664.F級の僕は、“アル”と一緒に四方木さんと会話を交わす
6月22日 月曜日4
数分後……
僕と“アル”とは奥の応接室のような部屋に通されていた。
そしてソファに腰かけ、更科さんが出してくれた冷たい麦茶をすすりながら待つ事さらに2~3分後。
部屋の扉がノックとともに開かれ、四方木さんと真田さんが部屋の中へと入ってきた。
「やあやあ中村さん。ご足労頂き申し訳ない」
慌てて立ち上がった僕をやんわりと手で制しつつ、四方木さんが“アル”にチラッと視線を向けた。
一瞬、彼の顔に訝しげな表情が浮かんだ気がした。
しかしそれはすぐに消え去り、いつも通りの笑顔になった四方木さんは真田さんを促して、僕達とはテーブルを挟んで向かい合う位置のソファに腰かけた。
そして再び“アル”にチラッと視線を向けた後、当然すぎる質問を“僕に”投げかけてきた。
「ところで……そちらの方は?」
僕が答える前に、“アル”が受付窓口でも提示した自らの身分を証明する書類――パスポート、在留カード、ステータス値の申告書(事前に見せてもらった“ソレ”はC級ってコトになっていたけれど)その他――を懐から取り出し、テーブルの上に並べ始めた。
「初めまして。私はインド国籍のアートラル(作者注;彼女が偽装しようとしているタミル人には姓という概念が存在しないそうです。なのでコレが彼女のフルネームという事になります)と申します。詳細はこちらの資料でご確認下さい」
四方木さんが並べられた資料に手を伸ばした。
彼はひとつひとつ丁寧に確認する仕草を見せつつ、今度は“アル”に話しかけてきた。
「アートラルさんは……」
「アルで結構ですよ」
「それではお言葉に甘えさせて頂きまして。アルさんはその……今日はどういったご用件で中村さんと一緒にこちらへお越し頂いたのでしょうか?」
「もちろん昨日の件に関してです」
四方木さんの目がすっと細くなった。
「……つまり我々に“保護”を求めてらっしゃる?」
!
やはり四方木さんはアルが何者であるか、すぐに理解してしまったようだ。
内心のドキドキが確実に一段階跳ね上がった僕とは対照的に、“アル”は投げかけられた質問の意味が分からないといった雰囲気のまま、ただ小首を傾げただけ。
「保護を求める?」
「ええ。ですから……」
四方木さんは“アル”に探るような視線を向けつつ言葉を継いだ。
「昨日の件について、我々、言い換えれば日本国均衡調整課での保護を希望されてこちらにお越しになられたのかな、と」
「何か勘違いされてらっしゃるようですが……」
“アル”が、四方木さんが手にしている“アートラルの身分を証明する書類”を指さした。
「私はそこにお示しした通り、インド国籍で今年9月から中村さんと同じ大学に留学させて頂く予定のアートラルです」
四方木さんが再び手の中の書類を確認する素振りを見せた。
「書類上は確かにそうなっていますね」
「はい」
「では改めてお伺いしますが、先程アルさんが口にされた“昨日の件”とは?」
「それはもちろん、四方木さんのご想像通りの件です」
そう答えた“アル”は、さすがというべきかなんというべきか、とにかくどこまでも澄まし顔だ。
「詳しくお聞きしても?」
「もちろんです。私は昨日の件の後……」
“アル”が隣に座る僕に顔を向けてきた。
「彼と契約を交わしました」
“アル”の顔の動きに連動するかの如く、四方木さんも僕に視線を向けてきた。
「契約?」
“アル”が視線を四方木さんに戻した。
「私と彼との間に生じた“とある事情”を余人には決して漏らさない事を条件に、彼が私を全力で庇護する。その代わり、私は彼に絶対服従するという契約です」
僕に向けられている四方木さんが一瞬大きく目を見開いた。
「ふむ……」
そして少しの間何かを考える素振りを見せた後、再び口を開いた。
「なるほど……つまりお二人の間で“手打ち(※確執を取り払って和解すること)”が成された、という事ですな?」
「“手打ち”では無く“契約”です」
「……ふむ……」
四方木さんが真田さんに顔を向けた。
「真田君。アレ、中村さんにお見せして」
真田さんが、手にしていた大きな茶封筒から書類を1部取り出した。
そして僕に差し出してきた。
「昨日の件について、中村さんからお聞きした内容を纏めておりますので、ご確認頂けますでしょうか?」
受け取った書類には、僕が昨日既に四方木さんや更科さんに話した内容が、時系列に沿って書かれていた。
