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562.F級の僕は、曹悠然をダンジョンに呼び出す事にする


6月21日 日曜日E2



僕はスマホを手に取り、チャットアプリを立ち上げた。

そしてそこに登録されている曹悠然(ツァオヨウラン)の電話番号をタップした。

数回の呼び出し音の後、電話口の向こうに女性が出た。


(ウェイ)?』

曹悠然(ツァオヨウラン)さんですか?」

『中村さん? 今、お部屋でしょうか?』

「そうです。あなたからのメッセージを確認したので、こうしてお電話させて頂きました」


そして僕は彼女の返事を待つ事無く、一気にまくし立てた。


「今急いでいるので用件だけお伝えします。友達に頼まれて、僕は今からN市内のダンジョンに潜る予定です。多分、午後3時過ぎには終わると思うので、その後、落ち着いたらまた連絡します。ダンジョンに潜るのでスマホは部屋に置いていきます」


それから相手の返事を待たずに電話を切った。


さて、次は……


僕はN市均衡調整課に電話を掛けた。

こちらも数回の呼び出し音の後、僕の良く知る人物が電話口の向こうに出た。


『お待たせしました。N市均衡調整課です』

「更科さん、こんにちは。中村です」

『中村さん? どうかされましたか?』

「え~とですね。知り合いから一緒にダンジョンに潜ってくれと急に頼まれまして。今から午後3時過ぎ位まで、N市内で予約の入っていないダンジョン、あれば教えてもらえないでしょうか?」


本来であれば、国民の新しい義務となったノルマ――1週間で魔石7個――達成のためのダンジョンの予約は、ネットで済ませてしまうのが一般的だ。

というか、均衡調整課の窓口に直接問い合わせるのは、禁止はされていないものの、非推奨いうのが暗黙の了解(ルール)だったりする。

理由は単純明快で、窓口に予約の電話が殺到すれば、均衡調整課本来の業務に支障をきたすからだ。

ではなぜ明確に禁止されていないかと言うと、ノルマを課せられている18歳以上、65歳未満の国民全員がネット環境を準備出来るとは限らないという点と、ネットでの予約はどうしてもタイムラグが出るので、急な変更等に関しては、やはり窓口に対応してもらう必要があるからだ。


まあ僕の場合は、前述のどちらにも当てはまらないんだけど、均衡調整課の仕事は今までたくさん手伝ってきたし、今回位、僕の思惑(おもわく)に“協力”してもらってもバチは当たらないはず。


