60.F級の僕は、皆から感謝されてちょっぴり戸惑う
5月19日 火曜日5
「ちょっと……大丈夫?」
すっかり元気になった、あの火だるまにされていた女冒険者が、僕に手を伸ばし、助け起こそうとしてくれた。
僕は、それをやんわり制しながら、彼女に言葉を返した。
「大丈夫。休んだらすぐによくなると思うから」
足にまるで力が入らない。
しばらく今の姿勢でいたい。
「タカシ様!」
動けなくなってしまった僕に、ノエミちゃんが駆け寄ってきた。
「ごめん。ちょっと動けないや」
僕の上に、影が差した。
「なんだ、情けない奴だな」
上からカイスの声が聞こえたかと思うと、僕は、彼とその仲間達に担ぎ上げられた。
そして、彼等によって、僕は、自分の馬車の中に担ぎ込まれた。
「あんな所で寝られたら、いつまでたっても出発できないだろ? もうちょっと後先考えて行動するんだな」
カイスは、そう憎まれ口をたたいた後、僕の事をアリアとノエミちゃんに任せると、自分達の馬車へと戻って行った。
「ダガジ~~」
アリアが、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたまま、倒れて動けない僕に抱き付いてきた。
「ちょ、ちょっと。ごめんだけど、少しそっとしていてもらえるとありがたいというか」
「う、うん……」
アリアは、割りと素直に僕から離れてくれた。
「タカシ様は、お疲れのご様子ですし、少しお休みになられた方が良いですよ」
そう話すと、ノエミちゃんが、綺麗な声で何かを歌い出した。
その声は、僕の疲れた身体に染み込んできて……
………
……
次に目を開けると、木の梁が剥き出しの天井が目に飛び込んできた。
「あれ?」
いつの間にか眠っていた?
僕は、慌てて身を起こした。
すでにそこは馬車の中では無く、どこかのベッドの上であった。
周囲に目をやると、6畳位のこぢんまりとした部屋の中。
窓から西日が差し込んできている。
気が付くと、あの凄まじいまでの倦怠感は、すっかり消え去っていた。
ノエミちゃんの“子守唄”のおかげかな?
ベッドから起き上がると、すぐ脇のテーブルの上に、綺麗に畳まれたエレンの衣とヴェノムの小剣が並べて置かれていた。
部屋の片隅には、大きな袋が置いてあった。
中を見てみると、魔石とリザードマン達のドロップした武器類が、収められていた。
多分、僕が寝ている内に、どこかの宿屋にでも到着したのだろう。
僕は、アイテム類をインベントリに収納すると、部屋の扉を開けて、廊下に出た。
どうやら、ここは2階のようであった。
階下から、アリアやカイス達の大きな声が聞こえて来た。
僕が、階段を下りて行くと、階下に集まっていた皆が、一斉に僕の方を見た。
アリアが、階段の途中まで駆け上がってきた。
「タカシ、おはよう。目が覚めたのね?」
「うん。それで、ここ……どこかな?」
「ウストの村だよ」
と言う事は、あれから僕等のキャラバンは、無事、今日の目的地に到着できたらしい。
「そっか。もしかして、僕ってずっと寝っぱなし?」
「そうだよ。でも、あれだけ強い敵の大群、一人で殲滅しちゃったんだから、疲れて当然だよ」
僕は、アリアと一緒に階段を下りながら、改めて、昼間のリザードマン戦を思い出した。
今更だけど、色々後先考えずに戦ってしまったのが、少し悔やまれた。
もう、僕が駆け出し冒険者ですって言っても、誰も信じてくれないだろう。
それどころか、色々根掘り葉掘り問い質されるに違いない。
はぁ……
なんて、説明しよう?
