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552.F級の僕は、激しい違和感と既視感に少々混乱する


6月21日 日曜日B1



【異世界転移】でボロアパートの部屋の中に戻って来た時、机の上の目覚まし時計は、午後1時13分を指していた。

午前中と違い、午後のこの時間帯、締め切った部屋の中は熱気が(こも)っていた。

エアコンのスイッチを入れると、僕と一緒に【異世界転移】してきたオベロンが、早速エアコンの吹き出し口までふわふわ飛んで行って、冷気を楽しみ始めた。

僕はその様子を横目で確認しながら、充電器に繋いであるスマホに手を伸ばした。

そしてスマホを立ち上げると、チャットアプリを確認してみた。


新着メッセージが2件、届いている。


1件は関谷さんから。

動画の編集終わったから、連絡して欲しいという内容のメッセージ。

既に関谷さんと井上さんとは会って、メッセージを送ってくれた事も聞いているから、後追いでの確認って事になるけれど。


そしてもう1件は……


差出人の名前を目にした僕の背中を、サッと緊張が走った。


曹悠然(ツァオヨウラン)

中国国家安全部第二十一局所属のエージェント。

ティーナさんの話によれば、彼女の上司であり、局長の劉刻雷(リウコォライ)と共に、中国でも五本の指に入る、S級の能力者だ。


そして、彼女からのメッセージ……


『ご無沙汰しております。動画の件で、至急、直接お会いしてお話したいのですが、お時間頂けないでしょうか? ご連絡、お待ちしております』


メッセージの中に出て来る“動画”。

タイミングから考えて、これは確実にティーナさんが投稿したはずの、あの白い光の柱が映っている動画を指していると考えてまず間違いないはず。

ともかくこれはすぐに、ティーナさんと相談した方が……



―――いや、待てよ? 何かおかしくないか?



突然襲ってきた違和感の正体を探ろうとして、曹悠然(ツァオヨウラン)からのメッセージに既視感(デジャブ)を覚えている事に気が付いた。

僕は改めてメッセージの受信時刻を確認してみた。


午後1時3分。


そして今が……


もう一度、机の上の目覚まし時計に視線を向けた。


午後1時18分。


一応、自分の記憶も辿(たど)ってみた。


今朝は起きた時、エレンが僕の寝顔を一晩中眺めていたという衝撃の事実(第540話)を知らされて……

…………

……

…………

……で、結局、午後、ここへ再度戻って来て、今初めて関谷さんからのメッセージと曹悠然(ツァオヨウラン)からのメッセージを確認した……はず。

大体、この受信時刻を信じるのなら、そして机の上の目覚まし時計が狂っていなければ、曹悠然(ツァオヨウラン)からのメッセージが届いたのってほんの十数分前って事になる。

いくらなんでも、たった十数分の間に、一度確認したメッセージの事を忘れて再び確認して、既視感(デジャブ)を覚える、なんて事が起こる方がおかしい。


最近、忙しかったから、ちょっと疲れているのかもしれない。


気を取り直した僕は、インベントリを呼び出して、『ティーナの無線機』を取り出した。

そして右耳に装着してから呼びかけてみた。


「ティーナ……」


すぐにいつもの彼女の声が返ってきた。


『Takashi! 帰ってきたのね? Good timing!』

「さっき帰ってきた所だよ。ところでグッドタイミングって?」

『ちょうどついさっきまで、Inoue-sanとSekiya-san交えて、Group talkしていたのよ』

「そうだったんだ。じゃあ、もしまだグループトークの真っ最中だったら、“ティーナ”なんて呼びかけたら、井上さんあたりに色々いじられ……」



―――いや、待てよ? やはり何かおかしくないか?



何故か脳裏に、実際、井上さんにいじられた時のやりとりが……?


『Takashi?』


途中で急に語尾を切ってしまったのを不審に思ったのだろう。

戸惑ったようなその声音(こわね)に、とりあえず僕は言葉を返した。


「ごめんごめん。ちょっと考え事していて」

『考え事? 何かあったの?』


言われて僕は、ティーナさんに連絡を取ろうとした本来の目的を思い出した。


「実は曹悠然(ツァオヨウラン)から気になるメッセージが、チャットアプリの方に届いていてね……」


僕はそのメッセージを読み上げてから言葉を続けた。


「それでティーナの意見を……」


言いかけて僕は少し苦笑した。

僕はティーナさんだけではなく、関谷さんと井上さんも仲間に、つまり、今僕達が置かれている現在進行形のこの事態に、巻き込む決断を下した。

ついいつもの癖で、ティーナさんだけに伝えようとしているけれど、“仲間”という言葉は、本来、全ての情報を共有出来る相手を指すために存在するはず。

だから僕は……ってあれ?



