545.F級の僕は、ネットに投稿する動画を確認する
6月21日 日曜日6
30分後、ほぼ予定通りにワームホールを使って井上さんの部屋を訪れた僕、謎の留学生エマに扮したティーナさん、それにオベロンを、井上さんと関谷さんが笑顔で出迎えてくれた。
井上さんの部屋は、彼女の実家の2階にあり、南に面した窓からは、明るい日差しが射し込んできていた。
部屋の中は、彼女の性格を反映してか、可愛いぬいぐるみなんかは殆ど置かれておらず、白を基調とした機能性重視のインテリアで纏められていた。
井上さんが、僕達に声を掛けてきた。
「適当に座って。あ、お茶かジュース飲む?」
「じゃあ僕はお茶で」
「私はジュースでお願いシマす」
「おぬし、飲み物以外に、ケーキやらデザートやらがあるなら、それも出すが良いぞ!」
……勝手な注文を追加しているオベロンは置いておいて。
台所がある階下へと井上さんが下りて行った後、僕は関谷さんに聞いてみた。
「画像編集、時間かかったの?」
関谷さんが笑顔で言葉を返してきた。
「昨日、中村君達と別れてすぐ、美亜ちゃんちに来て、早速取り掛かって……終わったのは夜中の3時前だったかな」
「結構大変だったみたいだね」
「そうでもないわよ。美亜ちゃん、元々こういうの得意だし、二人でついつい無駄話していて、気付いたら時間過ぎていただけだから」
話していると、井上さんが、飲み物やちょっとしたお菓子類をお盆に乗せて戻って来た。
「お待たせ。それじゃあ、早速、見てみる?」
井上さんが、立ち上げたパソコンで、編集した動画を見せてくれた。
荘厳な、しかし迫る危機を感じさせるBGMが流れ、暗く波打つ画像を背景に、文字が映し出される。
『Seven Months of the Spread of Evil in the World』
(世界に悪が蔓延する7ヶ月間)
『Is there anything else that ”ENEMY” hasn't done yet in the World?』
(“敵”が世界でまだやっていない(悪逆非道な)行為は残っているのだろうか?)
画面が次第に明るくなり、文字がゆっくりと消えていく。
最初に映し出されたのは、昨年11月のあの日のニュース映像。
全世界に生じた空間の歪み。
調査のためにゲートの向こう側に赴き、殉職する各国の軍や警察関係者達。
そしてスタンピードの発生。
血まみれで横たわる犠牲者達の遺体。
家族の名前を呼びながら泣き叫ぶ女性の姿。
そして再び画面が暗転し、最初と同じ暗く波打つ画像を背景に、文字が映し出される。
『The World tried to stand against “ENEMY”』
(世界は敵に立ち向かおうとした)
BGMが風雲急を告げるように転調した。
続いて映し出されたのは、アメリカが公開したミッドウェイでのスタンピードに関する映像。
その後は、中国が全世界に生中継したチベットでのスタンピード制圧戦の映像。
しかしその中継映像は、突如画面いっぱいに広がった白い光と共に中断する。
『But……』
(しかし……)
画像がフェードアウトしながら、文字が映し出された。
『The World were too helpless』
(世界はあまりに無力であった)
文字が消えるのと同時に、BGMは悲壮感溢れる感じに変わり、今度はミッドウェイでのスタンピード制圧失敗を告げる、アメリカ大統領の演説。
そしてチベットでのスタンピード制圧失敗について淡々と述べる中国の報道官の姿。
『Is the World just waiting to be destroyed?』
(世界は滅ぼされるのを待つだけなのか?)
唐突にBGMが止まり、画面が切り替わった。
暗色にうねる海面を斜め上空から見下ろす、あのドローンからの映像だ。
画面に無音のまま、文字が被せられる。
『No』
(違う)
突如、前触れ無く、海面の一ヵ所がきらきら輝いたかと思うと、天空に向けて巨大な白い光の柱が立ち上がった。
それはほんの2~3秒続いただけで、唐突に消え去った。
その間、無音。
白い光の柱が消え去った後の海面は、それまで通り、暗色のうねりを繰り返すだけ。
再び文字が重ねられた。
『The World got Hope』
(世界は希望を手に入れた)
そして文字が消え、画面が暗転していくに従って、今度は画面いっぱいに、紅く燃え上がるような“X”の文字が浮かび上がって来た。
“X”は、約1秒間表示された後、燃え落ちるように消え去った。
完全に真っ黒な画面を背景に、新しい文字が表示された。
『The last video is a recording of us defeating “the Monster” that was causing a stampede in the Arctic Ocean』
(最後の映像は、我々が北極海でスタンピードを起こしていた“モンスター”を斃した時の記録である。)
『Next is……』
(次は……)
浮かび上がるように映し出されていく、ミッドウェイとチベットの地図。
井上さんが編集した動画は、5分程で終了した。
ティーナさんが声を上げた。
「素晴らしいですね」
「どうかな? ネットで拾ってきたニュース映像を適当に編集して、英語の字幕入れてみたんだけど、おかしくない?」
「大丈夫デスよ。これで行きマショう」
僕は井上さんに声を掛けた。
「凄いね。もしかして、日頃から動画サイトに投稿とかしている?」
それ位には慣れた感じの編集に見えたけど。
「時々ね。元々こういうの好きだし、実を言うと、将来は映像関係の仕事をしたいと思っているんだ」
井上さんが動画をUSBに保存して、ティーナさんに手渡した。
「はいこれ」
ティーナさんは昨日、動画のネットへの投稿は、自分に任せて欲しいと話していた。
恐らく“足”が付かないように投稿する手段を持ち合わせているって事だろう。
「ありガトうございマス」
「投稿したら、教えてね」
「もちろンデす」
話が一段落ついた時、壁に掛けられた時計の針は、午前11時25分を指していた。
僕は皆に声を掛けた。
「ごめんだけど、そろそろ僕は戻るね」
井上さんが意外そうな顔になった。
「あれ? 折角だから、お昼、ここで食べて行けばいいのに」
「実はあっちの予定も確認して来ないといけなくてね……」
僕は簡単に、トゥマの状況について説明した。
「なんか忙しいね。あっちでもこっちでも」
「まあ仕方ないというか」
「とりあえず、過労で倒れる前には相談しなさいよ。特にしおりんに」
「ちょ、ちょっと、美亜ちゃん?」
話していると、ティーナさんも会話に加わってきた。
「それデハ、私も中村サンと一緒にN市に戻りマスね。動画投稿終わっタラまたコレで……」
ティーナさんが自分の右耳に装着した無線機を指差しながら言葉を続けた。
「関谷さんと井上さんにはお知らせしますよ。それと、中村さんもこっちに戻ってきたら。連絡して下さい。後は均衡調整課の話、具体的にどう受けるか細部を詰めましょう」
均衡調整課の話。
そう言えば、桂木長官直々に、均衡調整課内で、富士第一特別専従チームを立ち上げるから、その統括者になって欲しいと要請されていた。
ティーナさん的には、この動画を投稿する事で、均衡調整課に無言のプレッシャーをかけておけば、チームの立ち上げや運営について、より有利に交渉できるはず、と話していたっけ?
どのみち、桂木長官からも出来るだけ早い返事が欲しいと言われていたし、今日明日の内には返事をした方が良いだろう。
ワームホールを潜り抜け、ティーナさんやオベロンと一緒に部屋に戻って来た僕は、ティーナさんがハワイに戻って行くのを見送った後、【異世界転移】のスキルを発動した。




