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652/694

652.F級の僕は、曹悠然の匿い方を相談する


6月21日 日曜日45



5分後、設置してもらったワームホールを潜り抜け、僕はオベロンと一緒に『居間焼肉団欒』裏手の暗がりに降り立っていた。

出迎えてくれたのはいつも通り(?)謎の留学生エマに扮したティーナさん。


「Welcome back. あっち(isdifui)の用事は一段落着いたの?」


ティーナさんには、モノマフ卿との会談について簡単に説明済みだ。


「一段落というか……この後、2時間位したら向こうで晩餐会があるから、また戻らないといけないんだけどね」

「晩餐会?」 


そう一度聞き返してきたティーナさんが、急に悪戯っぽい顔になった。


「そう言えばTakashiって向こうの世界の超大国(Nergal)のお姫様……確かYulya、だったけ? そのお姫様の“お気に入り(第504話)”だったわね~」

「別にお気に入りとかじゃなくて、単に盟友というか、ユーリヤさんの理想を手伝っているというか……」

「でも晩餐会では、そのお姫様を名誉騎士(equites)としてescortするんでしょ?」


……うん。

経験上、この手の話を引っ張っても絶対に良い事は起こらない。

というわけで僕は強引に話題の切り上げを試みた。


「とにかく時間も押しているしさ。早く皆の所に行こう」



店に入ると、改めて店員さんが僕とティーナさんを皆が待つ個室へと案内してくれた。


個室は6人掛けの掘りごたつ形式になっていた。

壁側に関谷さんと井上さん。

そして通路側には首に巻いた『夢現のスカーフ』の力でメルに偽装した曹悠然――耳の形はいわゆる“人間”のそれになってはいたけれど――とティーナさん。

ちなみにテーブルの上には既にいくつかの料理が並べられていた。

そして店員さんが扉を閉めて立ち去るや否や、着込んでいる戦闘服の光学迷彩機能を発動させたままのオベロンが、いつもの如くがっつき始めた。

予備知識が無い人が目にしたら、料理だけがなぜか物凄い勢いで減少していくという、きっとシュールに映るであろう情景。

それを横目で眺めつつ……


「あ、中村君はそっちに座って」


どこに座ろうかと少しの間考えてしまった僕に、井上さんが上座に当たる場所を勧めてきた。

なんだか少しばかり面映(おもは)ゆさ(※なんとなく照れくさく感じる様子)を感じたけれど、女の子と隣り合わせに座るよりは、かえって良いかもしれない。

そんな事をチラッと考えながら腰を下ろした僕に、井上さんがメニューを手渡そうとしてきた。


「お疲れ。なんか頼むでしょ?」

「この後、2時間後位にあっち(トゥマ)で晩餐会があるんだ。だから飲み物だけにしておこうかな」

「晩餐会?」

「実はね……」


僕は改めて皆に、今日モノマフ卿との会談に立ち会った件について、その背景も含めて簡単に説明した。

話を聞き終えた井上さんが感心したような雰囲気になった。


「中村君って凄いね」

「凄い? どうして?」

「だって、今の中村君、こっち(地球)でもあっち(イスディフイ)でもスケジュールぎっちりって感じじゃない? よく体力持つなって」

「いや、体力持たないからこそ、こうしてこっち(地球)の話は皆に任せているわけで……」


言葉を返しつつ、僕は気になる事を聞いてみた。


「ところで井上さんと関谷さんは、曹さんや黒い四角垂(ピラミッド)の話って、もう説明は受けている?」


井上さんが言葉を返してきた。


「一応、曹さん……じゃなかった、アルさんとエマさんから色々教えてもらったけど」


“アル”という単語、先程も井上さんは曹さんを指す言葉として使っていた。


「アルさんって、もしかして曹さんの新しい?」


井上さんが声を潜めた。


「そうそう。いわゆる偽名ってやつ」


ここで当の本人が口を開いた。


「一応、“曹悠然”は今日の午後、秦皇島の地下施設で死亡した、という事になっているでしょ? で、私の今の見た目(外見がメル)、この世界だと一番近いのは南アジア系って事になりそうだから、タミル語でよく女性名に使われる知恵を意味するAatral(アートラル)って単語から取って、アルって名乗る事にしたの」

「そうなんだ」


なんだか“アルラトゥ”って単語と語感が似ている気がしたけれど、気のせい……だよね?


