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618.F級の僕は、曹悠然から口汚く罵られる


6月21日 日曜日15



曹悠然(ツァオヨウラン)が僕の手をすり抜けて車外に出た瞬間、反射的にスキルを発動していた。


「【置換】!」


視界が切り替わるのとほぼ同時に、僕を護る障壁(シールド)が自動発動した。



―――ガギン!



普通の弾丸では無い“それなりの質量が有りそうな何か”が障壁(シールド)に激突して、粉々に砕け散るのが見えた。

恐らくだけど、以前(第561話)――って、当然ながら何度か繰り返した僕だけが持つ“巻き戻り”の記憶の中でって事だけど――同じような状況下で曹悠然の頭を吹き飛ばしたのも、この“何か”だったのかもしれない。

そしてこれも恐らくって事になるけれど、この世界でもやっぱり彼女は命を狙われているらしい。


僕はそのまま運転席側に飛び込み扉を閉めた。

左隣に視線を向けてみると、状況を飲み込めていないのだろう。

曹悠然は助手席で呆然としている。

そんな彼女に対して、僕は再度スキルを発動した。


「【置換】……」


僕は助手席へ、曹悠然は運転席へとそれぞれ移動した。

ちなみにカーナビはまだ火を噴き続けている。

これって、(おお)うか何かすれば酸素不足で消えないかな?

だけど当然ながら、咄嗟(とっさ)にそんな都合の良さそうな物は見当たらない。


という事で、とりあえず両手で(おお)ってみた。

局所的に発動した障壁(シールド)のお陰だろう。

全く熱さは感じない。

それはそれで不思議な感覚だ。

そして心なしか、火の勢いも弱まっていく。


それはともかく、ここに留まり続けても何も良い事は起こらないはず。

僕は大声を上げた。


「曹さん! 車を出して下さい!」


(はじ)かれたように曹悠然がエンジンを再始動させ、車が動き出した。


「道案内します。まずは次の信号を右折して下さい!」


まずは“前回”をなぞって、鹿畑第一ダンジョンに向かうべきだろう。

ダンジョンに入ってしまえば、ゆっくり話せる時間も作れるだろうし、腹案みたいなのも一応用意してあるし、その後は……まあ、なるようになるだろう。

そういえばカーナビ、そろそろ大丈夫かな?


手を離すとカーナビは半分焼け(ただ)れていたけれど、幸い、火は既に消えていた。

僕の様子を横目で見ていたらしい曹悠然が、ようやく口を開いた。


「どういう事ですか?」

「どういう事とは?」

「今、【置換】を使いましたよね? 『七宗罪(QZZ)』の構成員だった桧山の独特技能(ユニークスキル)の」


今更隠す意味は無いだろう。

それに僕が何度目かに“巻き戻った(第555話)”時、彼女は確か、あいつ(桧山)のユニークスキルについて把握していた。


「そうです」

「つまり私の命を救った……という事ですよね? なぜそんな事を?」

「曹さん」


彼女の横顔に視線を向けながら言葉を続けた。


「記憶、やっぱりありますよね?」

「……何の話ですか?」


この世界で“再会”した時、彼女の雰囲気から、僕は彼女が今までの“巻き戻り”の時と同様“リセット”された状態だと勝手に思い込んでいた。

しかしカーナビが火を噴いた後の彼女の言動は、“リセット”された、つまりあの閉じて壊れた世界で共に過ごした記憶を保持していないと仮定すると、あまりにも不自然な部分が多過ぎる。

だからこそ僕は咄嗟に【置換】を使ってしまったわけで……


だけど僕の期待とは裏腹に、彼女の横顔に変化は見られない。

ならば……


僕は核心部分を直接彼女にぶつけてみる事にした。


「ですから僕と一緒に船に乗り、4日かけて秦皇島の地下施設最奥部に設置されているあの黒い四角垂(ピラミッド)を破壊しに行ったって記憶です」


彼女の横顔に、(かす)かな変化が現れた……ように見えた。


「……どうしてそう思われたのですか?」

「だって曹さん……あ、この信号、右折でお願いします」


一瞬、無視されるかと思いきや、意外な事に、彼女は僕の指示通りにハンドルを切ってくれた。

それを確認しながら言葉を継いだ。


「さっき、自分のわがままだと前置きして、ウーさんをお願いしますって言っていたじゃないですか」

「……」

「僕はまだ“この世界”でウーさんとは会っていないですし、 “今の”あなたからウーさんについて一言も説明受けていないですよね? なのになんで突然、ウーさんの話を持ち出したのですか?」


