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72.F級の僕は、王女様から色々話を聞く


5月20日 水曜日8



「勇者様、もしかして、妹は、私が関与している、と話してはおりませんでしたか?」


ノエル様の言葉は、僕を一気に緊張させた。


自分が疑われている、と自覚している?


「え~と……」


僕が、返す言葉を考えていると、ノエル様は、寂しそうな表情のまま、話を続けた。


「お気を使って下さらなくても、大丈夫ですよ。私にとっては、不本意な事ですが、妹の誤解を招くような事が多々あった事も事実ですので」


ノエル様は、深いため息を吐いた。

僕は、言葉を選びながら、ノエル様に話しかけた。


「……実は、ノエミちゃんが、どんな経緯で山賊の砦に連れてこられたのか、詳細は聞いて無いんですよ」

「そうなんですか?」

「はい。なんとなく、聞きそびれたままになってます。もし、可能でしたら、ノエル様からその辺の話をお聞かせ頂ければ、ありがたいのですが」

「分かりました……」


ノエル様が語ったところによると……


10日程前、何者かがノエル様の名を(かた)り、ノエミちゃんを宮中のとある場所に呼び出した。

ノエミちゃんは、その場で罠に嵌められ、拉致されてしまった。

その時の数少ない目撃証言から、拉致したのは、エルフである、とされた。

この事件は、宮中の秘事とされた。


しかし、宮中で何か異変があった事は、直ちに人々の噂になってしまった。

この世界の(かなめ)ともいえる存在である光の巫女に、何かあったと知られるわけにはいかない。

仕方なく、王女であるノエル様が、暗殺者に狙われた事にした。

そして、エルフの入国を規制した。

同時に、密かに各地に探索隊を派遣したが、ノエミちゃんと拉致した犯人の足取りは、ようとして掴めなかった。


さらに悪い事が重なった。

心労が(たた)ったのか、ノエミちゃんとノエル様の母、ノルン=アールヴ女王も病に伏せるようになった。

ノエル様は、日中は、女王の代理として政務を執り行い、夜は、光の巫女の代理として、神樹の間を守り続けて来た……


「ノエル様のお父様は、どうされたのですか?」

「アールヴ神樹王国は、代々、女王が治めてきました。ですから、母の代理は、王配(女王の配偶者)である父では無く、私が務めるしか無かったのです」


聞いている限りでは、ノエル様の話に、矛盾点は無さそうであった。

だが、それなら、アク・イールは、今の話のどこに()め込むことが出来るのだろうか?

ドルムさんは?

目撃されたという“ノエミちゃんを拉致したエルフ”は?


「私自身は、妹と何かを争う意図は何もないのです。ですが、いつの時代にも、派閥を作るのが好きな人々が存在します。そう、この国でも……」


ノエル様は、再び悲しそうな顔をして(うつむ)いた。


もしかして、ノエミちゃんが、お姉さんのノエルさんの行動に不信感を抱いている様子なのは、その“派閥を作るのが好きな人々”のせい?


僕は、ノエル様に声を掛けた。


「お話し頂きまして、ありがとうございました。ノエミちゃんも、きっと本心では、ノエル様と仲良くしたいと思っているはずです。僕に協力できる事があれば、なんなりと(おっしゃ)って下さい」

「ありがとうございます。勇者様は、お優しい方なんですね。あなたのような方から“ちゃん”付けで呼ばれている妹が、羨ましいです」

「そ、それは……」


僕が返答に困っていると、ノエル様が、悪戯っぽい顔になった。


「なんでしたら、私の事も、“ノエルちゃん”とお呼び頂いても結構ですよ?」

「一国の王女様を“ちゃん”付けしたら、僕の命がいくつあっても足りなくなりますよ」


僕は思わず苦笑した。


実際話してみたノエル様は、ノエミちゃん同様、柔らかな雰囲気を持つ、とても気さくな感じの女性であった。

少なくとも、何かの陰謀を企むようには感じられなかった。

だからこそ、僕の心の中は、不思議な気持ちで一杯になってきた。

ノエミちゃんを巡る一連の事件、真相はどこにあるのか?

