678.F級の僕は、斎原さんと一緒にホテルに向かう
6月23日 火曜日9
“アル”から無線機を借りた僕は関谷さんと井上さん、それに鈴木の3人とグループトークによる情報交換を行った。
今日の午後から予定されているらしい富士第一特別専従チーム立ち上げに関する発表と記者会見、それに関する斎原さんからの協力の申し出、唐突なMINAの来訪と彼女の能力について……
数分後、グループトークを終えた僕は無線機を“アル”に返しながら、手元のスマホで現在時刻を確認してみた。
午前9時15分。
僕は改めて“アル”に声を掛けた。
「斎原さんに約束の時間を1時間ずらして欲しいって連絡してくれたんだよね?」
“アル”が頷いた。
「ええ。詳しい説明無しで、一応9時半にここへ来て欲しいって直接電話を入れておいたわ」
「ありがとう」
お礼の言葉を口にしながら、僕は“アル”の言葉に引っかかりを覚えた。
「詳しい説明無しって?」
「言葉通りよ。斎原涼子には単にタカシさんが準備に手間取っているから、としか伝えていないわ」
「じゃあMINAについては?」
「当然彼女の話は出していないわよ」
“アル”が澄まし顔のまま言葉を続けた。
「斎原涼子は、既に均衡調整課と機材等に関する随意契約を含めた何らかの新しい協定を締結済みでしょ? だとすれば昨日と今日、MINAがあなたに関わってこようとした一連の動きについても、事前に均衡調整課から知らされているか、少なくとも把握はしている可能性がある。もっとうがった見方が許されるなら、MINAは桂木長官了承の下、斎原涼子の指示で動いている可能性すら考えられるわ」
なるほど。
“曹悠然”らしい用心深い考え方だ。
「だからタカシさんも向こうから根掘り葉掘り聞いてこない限り、MINAの件、わざわざ持ち出す必要は無いと思う」
「分かった」
「それと、もうすぐ斎原涼子がここへ来ると思うのだけど、彼女との共同記者会見に関する打ち合わせ、私も同席させてもらえないかしら?」
「もちろんだよ。というより是非同席して欲しい」
僕一人だと斎原さんから新しい何かを提案され、かつそこに何らかの意図が隠されていた場合、絶対にそれに気付けそうにないし。
そんな事を話していると玄関の呼び鈴が鳴った。
そして声も。
「中村君。斎原よ」
玄関を開けると、上は袖口が独特な形状のいわゆるラッフルスリーブのようになっている黒地に細かい水玉模様のブラウス、下は山吹色の膝丈くらいのスカート姿の斎原さんが立っていた。
「おはようございます」
「おはよう、中村君。それじゃあ行きましょうか」
あれ?
僕の部屋で相談とかじゃなくて?
「行くって、どこかに出かけるんですか?」
「ほら、電話で話したでしょ? 午後の記者会見含めて色々相談しようって。だからJMマリオネットの部屋を1室押さえているの」
JMマリオネットは僕の家からもほど近い外資系の高級ホテルだ。
まあよく考えたら斎原さんは財閥の御令嬢なわけで、こんなボロアパートの1室で気楽に何かを相談なんてシチュエーション、彼女の頭の中には最初から存在すらしなかった、という事なのかもしれないけれど。
「分かりました。それで……」
僕はチラッとキッチンの方を確認した。
“アル”がのんびりした雰囲気で椅子に腰かけている。
「さっき斎原さんに時間変更をお願いする時電話してもらったアルさんも、ご一緒させてもらってもいいでしょうか?」
「アルさん? ああ、さっきの……」
斎原さんは一瞬、探るような視線を向けてきた後微笑んだ。
「もちろん構わないわよ」
アパートの前には、周囲ののんびりした庶民的雰囲気からは浮きまくっている感じの巨大な黒塗りのロールスロイスが1台停まっていた。
窓は全面スモークが貼られ、中の様子は一切窺う事は出来ない。
そしてスーツ姿にネクタイを締め、サングラスを掛けた体格の良い男性が1名、車の脇に直立不動の姿勢で立っていた。
僕達が車に近付くと、その男性が深々とお辞儀をしながら後部座席の扉を開けた。
「中村様、アートラル様、お待ちしておりました」
