシリオンが声を掛けてきた。


「ここから神樹の間までは、途中王宮の中枢部を通らねばならない。巡回する精霊達の数も比較にならない程多い。少しでも危険を感じれば、躊躇(ちゅうちょ)無く引き返してこい」

「分かりました。安全第一で行きますよ」


僕は、再度【隠密】スキルを発動した。

そのまま、慎重に西の塔の階段を降り、外に出た。

物陰に移動してから、僕は心の中でエレンに呼びかけた。


『エレン……』

『何?』

『今僕がいる所まで転移できる?』

『出来る』

『じゃあさ、来てもらっても良いかな?』


次の瞬間、僕の目の前にエレンが出現した。

彼女は、いつもの黒いローブを頭からすっぽり被っていた。

エレンがやってきたのに気付いたらしいノエミちゃんが、袋からそっと顔を出した。


「巡回する精霊の回避、やはりあなたが絡んでたのですね?」


エレンは、チラッとノエミちゃんを見たが、すぐに僕の方に視線を戻した。


「私を呼んだのはなぜ?」

「さっきも話したけど、僕等は神樹の間に行こうとしてるんだ。それで、もし可能だったら、神樹の間に一番近い場所まで転移で連れて行って貰えないかな?」

「分かった」


エレンが、僕の手を掴もうとした時、ノエミちゃんが声を上げた。


「待って!」


エレンが、不思議そうな感じで、ノエミちゃんの方を見た。


「何?」

「あなたは、タカシ様との間にパスを繋ぎましたね?」

「繋いだ」

「なんてことを! 勇者様が、闇を統べる者に取り込まれて……!」


ノエミちゃんの声が大きくなった。

僕は、思わずノエミちゃんの口元に手をやった。


「ノエミちゃん、落ち着いて。僕は、別にエレンに取り込まれたりしてないよ?」

「ですが、タカシ様は、この者とパスを繋がれたのですよね?」

「まあ、そうだけど……」


エレンにいきなり口付けされた事を思い出した僕は、今更ながら顔が赤くなるのを感じた。

ノエミちゃんの表情が険しくなった。


「タカシ様、ステータスをお見せ下さい」

「ステータスを?」

「はい。神樹の間に向かう前に、ご確認させて頂きたい事があります」


いつになく険しい表情のノエミちゃんにやや気圧されながら、僕はステータスウインドウを呼び出した。



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