71.F級の僕は、王女様の訪問を受ける
5月20日 水曜日7
僕等が案内された建物は、その外観同様、内部も意匠を凝らした上品な調度品が配されていた。
入り口から続く天井の高い回廊を抜けると、突き当りに大きな扉が見えて来た。
扉の両脇には、先程中庭で見かけたのと同じ銀色の甲冑に身を固めた衛兵が、直立不動の姿勢で立っていた。
僕等が近付くと、自然に扉が開き、その先には、大広間が広がっていた。
歩み入ったその大広間には、大勢の人々が集まっていた。
そして、一番奥、一際高くなっている壇上に、ノエミちゃん同様、白いベールで顔を隠した人物が椅子に腰かけているのが見えた。
もしかして、あの人が、ノエミちゃんの双子のお姉さんかな?
そのまま大広間の中央まで進んだところで、イシリオンとガラクさん、エルザさん達が、立ち止まり、片膝をついた。
僕とアリアも慌てて彼等の真似をした。
ノエミちゃんだけは、そのままの姿勢で、口を開いた。
「お姉さま、ただいま、戻って参りました」
壮麗な衣装を身に纏い、ベールを頭から被った壇上の人物は、ノエミちゃんの言葉を聞くと、立ちあがり、こちらに歩み寄ってきた。
「ノエミ、心配しましたよ」
ノエミちゃんと同じ声で、その人物は、ノエミちゃんに語り掛けて来た。
「ご心配をおかけしました。ですが、こちらにいらっしゃるタカシ様とアリアさんのお陰で、命を繋ぎました。」
「タカシ……様?」
「はい。タカシ様については、皆様に喜ばしいご報告がございます」
僕の心臓が跳ね上がった。
まさか、こんな大勢の前で、異世界から勇者が降臨しました!
なんて、宣言しちゃう気なんじゃ!?
心の準備も何も出来ていなかった僕は、思わずノエミちゃんに声を掛けた。
「ちょ、ちょっとノエミちゃん!?」
とたんに、傍で片膝をつき、頭を垂れていたイシリオンが、物凄い形相で僕の方を振り返った。
「貴様、聖下様に対し、今何と?」
「お止めなさい!」
ノエミちゃんのお姉さん――ノエル様――が、イシリオンを制してくれた。
ノエル様は、ちらっと僕の方に顔を向けた後、少し声を潜めてノエミちゃんに語り掛けた。
「そちらの方々のご活躍含めて、後で話を聞きましょう」
そして、周囲に侍るメイド姿の女官達に声を掛けた。
「お客人をお部屋にご案内して差し上げるのです」
女官の一人が、僕の前でスカートの裾を持ち上げながら一礼した。
「タカシ様、お部屋にご案内します。こちらへお越し下さい」
僕は、彼女に促されるままに立ち上がった。
チラッとアリアの方に視線を向けてみると、アリアの前でも、女官が一人、お辞儀をしていた。
一瞬、アリアやノエミちゃんに声を掛けようとして……
その場の雰囲気に流されてしまった僕は、結局、女官に案内されるがままに、ついて行く事になってしまった。
僕が案内されたのは、10畳程の広さの上品な内装の部屋だった。
「しばらくこちらでお休み下さい。晩餐の準備が整いましたら、またご案内いたします」
僕を案内してくれたメイド姿の女官は、そう話すと、一礼して部屋を出て行った。
一人になった僕は、改めて、部屋の中を見回した。
いくつかのタンスや机が置かれた部屋の真ん中には、セミダブル位の広いベッドが置かれていた。
そこに腰を下ろしてみると、とてもフカフカしている。
そのままベッドに寝そべった僕は、ちょっと現状について整理してみた。
とりあえず、目的地のアールヴ神樹王国、しかも、ノエミちゃんの本来居るべき王宮に到着した。
しかし、この旅路の中で、謎はより一層深まった。
そもそも、ノエミちゃんは、どういった経緯で、山賊の砦に捕らえられていたのか?
アク・イールは、本当に、ドルムさんやノエル様と繋がっていたのか?
王宮の地下牢には、アク・イールの娘と思われる獣人の少女が、今も捕らえられているのか?
