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594.F級の僕は、目的の倉庫の前に辿り着く


6月24日 火曜日E4-6



僕達が“便乗”した中型の貨物船は、曹悠然(ツァオヨウラン)が事前に立てていた予想通り、その日の夜、秦皇島港に到着した。

幸い、あれからは特筆すべき何事も起こっていない。

その幸運に感謝しつつ、大連港の時と同じ手順――曹悠然(ツァオヨウラン)を詰めた麻袋を抱えたまま、【隠密】状態で甲板から直接岸壁へ――で“下船”した僕は、建物の陰に移動してから【隠密】状態を解いた。

そして麻袋から出て来た彼女に、改めて声を掛けた。


「曹さんが話していた物流センターへは、どうやって行きましょうか?」

「そうですね……」


周囲に視線を向け、しばらく何かを探す素振りを見せた後、曹悠然(ツァオヨウラン)がある方向を指差した。

彼女の指の先を辿(たど)ってみると、そこには僕達からは少し離れた道路脇に停車する一台のトラックの姿があった。

荷台部分のコンテナには、『京西物流集団』のロゴが入っている。


「あれに“便乗”させてもらうのはどうでしょう?」



こうして20分後、正確には北京時間で午後9時40分。

僕達は無事、秦皇島経済技術開発区の一角、京西物流集団の物流センター敷地内に“潜入”する事に成功した。

物流という業種の(ゆえ)か、夜のこの時間帯も周囲は煌々(こうこう)とした明かりに照らし出され、時折、トラックが敷地内を走り抜けていく。

そして見える範囲内だけでも、巨大な倉庫が相当数建ち並んでいる。

ただ僕的に少し意外だったのは、そうした倉庫群のうち、シャッターが開けられ、人々が実際に立ち働いているのは数カ所のみ。

中国の物流事情に詳しくはないけれど、時間帯、或いは季節的な要因でも関係しているのかもしれない。


曹悠然(ツァオヨウラン)を詰めた麻袋を抱えた僕は【隠密】状態のまま、シャッターが閉じられ、人気(ひとけ)の感じられない倉庫の一つに近付いた。

そしてその物陰で【隠密】を解除して、曹悠然(ツァオヨウラン)を麻袋から解放した。


「ところでその地下施設に通じるトンネルが隠されている倉庫って、どこにあるか分かりますか?」


鋭い視線を周囲に向けつつ、彼女が言葉を返してきた。


「事前に聞かされていた計画通りであれば、『E-15』番倉庫が、我々国家安全部(MSS)第二十一局の管理下、つまり地下へのトンネルを覆い隠しているはずです」


僕はすぐ傍に建つ倉庫の壁面に目を向けた。

壁面の上部には、『H-02』という文字が大きく描かれている。

もしこの倉庫群がアルファベット順で並んでいるのなら、『E-15』はここからはそれなりに離れている可能性もある。


「曹さんは『E-15』番の倉庫が大体どのあたりに建っているのか、分かりますか?」


彼女が申し訳なさそうな顔になった。


「既にお伝えした通り、この場所については、図面以上の情報を持ち合わせてはおりません」


それなら……


「敷地内の見取り図と言うか、案内板みたいなのって無いですかね」


日本の集合住宅なんかだと、来訪者や多分、運送業に携わる人々向けに、敷地内の見取り図なんかが入り口に掲げられている事が多い。


「恐らくそういうものは無いかと」


仕方ない。


「それじゃあ、探しに行きましょうか?」



もうすっかり手慣れてしまった感はあるけれど、とにかく曹悠然(ツァオヨウラン)を詰めた麻袋を抱え、【隠密】状態で敷地内を歩き回る事10分。

僕は壁面に『E-15』と大きく描かれた倉庫を見付け出す事に成功していた。

倉庫のシャッターは開いていた。

そして作業着姿の数名の男女が、忙しそうな雰囲気で立ち働いていた。

トラックも2台程横付けされている。

ただ残念ながら、彼等が単なる京西物流集団所属の“作業員達”なのか、それとも僕達を阻止しようと待ち構えている“集団”なのか、僕は判断材料を持ち合わせてはいない。


仕方なく、そのまま少し離れた暗がりに移動して、袋の中に声を掛けた。


「ちょっとだけ顔を出してもらってもいいですか?」


僕の言葉を受けて、曹悠然(ツァオヨウラン)が袋の入り口から顔を覗かせた。


「どうしました?」