“アル”、僕、そして斎原さんの順に並んで後部座席に乗り込むと、車は滑るように動き出した。
茶色系統の落ち着いた内装。
車内に漂う仄かなアロマの香り。
こういういわゆる高級車に全く乗り慣れていない僕が若干の居心地の悪さを感じていると、斎原さんが“アル”に声を掛けた。
「改めて自己紹介させてもらうわね。私は斎原涼子。一応S級で『蜃気楼』っていうクランの総裁をしているの。今後は中村君と二人三脚で富士第一の探索に当たらせてもらう事になると思うし、良かったらアートラルさんについても教えてもらっていいかしら?」
「お電話でも少しお伝えしましたが、私はインドからの留学生のアートラルです。中村さんとは偶然知り合う機会が有って、こうして一緒に行動させてもらっています」
「機会が有って一緒に行動、ね……」
少し意味深な感じでそう口にした後、斎原さんは、今度は僕に声を掛けてきた。
「ところで中村君。今、富士第一がどんな状況かって聞いている?」
「いえ、特には」
「100層までは直接エレベーター(※作者注;地球では富士第一の1層とそれ以深の階層とを繋ぐ転移ゲートの事をこう呼んでいます。ゲートキーパーを斃した後、ゲートキーパーの間に出現する次の階層への転移ゲートとはまた別という事になります。このあたりの富士第一の構造については、第136話~の主人公にとっての最初の富士第一探索行をご参照下さい)を使って転移可能になっている、つまり100層までのゲートキーパー達は謎の存在Xによって斃されてしまっているって話は知っているわよね?」
僕は頷いた。
その辺の話に関しては1週間程前、確かテレビのニュース番組で説明していた記憶がある。
「実は私達、20日の午後には100層のゲートキーパーの間に到着して、ゲートキーパーが存在していない事、そしてそこに101層に繋がると思われるゲートが生じている事も直接確認したの。だけど……」
斎原さんが僕の反応を試すような雰囲気になった。
「なぜかそのゲートは潜り抜けられなくなっていたの。ちなみに1層のエレベーターを使っても、101層以深への直接転移は出来ないままよ」
「そうなんですね……」
斎原さんの今の話、僕にとっては新鮮味のある話では無い。
6月19日、僕達は直接その事を確認している。
「あら? 驚かないのね?」
「すみません。元々富士第一の事情そのものについて、そんなに詳しいわけでも無いので……」
って返しはしてみたけれど、ここって驚いた方が良かった?
「一応聞いておくけれど、謎の存在X含めて中村君には心当たりは無いって事でいいのかしら?」
「すみません。僕自身、富士第一に潜ったのって、先月の調査の時と伝田さん達の要請で荷物持ちした時の2回だけですし、心当たりはさっぱりと言いますか……」
話している内に車はJMマリオネットに到着した。
ホテルの外で恭しく出迎えてくれるホテルのスタッフ達にかしずかれる形で、僕達は最上階のスイートルームへと通された。
そういや井上さんに僕達の事情を打ち明けて仲間になってもらったのも、この部屋だったな……
この世界での暦の上では3日前、だけど僕的には間にあの閉じて壊れた世界での右往左往が挟まっているから体感1週間以上前に感じるその時の事を思い返そうとした矢先、右の耳元でいきなり囁かれた。
「こりゃ! 妾を置いていくとは何事じゃ!」
慌てて右を向いてみたけれど、特に何も見当たらない。
だけどもしかして……?
僕は心の中で【看破】のスキルを発動した。
とたんに顔のすぐ右側、数cm程の場所に銀色の戦闘服を着込みふわふわ浮いているオベロンの姿がゆらゆら浮かび上がってきた。
どうやら光学迷彩機能で姿を隠しているらしい。
こいつ、確かアパートの居間でテレビ見ていたはずだけど?
一応こいつなりに、数m先で“アル”と会話を交わしている斎原さんの存在に気を使っているって事なのだろう。
オベロンが再び耳元でこそこそ囁いてきた。
「こっそり高級ホテルでご馳走食べようとしても、妾の目は誤魔化せぬぞ?」