僕の頭の中を、解けない問いがぐるぐる渦を巻き出した。
と、扉がノックされた。
―――コンコン
「はい。今開けます」
ベッドから起き上がった僕は、扉の方に向かった。
扉を開けると、そこには、見知った顔が立っていた。
「ノエミちゃん!?」
ノエミちゃんと同じ顔のその人物は、にっこり微笑んだ。
そして、ノエミちゃんと同じ声で、僕の言葉を否定した。
「ふふふ、私は、ノエミの姉のノエルです。姉と申しましても、双子ですから、お間違いになるのは、致し方ないかと」
「す、すみません」
どうやら、先程ベールを被って顔が見えなかったノエル王女様その人らしい。
僕は、先程の広間でのやり取りを思い出しながら、慌てて片膝をついた。
「どうぞ、お立ち下さい。勇者様」
「!」
僕は、驚いてノエル様の顔を見た。
もう、僕の話をノエミちゃんから聞いたのであろうか?
そんな僕に、ノエル様は、笑顔で話しかけてきた。
「こんな所で立ち話も何ですので、お部屋に入れて頂けないでしょうか?」
「どうぞ……」
この国の王女であるノエル様の突然の、しかも一人での訪問。
とにかく、僕は、招き入れた彼女に、部屋の中で一番立派そうな椅子に座るよう勧めた。
彼女が腰かけるのを待って、僕は、聞いてみた。
「それで……いきなりの御訪問、どのような御用件でしょうか?」
ノエル様は、小さく笑って返事した。
「勇者様、今、この部屋の中には、私と貴方様しかおりません。敬語は無用にございます」
そう言われても、相手は、この国の王女様……
あれ?
それを言うなら、ノエミちゃんも、この国では“聖下様”と尊称される光の巫女なわけだけど。
「お言葉ありがとうございます。それで、ノエル様は、なぜこちらに? それと、なぜ、僕の事を“勇者様”とお呼びなのですか?」
「ふふふ、私は、光の巫女たるノエミの姉でございます。残念ながら才足りず、私は、光の巫女とはなれませんでしたが、創世神様の啓示は、妹同様、受け取ることが出来ました」
「啓示、ですか?」
「はい。闇が再び世界を覆わんとしている。しかし案ずるな、異世界より再び勇者が、この地に降臨した、と」
「!」
それは以前、ノエミちゃんから聞かされたのと全く同じ言葉!
「……ですが、その啓示に出て来る勇者が、僕だと思われたのは、なぜですか? もしかして、ノエミちゃ……様から、何か聞かれました?」
「勇者様は、ノエミの事をちゃんづけで呼んでらっしゃるんですね?」
「いや、それは……」
「ふふふ、ご安心下さい。私は、イシリオンのように目くじら立てたりしませんので」
ノエル様は、若干おどけたような口振りでそう話した。
「むしろ、これからも、妹には、今まで通り、普通に接してあげて下さい」
「普通に……ですか?」
「妹は、この国、いえ、この世界で唯一無二の、光の巫女という宿命を負わされて生きてきました。勇者様のように、気軽に接して下さる方が、妹には、絶対に必要なのです」
そう話したノエル様の目は、妹を想う慈愛に満ちているように見えた。
その事に、僕は、逆に軽い違和感を抱いた。
事前に聞いていた、陰謀を巡らせて、ノエミちゃんを陥れようとしているお姉さんと、この目の前にいるノエル様とは、どうあっても結びつかない。
演技が上手?
それとも、ノエル様は、本当に、ノエミちゃんを巡る事件とは、無関係?
僕が、色々考えていると、ノエル様が、言葉を続けた。
「そうそう、なぜ、あなた様を勇者様だと思ったのか、でしたね?」
「あ、はい」
「ノエミからはまだ聞いてはおりませんが、あなた様が纏われてらっしゃるのは、まぎれもなく勇者のオーラです。それに、妹がタカシ“様”と呼ぶお方が、勇者様で無ければ、逆にどのようなお方か知りたい位です」
ノエル様もまた、ノエミちゃん同様、僕の事を“異世界から来た勇者”だと思っているようであった。
僕は、ノエル様の言葉に直接返事する事無く、話題の転換を図ってみた。
「ノエル様に少しお聞きしたい事があるのですが」
「何でしょうか?」
「ご承知かもしれませんが、僕は、ノエミちゃんとは、ルーメル近くの山賊の砦で出会いました。彼女が、本来いるべき、この王宮から、どうやって連れ出されたのか、詳細を御承知でしょうか?」
ノエミちゃんの推測では、ノエル様が、この件に関わっているはず。
ならば、その当事者たるノエル様は、どう答えるのであろうか?
ノエル様は、少し寂しそうな表情になった。
しかし、次に彼女が発した言葉は、僕を一気に緊張させた。
「勇者様、もしかして、妹は、私が関与している、と話してはおりませんでしたか?」