これは、じっくり見極める必要があるかもしれない。


そんな事を考えていると、ノエル様が、少し真面目な顔になり、僕に話しかけて来た。


「勇者様、今後のご予定についてなのですが……」

「予定ですか?」

「はい。今夜は、こちらにお泊り頂くとして、明日の朝、神樹の間にご案内させて下さい」


神樹の間。

確か、ノエミちゃんが、光の巫女として、日々、祈りを捧げている場所だ。

ノエミちゃんは、以前、僕との会話の中でこう話していた。



『本来なら、まずはあなた様を神樹の間にお連れして、創世神イシュタル様から直接お言葉を賜るのが、順序としては正しいのですが……』



「つまり、神樹の間に(おもむ)いて、創世神イシュタル様からお言葉を賜れ、という事でしょうか?」

「よくご存じですね。妹から既に聞いてらっしゃいますか?」

「ちらっとだけですが」


話しながら、僕は、この世界に来るきっかけになったあの声を思い出していた。



―――あなたにチャンスを与えましょう。その代わり……



明日になれば、あの声が創世神イシュタルのものであったかどうか判明するのだろうか?



―――コンコン


ふいに扉がノックされた。


「失礼します」


扉を開けて入ってきたのは、先程、僕をこの部屋に案内してくれたメイド姿の女官であった。

彼女は、部屋の中に、僕の他にノエル様がいるのに気が付くと、少し慌てたような顔になり、片膝をつき、頭を垂れた。

ノエル様が、彼女に声を掛けた。


「楽になさい。どうしました?」


彼女は、顔を上げると口を開いた。


「晩餐の準備が整いました」

「分かりました。タカシ様は、私がお連れします。あなたは下がって良いですよ」


女官は、一礼をした後、部屋を退出した。

ノエル様が、僕の方に向き直った。


「勇者様、お召し替えを……」


ノエル様自ら、タンスの中に入っていた礼服を取り出してくれた。

そして、やおら、僕の着ている服に手を掛けてきた。

僕は、慌ててノエル様の手を押し留めた。


「ちょ、ちょっと、ノエル様?」

「どうされました?」

「あの……一人で着替えられますので……」

「この礼服、着方に少し作法がございます。勇者様お一人だと、難しいかと」


そう言われても、女性、しかも、一国の王女様に着替えを手伝って貰う訳にはいかない。


「その……自分で何とかしてみますので、着替え終わってから、細かい所をご指摘頂ければありがたいというか……」


ノエル様は、くすっと笑うと、背中を向けてくれた。


「分かりました。では、着替え終わったら、お見せ下さい」


用意されていた礼服は、確かに、色んな所にボタンやら飾りのような物やらが付いており、一人で着るのに四苦八苦してしまった。

ようやく自分的な範疇では、着替え終わったと判断できた僕は、ノエル様に声を掛けた。


「終わりました」


振り返ったノエル様は、噴き出した。

やはり、どこかが激しく間違っていたようだ。

ひとしきり笑った後、ノエル様が、頭を下げてきた。


「勇者様、申し訳ございません。ですから、申し上げましたのに……」


ノエル様は、てきぱきと僕の着方のおかしい所を修正してくれた。


「ありがとうございます」

「どういたしまして」



準備を終えた僕は、ノエル様の案内で、晩餐会が行われる場所へと向かった。

歩きながら、僕は、ノエル様に話しかけた。


「一つお願いしたい事があるのですが……」

「何でしょうか?」

「その……僕がこの世界に呼ばれた勇者かもって話、しばらく皆には伏せておいて貰えないでしょうか?」


ノエル様は、少し意外そうな顔になった。


「理由をお聞かせ頂いても宜しいですか?」

「ノエミちゃんからお聞きしたのですが、勇者って、復活しそうな魔王を倒すか封印するかして、この世界を救う存在なんですよね?」

「その通りです」

「残念ながら、僕にはまだ、その心構えみたいなのがありません。ですから、僕は自分自身を勇者だ、と思う事は、現時点では出来ません」


これは、僕の本心だ。

この世界に呼ばれた理由もはっきりせず、どんどん強くなってしまう自分自身の力と正面から向き合う事も出来ていない。

そんな僕が、この世界を救えるとは、とてもではないが思えない。

レベル60になって、色んなスキルを身に付けても、依然として、僕の気持ちは、何もできないF級のままだ。


ノエル様は、しばらくじっと僕の顔を見つめた後、微笑んだ。


「分かりました。それでは、そのようにさせて頂きましょう」



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 片膝をつき、頭を垂れた。とあるが、城内では謁見の間でもなければ片膝はつかない。通常業務時はつかない。女官はつかない。
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