58.F級の僕は、新しい武器を手に入れる
5月19日 火曜日3
あれから襲撃者が戻ってくる事無く、無事夜が明けた。
皆が起床した後、改めてドルムさんからは、労いの言葉を掛けられた。
しかし、カイスとその取り巻きは、僕からの挨拶に言葉を返さないばかりか、目も合わそうとしない。
完全に嫌われたかな……
幸か不幸か、無視されたりって言う扱いには、慣れている。
それに、カイスは、僕にとって、そんなに仲良くしたい人物でもない。
ノエミちゃんやアリアも参加して、朝食の準備が始まった。
僕も手伝おうと申し出てみたが、朝まで見張りしてたのだから、とゆっくり休んでいるように言われてしまった。
朝まで見張りって話しなら、ノエミちゃんもアリアも同じなはずなんだけどな……
手持無沙汰な僕は、一人で、ぶらぶらと野営地の出入り口付近まで歩いて行った。
と、何者かが、野営地を出たすぐの木陰に佇んでいるのに気が付いた。
あの黒装束が戻って来た!?
僕は、静かに【看破】のスキルを発動しながら、その人物の方に慎重に近付こうとして……
「おはよう」
木陰から姿を現したのは、エレンだった。
彼女は、以前僕にくれたのと同じ、黒いローブを頭から被っていた。
元々予備で持っていたのか、新調したのかな?
僕は、【看破】のスキルの発動を停止して、エレンに話しかけた。
「エレン? どうしたの?」
「これ」
そう言うと、エレンは、細長い袋を僕に差し出してきた。
受け取った僕が、中身を確認してみると、中から、赤と黒で彩られた何とも禍々しい感じの小剣が出て来た。
センチピードの牙を思わせる捻じれた刀身に、ヘビのような装飾が巻き付いている。
そして、全体が、ぼんやり紫に発光していた。
「これは?」
「一昨日、預かってたセンチピードの牙をデルピュネの鱗で加工した」
「なんだか凄そうな剣だね」
センチピードの牙も、結構、デザインが魔剣っぽかったけど、今回は、さらに魔剣っぽさに磨きがかかっている。
僕は、早速装備して、ステータスを呼び出してみた。
―――ピロン♪
Lv.58
名前 中村隆
性別 男性
年齢 20歳
筋力 1 (+57)
知恵 1 (+57)
耐久 1 (+57)
魔防 0 (+57)
会心 0 (+57)
回避 0 (+57)
HP 10 (+570)
MP 0 (+57)
使用可能な魔法 無し
スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】【看破】
装備 ヴェノムの小剣 (攻撃+170)
銀の鎖帷子 (防御+30)
効果 魔法ダメージ5%軽減 (銀の鎖帷子)
僕は、ヴェノムの小剣に指を触れてみた。
【ヴェノムの小剣】
センチピードの牙とデルピュネの鱗を加工して作られた小剣。
この小剣で攻撃すれば、一定の確率で、相手を麻痺させるだけでなく、毒に冒す事ことも出来る。
麻痺や毒の成功確率、持続時間は、自分と相手とのレベルとステータスの差に依存する。
センチピードの牙の性能を向上させて、毒の効果も追加した小剣。
「ありがとう」
僕が、エレンにお礼を言うと、熱心に僕のステータスを覗き込んでいたエレンが、少し残念そうにぼそっと呟いた。
「レベル、上がってない」
「そりゃね。昨日の夜は大変だったんだ。レベル上げどころじゃ無かったよ」
「昨日の夜? 光の巫女が麻袋に詰められてた?」
「えっ? どうして知ってるの?」
「見てたから」
「見てたの?」
「そう」
見てただけって……
まあ、エレンらしいというか、何というか。
「え~と、エレンは、昨夜もここへ来たって事?」
「そう」
「なんで?」
「レベル上げしに行こうかと」
「もしかして、僕が皆と一緒だったから、僕の前に出て来れなかったって事?」
「それもあるけど。獣人が、この野営地を見張ってたから」
「獣人?」
「そう」
もしかして……
「その獣人って、全身黒装束だった? エレンが着てるそれと違って、身体にフィットした感じの」
「そう」
やはり。
と言う事は、あの黒装束の中身は、獣人?