井上さんが再び口を開いた。


「それでそのアルさんについて、なんだけどね」


彼女はチラッと曹悠然(アル)に視線を向けてから言葉を継いだ。


「これからどうするかっていうので、ちょっと案が割れているのよ」

「案が割れている?」


首を傾げていると、それまで黙って僕達の話を聞いていたティーナさんが口を開いた。


「実は私、ハリシャっテイうインドの大富豪の女性と知り合いナンですヨ」


ハリシャって……

確か右目にあの小惑星の欠片が飛び込んだとかで、(恐らく過去の)イスディフイの情景を垣間見ることが出来るようになったインドの少女カミラに会いに行った際、インド人に変装したティーナさんがそんな感じの偽名(第397話)を使っていたはず。


「彼女の家は大キクて、使用人も10人程雇っていルラしいノデ、頼めば曹サンを11人目の使用人とシテ雇ってもらエルと思うんデスよね」


どうやらティーナさん、“インド人のハリシャ”への成りすましを補強するために、インドで本当に屋敷を手に入れて使用人を雇っているって事らしい。

アメリカのEREN(国家緊急事態調整委員会)はS級である彼女に高給を支払っているだろうし、当然高ランク(億単位)の魔石も容易に手に入れる事が可能な立場だし、彼女自身が“大富豪”なのは間違いない事実だろうけれど。


「まサカ中国も曹サンが南インドの片田舎のお屋敷で使用人しテイるって思わナイでしょ? そレニ曹サンも住む場所と新しい仕事を手に入レル事が出来る。あと、お互い直接会って相談しナければいケナい事態が発生しテモ、“中村さんのワームホール”を使エバ簡単に行き来でキルと思うんデスよ」


聞いている限りでは、なかなかの名案に聞こえる。

しかし……


曹悠然が口を開いた。


「私としては、その案は受け入れられない」

「理由を聞いても?」


僕の問いかけに、曹悠然が言葉を返してきた。


「まず、私はそのハリシャって人物と全く面識が無い。面識が無い人物を無条件には信用出来ない。使用人として雇ってもらって、次の日には中国の駐インド大使館付き武官が屋敷にやってきましたって事態も容易に想定出来るでしょ?」


本人(ハリシャ)”ならあなたのすぐ隣で、サラダにお箸を伸ばしていますけど……

それはともかく、曹悠然らしい考え方だ。


「じゃあ、曹さ……アルさんはどうしたい?」

「私は……」


曹悠然が少し僕の方に身を乗り出してきた。


「あなたと一緒に居たい」

「僕と?」

「だからそれは駄目でしょ!」


話に割り込んできたのは井上さん。


「アルさんが言うには、中村君が私を必ず護り抜くと約束してくれたって話になっているんだけど、それ、ホント?」


井上さんの目が若干怖くなっている。


「まあ、そう……だけど……」


いやまあ、事実だし、別段しどろもどろになる理由は無いはず。

なのに実際はしどろもどろになってしまっているのはなぜだろう?


「で、アルさん的には護ってもらうためには、自分が中村君と一緒に住むべきって話しているんだけど……」


井上さんは途中で関谷さんの方に顔を向けた。


「ね、しおりんも絶対ダメだって思うでしょ?」

「私は……」


関谷さんは少し口ごもった後、言葉を続けた。


「中村君次第かなって」

「しおりん!」


井上さんの声が少しばかり大きくなった。


「嫌な事はちゃんと嫌って言っておかないと、あとで後悔するよ?」

「でもアルさんを(かくま)うって決めたのは中村君だし、私は中村君を少しでも支えて上げられれば、それだけで満足出来るから……」


井上さんが僕に向き直った。


「じゃあ、中村君的にはアルさんをどう(かくま)おうと思っていたの? 具体的にどこに住ませるのかとか、何か考えがあるなら聞かせてもらいたいんだけど」


考えというか……

僕的には、曹悠然の容姿は『夢現のスカーフ』で変えて(これは結果的にうまくいった感じ)、

実際の(かくま)い方はティーナさんと相談でって考えていたからなぁ……


つまり曹悠然に彼女の死以外の選択肢を提示する事ばかりで頭がいっぱいで、彼女をどこに住ませるのかっていう具体的な考えは……実は持ってはいない。

でもそれをそのまま口にしたら、若干怖い目で僕の返事を待っている井上さんを本格的に怒らせてしまうかもしれないわけで……


どう言葉を返そうかと考えていると、ティーナさんが意外な事を言い出した。


「客観的に考えレバ、私の案を除ケバ、曹サンと中村サンとが一緒に住む案は悪クハないかモシれません」

「ちょっと! エマさん!?」


明らかに抗議の色が混じった声を上げる井上さんに(なだ)めるような言葉を掛けつつ、ティーナさんがその理由を説明し始めた。




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― 新着の感想 ―
マンション買って全員一緒に住めば? って思ってしまうわ。
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