僕は明かりに照らし出されている『E-15』番倉庫を目で指し示しながら、状況の説明を試みた。


「実は目的の倉庫は見つけたのですが……」


彼女が倉庫の方に顔を向けた。

その視線が次第に鋭さを増していく。

数秒後、彼女から言葉が返って来た。


「少なくともあの中に、私の知るA級以上の人物は存在しないようです」

「では彼等は見た目通り、ただの作業員?」


最初に曹悠然(ツァオヨウラン)が教えてくれた研究所と一緒で、装飾(見せかけ)に過ぎない倉庫も、その事実を外部の人間に悟られないよう、地下へのトンネルは秘匿されたまま、普通に運送業務に使用されている、とか?


「どうでしょうか……」


少しの間考える素振りを見せた後、彼女が意外な事を言い出した。


「中村さん。試しにあなたのスキルで彼等を攻撃してみてくれませんか?」

「え? スキルって、もしかして【影】とか使ってって事ですか?」


彼女が(うなず)いた。


「そうです」

「え~と……それはどういう……」


出来れば死人は出したくないんですが。


しかし僕が懸念を口にする前に、彼女の方が先に口を開いた。


「別に命を奪う必要はありません。軽く攻撃してみて頂ければ、彼等が何者であるかの判断材料が増えるというだけの話です」


若干、話が見えなくなった。

その言い方だと、眼前の倉庫で何かの作業に当たっている数名の男女を僕が攻撃すれば、曹悠然(ツァオヨウラン)的には、彼等の正体を推測しやすくなるって聞こえるけれど?


首を捻っていると、彼女が説明してくれた。


「“敵”は登美ヶ丘(第565話)第三地下城(ダンジョン)、そして昨夜の船上と、二度に渡ってあなたの【影】と交戦しています。つまり少なくとも、あなたが【影】を使って戦う事を“敵”は十二分に承知しているはずです。ですから今、あそこにいる人々に【影】をぶつけてみて、意外と冷静な反応が返ってくるのなら、彼等は“クロ(”敵“の仲間)”という事になります。もし彼等が“敵”と無関係であれば、慌てふためいて逃げ散る可能性が高く、そうなれば倉庫への潜入がよりやりやすくなるだけの話です」


なるほど。

彼女の話には納得出来たけれど、今度は別の懸念が……


「でもあの倉庫で働く人々が実際に逃げ散ってしまうと、騒ぎが大きくなってしまうのでは?」


今僕達は、国家が全世界に秘匿しているはずの巨大地下施設に潜入しようとしているわけで。

逃げ散った人々が今回の件と無関係であれば、当然ながら警察やら国家安全部(MSS)やらに自分達が“謎の”黒い何かに襲撃された、と通報するかもしれないわけで、

そうすると、警察なり国家安全部(MSS)なりがここへ駆けつけてしまう可能性が高いわけで、

結果的に、僕達の取れる選択肢が減ってしまうかもしれないわけで。


彼女の顔に不敵な笑みが浮かんだ。


「騒ぎが大きくなれば、むしろ困るのは“敵”の方です。」


……ん?

言われてみればそうかもしれない。

騒ぎが大きくなれば、地下施設の存在が(おおやけ)になってしまう可能性も当然高くなる。


「“敵”は私達を、あくまでも隠密理に“処理”したいと考えているはずです。ですからもし、管轄する各機関へと何らかの通報があったとしても、“敵”の方で勝手に無かった事にしてくれるはずです」


何をどうやって“無かった事”にするのかは、今は聞かないでおこう。


というわけで、僕はスキルを発動した。


「【影分身】……」


たちまち僕の影から【影】が1体、出現した。


「倉庫の人々を出来るだけ派手な方法で攻撃しろ。ただし殺しちゃダメだ。それと相手が逃げるなら、あえて追いかけたり拘束したりする必要は無い」


僕の指示を受けた【影】が『E-15』番倉庫に向けて、滑るように移動していった。

やがて【影】に気付いたらしい人々が、次々と中国語と思われる叫び声を上げ始めた。

【影】が手近の男性に襲い掛かるのが見えた。

【影】は男性の首根っこを掴むと、近くに積み上げられた段ボールの山に向かって投げ飛ばした。

派手に崩れる段ボールの山。

そして我先にと逃げ始める他の人々。



こうして1分少々で、少なくとも見える範囲内から、僕達以外の他の人々の姿は完全に消えてしまっていた。




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