「ねえ、エレンは、どうしてあの黒装束を着てたのが獣人だって分かったの?」
「それは、分かるから」
「もしかして、透視能力とか持ってるの?」
「違う。でも見れば分かる」
う~ん、よく分らないけど、エレンは、魔族だし、そういう特殊能力でも持ってるのかも?
僕がエレンにまた話しかけようとした時、エレンが、ふいに木陰の方へ、滑るように移動した。
「え?」
エレンの唐突な行動の意味が分からず、僕が少し戸惑った瞬間、後方からアリアの声が聞こえて来た。
「タカシ~。朝ご飯、出来たよ~」
振り返ると、アリアとノエミちゃんが、笑顔で手を振りながら、こちらに近付いて来るところであった。
僕は、彼女達から死角になる方向を向いて、インベントリを呼び出した。
そして、エレンから受け取ったヴェノムの小剣を収納すると、改めて、彼女らの方を振り向き、笑顔で手を振った。
もう一度後ろを振り返った時、エレンの姿は、既にどこかへ消えていた。
朝食後、僕等のキャラバンは、野営地に別れを告げ、今夜の目的地ウストの村に向けて出発した。
まだもうしばらくはこの地に留まるという冒険者の一団に見送られ、馬車は、鬱蒼と茂る森の中を走る街道を進み始めた。
昨日同様、途中で何度か、主に動物系のモンスターが出現した。
そのたびに、キャラバンは停止し、カイス達が馬車から飛び出して行った。
そして、カイスが大袈裟な大技を連発し、同行している女冒険者達と共に、危なげなく、モンスターを倒していった。
つまり、昨日同様、今日も僕等に出番は無さそうであった。
キャラバンが、また停止した。
そして、例の如く、カイス達が飛び出して行った。
しかし、今回は、少し様子がおかしかった。
すぐに聞こえてくるはずの、カイスの技名を叫ぶ声や、魔法が炸裂する音、モンスターの咆哮等が、聞こえてこない。
キャラバンは、隊列を組んでいた。
僕等の馬車は、前から三番目。
なので、馬車の小窓から顔を出してみても、前方の様子が、よく分らなかった。
モンスターじゃなかったのかな?
「ちょっと、見て来ますね」
僕は、同乗するドルムさんにそう話すと、馬車から降りた。
「私も行くよ!」
アリアが、元気な声で、僕に続いて、馬車から降りて来た。
二人で、キャラバンの前方に歩いて行くと、カイスと仲間の三人の女冒険者達が立っているのが見えて来た。
そして、そのさらに前方に……
街道を塞ぐように、たくさんのモンスター達が立っていた。
彼等の見た目は、人間より少し大きめの二足歩行するトカゲそのもの。
粗末な鎧と、剣や杖などを装備しているのが見えた。
黒の森で、最も注意すべき相手、とドルムさんが話していたリザードマン達に違いない。
カイスは、どうやら彼等と何かを話しているようであった。
近付くにつれ、会話が聞こえて来た。
「断る! 誰がモンスターなんかの脅しに……」
「ゲゲゲ、ナラバ コノバデ ミナゴロシニスルダケダ」
僕は、アリアにそっと話しかけた。
「モンスターって、喋る奴もいるんだね?」
しかし、返事がない。
「……アリア?」
見ると、アリアは、顔面蒼白になっていた。
「大丈夫?」
「タ、タカシ、逃げよう!」
僕は、もう一度、リザードマン達に視線を向けた。
全部で20体位かな?
アリアは、レベル26。
リザードマンは、レベル40前後と聞いた。
アリアにとってみれば、レベル40のモンスター20体と遭遇とか、どんな厄日だって気持ちになっているのかもしれない。
でも、僕にとっては……
レベル40前後なら、レベル45のウォーキングヴァインよりは、弱いんじゃないかな。
僕は、ノエミちゃんの援護付きとは言え、ウォーキングヴァイン500体を殲滅した時の事を思い出した。
アリアに囁いた。
「大丈夫! 僕が守るよ。それでも危なくなったら、あのメドゥーサの彫像使うと良いよ」
メドゥーサの彫像は、耐性が無く、かつレベル50以下のモンスターを必ず麻痺させることの出来るアイテムだ。
僕は、それを5本、アリアに渡してあった。
「う、うん。」
アリアは、すっかり怯えてしまっているようだ。
「ちょっと、ここで待ってて」
僕は、アリアにそう告げると、リザードマン達と会話しているカイスの方へ、近付いていった。