若干気が重くなりながら、階下のロビーに集まっていた皆の元に歩み寄った僕は、しかし、拍手で迎えられた。
ドルムさんや、その部下達、おまけにカイス達まで拍手してくれている。
「え? え?」
戸惑う僕に、カイスが近付いて来た。
「なんだ? 僕が君に賛辞を送ったらおかしいのか?」
「そんな事は言ってないよ」
「賛辞ついでにもう一つ。君に忠告しておいてやろう」
「な、なにかな?」
「自分の実力隠しておいて、いざと言う時にカッコよく敵を倒す。そして、女の子のハートを射止めるというその手法。もう、僕等の前では、通用しなくなったからな?」
「えっ?」
いや、申し訳ないけど、全くそんなつもりは無かったんだけど……
「まあ、今回の君の働きに免じて、アリアとノエミさんを僕の宝石箱に加えるのは、しばらく延期してやろう」
うん。
やっぱり、カイスの価値観が理解できない事だけは、再確認できた。
続いて、ドルムさんが近付いて来た。
ドルムさんは、僕の手を取り、頭を下げて来た。
「ありがとうございました。あなた様がいらっしゃらなければ、我々は、あそこで全滅でした。ロイヤルリザードマンさえ、赤子の手を捻るかの如く圧倒されたそのお力。タカシ様は、実は相当高レベルの冒険者様でいらっしゃったんですね」
「いや……あれは、たまたまで……」
「あ、大丈夫ですよ。何か理由があって、お力、隠されているとお見受けしました。こう見えても、私も信用第一をモットーにしている商人です。そう簡単に言いふらしたりはしないので、ご安心下さい」
「そうして頂けると、助かります」
その後すぐに、夕食の時間になった。
食事の時も、皆からは、感謝の意を伝えられこそすれ、僕の事を詮索するような話題は、出て来なかった。
ドルムさん辺りが、あらかじめ、皆に話をしてくれていたのかもしれない。
僕は、皆の気遣いに、心の中で、そっと頭を下げた。
食事時、僕は、ドルムさんに、魔石やその他のアイテムの買取りについてたずねてみた。
「Cランクの魔石ですか? そうですね。 1個3万ゴールドで買い取らせて貰いましょう。ただ、今は移動中で、そこまで持ち合わせが無いんですよ。宜しければ、明日、アールヴに到着次第、お持ちの他の不要品共々、買い取らせて頂きますよ」
今、Cランクの魔石は、516個インベントリに収まっている。
全部買い取って貰えれば……
1,600万ゴールド弱!
それ以外のリザードマンの剣やら、ミノタウロスの斧やらも売れば、こっちの世界でも、結構なお金持ちになれるかも。
アールブに着いて、実際、ゴールドが手に入ったら、アリアに良い装備品を買ってあげるのもいいかもしれない。
そんな事を考えていると、僕は、リザードマン達が落とした武器の中に、弓があったのを思い出した。
確か、アリアは、【弓術】のスキルを持ってると言っていた。
リザードマンの弓、もしかしたら、今アリアが使ってる弓より強力なんじゃ?
夕食後、僕は、アリアを僕の部屋に誘った。
「ちょっと、アリアに見せたいものがあるんだ」
「なになに? 美味しい物?」
「いや、食べ物じゃ無いんだけど」
僕等は、談笑しながら部屋に向かった。
部屋に入ると、僕は、アリアに、リザードマンの弓を見せた。
「これって、アリアが今使ってる弓と比べて、どうかな?」
アリアは、その弓を手に取って、しばらく色々触っていたが、やがて僕に返してきた。
「ごめんね。これ、ちょっと私には重いかも」
言われてみれば、アリアが使用する弓は、いわゆる短弓の類だ。
リザードマンの弓は、長弓。
弓を使わない僕には分からないけれど、結構、違うのだろう。
「そっか……アリアが使えたら、お手軽にパワーアップ出来たのにね」
「いいよ。武器は使い慣れてるのが一番だから」
アリアは、笑顔でそう答えた後、急に何かを思いついた顔になった。
「そうだ、その弓、タカシが使ってみれば?」
「僕が?」
「うん。弓もなかなか便利だよ。上手くすれば、相手に気付かれる前に、遠くからやっつけられるし」
確かに、弓なら、相手の攻撃の範囲外から一方的に攻撃出来るかもしれない。
「でも、【弓術】スキル、持ってないよ? それに、弓は引いたこと無いから、僕には無理かも」
「大丈夫だよ。弓なんて慣れれば簡単だから。なんだったら、明日から練習してみる?」
「アリアが教えてくれるなら、一度挑戦してみようかな?」
「よし、明日から朝練だ!」
アリアは、僕としばらく談笑した後、自分の部屋に戻って行った。
一人になった僕は、今のうちに、地球のアパートの部屋を確認しに行ってみる事にした。
部屋の扉にカギを掛けた僕は、【異世界転移】のスキルを使用した。