少しの沈黙の後、言葉が返ってきた。


「それは……あなたが私と24日まで一緒に行動してきた、と話していた事からの推測です」

「推測?」

「はい。それほど長くあなたと一緒に行動していたのなら、“未来の”私は当然、(ウー)兄さんの話を持ち出しているはずです。現に今、あなたは彼の事を知っている前提で私と話していますよね?」

「じゃあこれは?」


僕は運転席と助手席の間、黒いダッシュボードの上に置かれた二つの品を指さした。

黒く小さい円筒形の砂時計のような“物体”と黒く大きな“水筒”。


「曹さんはさっき、これらの品々について詳しく説明する事無く、まるで僕がこれらの品々が何なのか既に知っている事前提で話していましたよね?」

「それも……24日まで一緒に行動してきたとのあなたのお話からの推測です」

「つまり一緒に行動していたのなら、当然これらの品々についても説明しているはず……って事ですか?」

「……そうです」


彼女と会話を交わしている内に、激しい違和感が沸き上がってきた。

なんだろう?

記憶の有無にかかわらず、“今の”彼女からは僕との間に明確な“壁”を感じる。

それも無理して、わざと“壁”を作ろうとしているような?


彼女が僕の指示する前にハンドルを右に切り、脇道に車を乗り入れた。

これで車の進行方向は、当初とは真逆の北へと変更された事になる。

そしてこの脇道、確かそのまま進めば、奇しくも鹿畑第一ダンジョンへの最短ルートになるはず。


「曹さん」


彼女は言葉を返す事無く、ただ前方に視線を向けてハンドルを握っている。


「もしかして、もう道案内は必要ないですか?」


……無言のまま。


「最初、南に向かっていましたよね? 僕と静かに話せる場所に案内する、と」


心なしか、彼女の横顔がイラついている雰囲気に変わった。


「急に行先を変更する気になったのはなぜですか? もしかしてこれも24日まで一緒に行動してきたって話からの“推測”ですか? ちょっと説明としては無理がありそうですが」


彼女が突然、イラつきを爆発させたような声を上げた。


哎呀(アイヤ)!」

「どうしました?」

「どうしました、じゃないです! あなたこそ、どういうつもり?」

「どういうつもり、とは?」


彼女が大きくため息をついた。


「薄々感じていましたけれど、あなたって究極の馬鹿でしょ?」


何にイラついているのか少し分かる気もするけれど、究極の馬鹿とは随分な言われようだ。

とりあえずわざと冷静に対応してみた。


「どうしてそうなるんですか?」

「黙って見ていれば終わっていたはずでしょ?」

「何をですか?」

「さっき!」


なんだろ。

なんだか鈴木と初めて(第259話)会話を交わした時の事を思い出してしまった。

もしかすると人間、究極にイライラすると語彙力っていうのが吹き飛ぶのかも。


「つまりさっき、正確には車外に出た曹さんの頭が吹き飛ばされるのを、ただ黙って見ていれば良かった……って事ですか?」

「……」

「やっぱり記憶、ありますよね? あなたは僕と一緒にあの閉じて壊れた世界を共に旅してきた曹悠然って事ですよね?」

「……」

「あの時、僕はそれ以前の“巻き戻り”についても全部説明した。当然、あなたがどうやって殺されたかも説明した。だからカーナビが火を噴いた時、あなたは顔色を変えた。そして後の事を僕に託そうとした。そうですよね?」

「……これで何もかもぶち壊しじゃない」

「ぶち壊しって?」

「だからせっかく死ぬ覚悟を決めていたのに、どこかの大馬鹿者の自称F級が全部ぶち壊しちゃったって事!」

「ぶち壊したつもりはないんですが」

「ぶち壊したでしょ? 結局、あなたは私をどうするつもりなの? 私だって人間なんだから、何度も何度も死ぬ覚悟を決め直すのって、滅茶苦茶きついって事、ちゃんと理解してもらいたいんだけど!」

「まず曹さんが必ず死なないといけないって、その前提がおかしい」

「おかしくはない。私という存在自体がこの世界にとって破局的な脅威に成り得るの!」

「そんな大袈裟な……」

「大袈裟じゃない!」


彼女は激昂した雰囲気で叫んだあと、ふっと肩の力を抜いた。


「そうね。あなたには分からないでしょうね……」

「分かる分からないじゃなくて、この世界は別に曹さんと“まだ”連動していない。だったら黒い四角垂(ピラミッド)は破壊して、曹さんは死なずに済む方法、探してもいいはずだ」

「いいわ。鹿畑第一地下城(ダンジョン)に着いたら、ちゃんとあなたにも分かるように説明してあげる。その後で……どうするべきか、もう一度よく考えて行動して」




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