気まぐれで一人で潜っていた登美ヶ丘第三ダンジョンから出てきたところを、いきなり正体不明の4人組の男に襲われた事。
応戦中に、これまた突然現れた曹悠然に否応なしに車の中に引きずり込まれ拉致された事。
大事な話があると言われ、鹿畑第一ダンジョンまで連れてこられた事。
ダンジョン内で、人類全体に危機が迫っており、自分はそれを解決したいから手伝って欲しいと頼まれた事。
詳しい事情を教えてもらえなかったので断ったところ、彼女が襲い掛かってきた事。
応戦したら途中で彼女がダンジョン外へと逃走した事。
彼女を追ってダンジョンから出ると、既に彼女の姿は無く、彼女の車が乗り捨てられていた事……
つまり大筋で、僕が話した通りの内容だ。
目を通し終えたタイミングで、四方木さんが声を掛けてきた。
「中村さん的に、内容等に何か修正なり付け加えるべき点ってありますか?」
「特には何も」
四方木さんが僕に試すような視線を向けてきた。
「では、そちらのアルさんとはどの段階で“契約”なさったのでしょう?」
「え~と……」
なんと答えようか考える前に、“アル”が言葉を返していた。
「昨日の夜、彼が自宅に戻った後です」
四方木さんが“僕に”問いかけてきた。
「中村さんが帰宅された後……」
「はい」
「なるほど……」
四方木さんはしばらく僕と“アル”とを交互に見比べる素振りを見せた後、表情を緩めた。
「わっかりました。それではアルさんについては、中村さんが“個人的に”庇護なさっている方、という理解で宜しかったですかね?」
「はい」
頷いた僕の隣で、“アル”が口を開いた。
「ところでこれは中村さんとも相談させてもらった話なのですが、一つご要望を出させて頂いても宜しいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「後で正式に中村さんからお話があるとは思いますが、彼は富士第一特別専従チームのリーダーを引き受ける方向で検討中です。その事を踏まえた上での要望なのですが……」
“アル”が四方木さんの反応を確認する素振りを見せながら言葉を続けた。
「私と中村さん、そして関谷さんの3人で暮らせる官舎を均衡調整課の方でご用意頂きたいのです」
四方木さんの顔に不敵とも見て取れる笑みが浮かんだ。
「なるほど。考えましたな」
しかし“アル”の方は澄まし顔のまま返事を促した。
「いかがでしょう?」
四方木さんが再度、僕と“アル”とを見比べる素振りを見せた後、言葉を返してきた。
「ご要望は承りました。ですが中村さん、或いは中村さんと関谷さんのために官舎をって話ならともかく、“外国人”のアルさんも含めてって話になりますと、正直私の裁量範囲を超えてしまうんですよ。ですから官舎の件に関しましては、直接桂木長官と交渉して頂いても宜しいでしょうか?」
「私の方は構いません」
そう答えた“アル”が、僕に発言を求めるような視線を向けてきた。
「僕の方も大丈夫です」
四方木さんがいつも通りの人の良さそうな、しかし全く油断出来なさそうな笑顔になった。
「では富士第一特別専従チームの件も含めまして、改めて桂木長官とお話し出来る場を設けさせて頂きますので……」
話しながら、四方木さんがテーブルの上の時計に視線を向けた。
時刻は間もなく正午を迎えようとしている。
「お昼ご飯の後、午後1時にもう一度こちらまでご足労頂けますか?」
「分かりました。それでその際……」
今、井上さん、関谷さん、そして鈴木の3人は近くのファミリーレストランで待機中だ。
「僕達以外、あと3名同席させて頂きたいのですが」
「もしかして一昨日もご一緒されていた井上さんと関谷さん、それに昨日買い物を頼んでらっしゃった鈴木さんの3名ですか?」
さすがは四方木さん。
察しがいい。
「そうです」
「では都合5名でって事ですね? その旨、長官にはお伝えしておきますのでご安心を」
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ちなみに例の精霊王サマも、本人の希望もあってファミリーレストランに同行中。
一応装着している戦闘服の光学迷彩機能で姿を消してはいるものの、存分に食い散らかしているので、もし誰かが井上さんや関谷さん、そして鈴木の3人が座る席をじぃっと観察していたりすれば、だいぶシュールな情景が展開されていた……かもしれません。