―――いや、待てよ? やはり絶対に何かおかしくないか?



つい最近、全く同じ事を考えたという記憶が……?


押し寄せる違和感。

凄まじいまでの既視感(デジャブ)

だけどそれを裏付ける何かには、さっぱり辿(たど)り着けないもどかしさ。


再びティーナさんから呼びかけられた。


『Takashi?』


僕は慌てて言葉を返した。


「ごめん。またちょっと考え事」

『ねえ、さっきも考え事がどうとか言っていたけど、本当はその考え事って、|曹悠然《caó yōu rán》からのmessageとは無関係じゃないの?』


さすがはティーナさん。

勘が鋭い。

しかしここで、僕の漠然とした既視感(デジャブ)について口にしたところで、せいぜい二人で首を(ひね)って終わるだけだ。


一瞬迷ったけれど、僕はとにかく普通に会話を続ける事にした。


「多分、ちょっと疲れているだけだと思う」

『まあ、確かにTakashiはただ突っ立っていても、troubleが向こうからやって来る厄災体質だもんね~』


なんだよ、厄災体質って?


と心の中でツッコんでいると、ティーナさんが言葉を続けた。


『とりあえず、そっちに行くわよ?』

「了解」


会話が終わるとすぐに、僕の部屋の隅の空間が渦を巻き出した。

そしてすっかり見慣れたワームホールが形成されると、そこからティーナさんが姿を現した。

彼女は青を基調としたERENの制服を身に着けていた。

僕は早速、スマホに届いている曹悠然(ツァオヨウラン)からのメッセージをティーナさんに見せた。


「で、ティーナはどう思う?」


しかしティーナさんは、本題とは違う話題を口にした。


「あれ? 驚かないのね?」

「ん? 驚く? 何に?」


改めてティーナさんに視線を向けた僕は、彼女が意外そうな表情になっている事に気が付いた。

彼女はその表情のまま、言葉を返してきた。


「なんで今日はERENの制服着ているのって、聞かれると思ったんだけど」

「それはだって、今日は、本当は休みの日だったのに、動画の件で呼び出されていたからでしょ?」


ティーナさんが、大きく目を見開いた。


「どうしてそれを知っているの?」

「どうしてって、それはティーナが……」


教えてくれたでしょ?

と言いかけて、僕は激しい違和感に襲われた。

同時に、今日何度目かの既視感(デジャブ)も。


ついさっき、ここへやって来たばかりの彼女は、“まだ”自分が今、なぜERENの制服を身に着けているのか、教えてはくれていないはず。

なのに僕は、彼女が今、なぜERENの制服を身に着けているのか、“既に”知っていた。



―――何かが絶対的におかしい!



僕はスキルを発動した。


「【看破】……」


しかし、幻影なら消え去るはずの僕の周囲の情景も、大きく目を見開いたティーナさんも、変わらず存在し続けている。

なんとも表現出来ないもどかしさを感じていると、ティーナさんが、ふいに僕の顔を(のぞ)き込んできた。


「Takashi?」

「うわっと!?」


自分の姿が映り込んだ、彼女の蒼い綺麗な瞳を間近で見てしまった僕は、大きく()()った。


「いきなり近付いてきたらびっくりするでしょ?」


照れ隠しの意味もあって苦笑してしまった僕に対して、彼女は探るような視線を向けてきた。


「自分の彼女に顔を近付けられて、照れている所を見ると、ホンモノのTakashiのようだけど……ホント、今日はどうしたの?」

「どうもしてないというか……疲れているのかもしれないけれど」

「それ、さっきも聞いたわ。だけど疲れている事と、私の事情を看破出来た事とは相関関係は無いはずよ。それとも、疲労すると、洞察力が上がるskillでも新しく手に入れたの?」

「いや、そんなスキル手に入っていたら、逆に今、こんなに驚かなくて済むでしょ? それはともかく、曹悠然(ツァオヨウラン)の件について、ティーナの意見を聞きたいんだけど……」


ティーナさんは少しの間、なおも僕に探るような視線を向けてきた後、ふっと肩の力を抜いた。


「まあいいわ。とりあえずは、|曹悠然《caó yōu rán》の件から片付けましょ」



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