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628.F級の僕は、曹悠然から囁かれる


6月21日 日曜日24



僕が曹悠然(ツァオヨウラン)の左腕を斬り飛ばして数分後……


より詳しく叙述するならば、その瞬間、悲鳴も上げず、眉根を少し動かしただけの彼女が、

自身の体を揺すって周囲に血飛沫(ちしぶき)をまき散らしてから、神樹の雫のアンプルを残った右手だけで器用に折って中身を飲み干した彼女が、

傷が癒えた後、“犯行声明”を撮影するため、O府の中国総領事館へ転移していった彼女が、


ワームホールを潜り抜け、ティーナさんと一緒に戻ってきた。


ちなみに彼女の左腕は元通りになっているけれど、同時に、ダンジョンの地面には肩口から先の、僕が斬り飛ばした方の左腕が不気味に転がっている。


「どうだった?」


僕の問いかけに、ティーナさんが右手でサムズアップのようなジェスチャーをした。


「バッチリよ。時間と場所は“細工”しておいたから、見かけ上、(Cao)はここへ来る直前、大体、今日の午後1時過ぎに(あらかじ)め作成していたdying messageをnetに予約投稿したって形になっている。あとこれも“細工”しておいたから、実際にnet上で公開されるのは、“(Cao)の死”と合わせたtimingになるはず」


ティーナさんの説明が終わるのを待っていたかのように、曹悠然が口を開いた。


「確か風属性の斬撃を飛ばせる武器、持っているよね?」


愛用しているヴェノムの小剣(風)の説明欄(第125話)には、こう記載されている。



【ヴェノムの小剣 (風)】

ヴェノムの小剣とアスタロトの翼を加工して作られた小剣。

この小剣で攻撃すれば、一定の確率で相手を麻痺させるだけでなく、毒に冒す事ことも出来る。

麻痺や毒の成功確率、持続時間は、自分と相手とのレベルとステータスの差に依存する。

また、念じながら振ると、MP消費無しに真空の刃 (風属性魔法)を前方に飛ばすことが出来る。

射程は100mで、威力は、知恵の数値の1/10。



つまり曹悠然の言葉通りの斬撃を放つことが可能だ。

ただし今の僕にとって、知恵の数値の1/10、約10程度の攻撃力しかない斬撃は、実用性という点では全く意味をなさなくなってはいるけれど。


……あれ?


なんで曹悠然は僕の武器の性能、知っているのだろう?

って、もしかしたらあの閉じて壊れた世界での4日間の旅路の中で話していて、僕がそれを忘れているだけ……かな?


曹悠然が言葉を続けた。


「その斬撃で適当に私を攻撃して」

「曹さんを?」


正確なステータス値は分からないけれど、彼女はS級だ。

つまりイスディフイ風に言えば、少なくともレベル90は超えているはず。

当然、10程度の攻撃力しかない風属性の斬撃では、せいぜい彼女の白いブラウスを切り裂……待てよ?

そうか!


僕にもようやく彼女の意図するところが理解出来た。

今、彼女は黒いビジネススーツは脱いでおり、上は白いブラウスだ。

ただし先程僕が彼女の左腕を斬り飛ばした影響で、そのブラウスは朱に染まっている。


「交戦して血濡れの服を着ているはずなのに、その服が綺麗なままだとおかしいって事だよね?」

「そういうこと」


そう話してから、曹悠然が両手を両側にまっすぐ伸ばした、いわゆるTポーズの姿勢になった。


「さあどうぞ」


なんだかさっきから切り裂きジャックになった気分だ。

ただ、モンスターならともかく人間を“切り裂く”行為に、こうして絶対に慣れる事は出来なさそうな不快感が伴うって事は、僕の感性はまだまだ大丈夫って事の傍証なのかもしれない。