更科さんが少し怪訝そうな雰囲気で言葉を返してきた。


『知り合いとは、昨日(第509話)一緒にこちら(均衡調整課)にいらっしゃった関谷さんや井上さんという理解で正しいですか?』

「まあそんなところです」


しらばっくれてそう答えたけれど、もちろん関谷さんも井上さんも、全く(あずか)り知らない話だ。


『ダンジョンの等級はどうされますか?』


ここ地球のダンジョンは、内部を徘徊するモンスターの強さを基準にして、S、A、B、C、D、Eとランク付け(第26話)されている。


「等級に(こだわ)りは無いので、空いているダンジョン優先でお願いします」

『分かりました。少々お待ち下さい』


十数秒程、保留音が流れた後、再び更科さんが電話口の向こうに出た。


『今でしたら、C級の登美ヶ丘第三ダンジョンなら空いています』


登美ヶ丘第三は、僕のアパートからならスクーターで30分もかからない。


「ではそれでお願いします」

『具体的な参加者の等級とフルネームを教えて下さい』

「F級の中村隆、A級の井上美亜、C級の関谷詩織でお願いします」



電話を切った僕は、机の上の目覚まし時計を確認してみた。


時刻は午後1時30分。


“記憶”の上では、そろそろ謎の留学生エマに扮するティーナさん、井上さん、そして関谷さん、三人のグループトークが終了するはず。


僕は出掛ける準備をしてからインベントリを呼び出した。

そして『ティーナの無線機』を取り出して、右耳に装着した。

そのまま部屋を出て駐輪場に向かい、停めてあった自分のスクーターを発進させながら『ティーナの無線機』を使用した。


「ティーナ……」


すぐにいつもの彼女の声が返ってきた。


『Takashi! 帰ってきたのね? Good timing!』


“記憶”通りグループトークは終了しているようだ。


「ちょっと相談したい事があってね」

『相談したい事って?』

「まず確認だけど、僕が今から何を相談するかとか、予想出来たりする?」

『もしかして自分のgirlfriendに、より情熱的に愛を伝えるにはどうしたらいいか、この際、本人に聞いてしまおうとか?』

「そんな相談、僕がするはずないでしょ!」

『その受け答え、0点ね』

「何だよ、0点って」

『Takashiはもう少し自分のgirlfriendに甘い言葉を(ささや)くべきって事』

「いやもう、そういうのはいいから」


どうやら僕の質問を冗談と受け止めたらしいティーナさんが、軽口を返してきた。

しかし同時に、今僕がこうして会話を交わしているティーナさんは、現在進行形の“巻き戻り”に関する“記憶”は、一切持っていなさそうな事が確認出来た。


つまり、もう一度最初から説明しないといけない。


その事に軽い徒労感を感じつつ、僕はとにかく現状について簡単に説明する事にした。


「実は今、近所のダンジョンに向かっている最中なんだ」

『dungeonに?』

「着いたらまた詳しく説明するけれど、ティーナって、30分後位に、光学迷彩付きの戦闘服着用して、この前の動画撮影で使っていたドローンを持ってこっちに転移して来れそうかな?」

『……もしかして『七宗罪《QZZ》』絡みで、またdungeonに呼び出されたの?』


田町第十で『七宗罪《QZZ》』の構成員達や孫浩然のアバターと戦った際、僕はティーナさんに手伝ってもらって彼等を制圧した。

僕の言葉から、どうやらティーナさんはあの時(第185話)の事を連想したらしい。

まあ今回の件も、“前回”の“記憶”どおりならば、『七宗罪《QZZ》』が(から)んでいるはずなので、当たらずとも遠からずだとは思うけれど。


「今回は、僕が呼び出す側なんだけどね」

『分かったわ。それでさっきの質問に対する答えだけど、YESよ。30分あれば戦闘の準備をして、ついでにこの前のdroneも用意出来るわ。droneは何機用意すればいい? それと、Emaには扮した方がいいのかしら?』

「そうだね……」


詳しい事情は、実際、ティーナさんが登美ヶ丘第三のダンジョン内に転移して来た後説明するつもりだけど、概略は伝えておいた方がいいだろう。


「実は曹悠然(ツァオヨウラン)を呼び出すつもりでね」

『|曹悠然《caó yōu rán》を!?』


余程驚いたのだろう。

返って来た囁きは、彼女らしくなくやや上ずっていた。


「で、恐らく彼女は命を狙われているはずだから、ティーナには彼女に気付かれないよう、彼女を護るのを手伝って欲しいんだ。さっき話した戦闘服とかドローンとかは、そのために用意してって話なんだけどね」

『もしかして、|曹悠然《caó yōu rán》からcontactがあった?』

「そうだよ。こっち(地球)には20分位前に帰って来たんだけど、チャットアプリに曹悠然(ツァオヨウラン)からのメッセージが届いていたんだ」

『もしかしてそのmessageの中で、彼女自身が、今日本のO府にいる事や命を狙われている事を伝えて来た?』

「いや、単に動画の件で僕と至急会いたいって事しか書かれていなかったよ」

『? じゃあなぜTakashiは|曹悠然《caó yōu rán》の事情に詳しいの?』

「詳しい云々の話なら、実は曹悠然(ツァオヨウラン)だけじゃなくて、ティーナについても話せるよ」

『私について?』

「ティーナは今、ERENの制服を着ているよね?」

『! どうして分かったの?』

「だって、動画の件で呼び出されて、でも結局、解析するのに時間が掛かるからって話になって、一旦部屋に戻ってきた所で、井上さんと関谷さんとのグループトークが始まったから、着替える暇がなかったんでしょ?」

『……もしかして、新しいskillを獲得した?』

「そんな単純な話なら、僕も苦労しないんだけどね」

『どういう意味?』

「とにかく、事情は後で説明するよ。それとエマに扮するかとか、ドローンを何機用意するかとかは、ティーナに任せるから、準備の方、宜しく」



やがて前方に、竹林に囲まれたやや広めの駐車場が見えてきた。

午後2時前、僕は予定通り、登美ヶ丘第三ダンジョンに到着した。




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