とにかく、僕は腰にさしたままにしていたヴェノムの小剣(風)を再び抜いた。

そして彼女目掛けて不規則な感じで振り回した。

放たれた真空の刃が彼女の衣服を斬り裂き、同時に傷つけられた素肌から溢れ出た彼女自身の血液が、ブラウスを再び朱に染め上げていく。

数秒後、彼女はさらにというべきか、痛々しい姿になっていた。

(なめ)らかで整っていた顔にも、新しい傷がついてしまっている。

まあこの程度の傷だったら、神樹の雫で痕も残さず癒せるとは思うけれど。


僕達の様子を、ただ黙って見守っていたティーナさんが頃合いと見たのだろう。

右手首に()めたアナログ時計に視線を向けつつ、声を掛けてきた。


「今は日本時間で午後4時15分だから、向こう(秦皇島)の時間で午後3時15分ね。そろそろmain dishに行かないと」


今回の“計画”のメインディッシュ。

つまり黒い四角垂の破壊。


僕は自分でも顔が強張るのを感じた。


ティーナさんがおどけた雰囲気になった。


「あれ? なんでTakashiが緊張しているの? 実際に破壊しに行くのは私と(Cao)と……」


ティーナさんが、僕達の傍でふわふわ浮きながら、あからさまに退屈だというオーラを発散しまくっているオベロンに視線を向けた。


「異世界の偉大なる精霊王サマでしょ?」


オベロンが欠伸(あくび)でもしそうな顔で曹悠然に視線を向けた。


「全く……小手先の策など(ろう)せずに、こやつをサクッと始末して(わらわ)の力を使っておれば、とっくの昔に全部終わらせて、今頃はティーナが話していた夢の国とやらで豪遊出来ていたものを……」

「あら? だからその夢、ちゃんと(かな)えてあげるって話したでしょ?」


どうやらティーナさん、オベロンに協力させるため、知らない間にまた新しいニンジンぶら下げていたらしい。


曹悠然が地面に落ちていた自分の左腕を拾い上げながら口を開いた。


「とにかく前に進まないと。それと……」


彼女がすっと僕に近付いてきた。

そして耳元で素早く(ささや)いてきた。


「タカシさん。あなたなら必ず私とこの世界、そしてイスディフイをも正しい未来へと導いてくれると信じている。だから少なくともこの世界では、あの埒外(らちがい)の存在の力を決して使わないで。アレの力……(ことわり)の力は本来、イスディフイのような世界に最適化されている。地球で使えば再び不測の事態を引き起こすのは間違いないから」

「え?」


彼女の言葉の意味を半分も理解できないうちに、彼女は僕から身を離していた。


曹悠然は何事もなかったかのように、ティーナさんの方を振り返った。


「さ、どうぞ」


ティーナさんは一瞬、探るような視線を僕達に向けてきた後、明るい感じで言葉を返した。


「じゃあ、ワームホール繋げるわよ?」


ゲートの少し手前の空間が渦を巻くように歪み始めた。

そしていつもの見慣れたワームホールが出現した。


「向こう側は秦皇島第十dungeonのgate前広場よ。残念ながら、今は誰も向こう側にいないみたいだけど、wormholeはgateと(ほとん)ど一体化するように擬装したし、入り口付近には監視cameraが設置されているから、見かけ上、曹がgateを潜り抜けて出現した、言い換えればgateを使って“転移”したって認識してもらえるはず。で、私達が潜り抜けたらその瞬間にwormholeは消滅するようにしておいたから、一応念のため数秒待って、Takashiは打ち合わせ通り、大慌てで飛び出すって流れで」

「了解」



曹悠然、戦闘服の光学迷彩機能を使用して姿を隠しているティーナさん、そして同じく戦闘服の光学迷彩機能で姿を隠しているオベロンが、相次いでワームホールを潜り抜けていった。

彼女達を見送った僕は、予定通り数秒待ってから、右手にヴェノムの小剣(風)を握りしめ、勢いよくゲートに向かって走り出した。


「ま、待て~~!」


叫びつつ外に飛び出した僕は、出来るだけ大慌てな感じで懐からスマホを取り出した。


「曹悠然! どこだ! どこに行った!? 逃げ隠れしたって無駄だぞ!」


……なんだか我ながら猿芝居感が半端ないけれど、もうこうなったら破れかぶれだ!


僕は急いで立ち上げたスマホを使って、均衡調整課へと電話した。

ちなみに今のところ、怪しい何者かからの襲撃の気配は感じられない。


って、コレ、もし全く誰にも見られていなかったら、もしかしなくても物凄~~く寒い状況になっているんじゃ……

……

うん。

こういうのって、気にしたら負けだ。


そうこうしている内に、電話の向こうに誰かが出た。

僕はそれが誰なのか確認する間も惜しむ感じで声を張り上げた


「もしもし? 中村です! 今、鹿畑第一にいるんですが、急いで四方木さんに繋いでもらえますか?」



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