543.F級の僕は、オベロンが余計な事を喋ろうとするのを阻止する
6月21日 日曜日4
話が一段落ついた所で、ティーナさんがポケットの中から小さく折り畳まれた、銀色に輝く布のような物を取り出した。
そしてそれを広げて僕達に見せて来た。
それは、銀色に輝く小さな人形に着せるような衣類に見えた。
もしかして?
「それって、オベロン用の?」
ティーナさんが頷いた。
「あれから予定通り、Theoが3時間で仕立ててくれたわ。あの人、ああ見えて仕事はきっちりこなすから」
テオ=サントス。
ティーナさんの“元”同僚の研究者で、今は精神を病んでいるフリをしている――僕的には、どう見ても頭のネジの何本かは、本当に吹き飛んでいるようにしか見えなかったけれど――人物だ。
ティーナさんが、その小さな光学迷彩機能付き戦闘服をオベロンに差し出した。
「早速着てみて」
受け取ったオベロンは、それをしばらくいじくり回した後、空中にふわふわ浮いたまま。今身に着けている貫頭衣の上から直接袖を通した。
そして自分の腕を軽く曲げ伸ばしした後、まんざらでもない顔になった。
「ふむ。思っていたより、良い着心地じゃ」
ティーナさんがオベロンに問い掛けた。
「羽根の動きに制限は出ていない?」
オベロンはくるりと空中で宙返りをして見せた。
「問題無いようじゃ。テオとか言っておったか。あの原始人、見た目に似合わず、器用な仕事をすると見える」
「あとは、肝心の光学迷彩だけど……」
ティーナさんが、自身の右腰を指差しながら、言葉を続けた。
「右腰の部分にsensorが付いているの、分かる?」
オベロンが自分の右腰に顔を向け、その部分をまさぐるような仕草を見せた。
釣られるように僕も視線を向けてみると、ちょうどオベロンの右腰部分に、彼女の手の平と同じ位の大きさの銀色の四角い板が付いている事に気が付いた。
彼女がそれに手を触れ、そのままごそごそ何かを続けていると、空中に浮かぶ彼女の姿が揺らめきながら消えて行った。
そして寸前まで彼女の姿が見えていたはずの空間から、彼女の声が聞こえてきた。
「ふむ……妾の周囲を覆うように、力場が展開されておるな……なるほど、この力場を用いて光子の流れを曲げておるのじゃな?」
またオベロンが小難しい事を口にし始めたけれど、ティーナさんは逆に感心した雰囲気になった。
「凄いじゃない。詳しく教えてもいないのに、sensorの使用方法と、ついでに原理まで見抜くなんて」
「いやしかし、大したものじゃ。魔力の介在無しにこのような現象を再現してみせるとは……いや、魔力が存在せぬからこそ、このような技術が進歩したと言うべきか……」
空中から滲み出るように、オベロンが姿を現した。
彼女はいたく満足そうな表情になっていた。
「ともかくこれで、あの“うえすとぽーち”とは、おさらばという事じゃな?」
「そうね。もう気付いているかもだけど、光学迷彩機能の維持は、その戦闘服が発生する有効電磁場に依存しているの。有効電磁場の発生と維持には当然、電力が必要になるんだけど、その戦闘服には強い光に反応する発電素子と蓄電素子とが編み込まれている。だから1日最低1時間、太陽にでも当てておけば、半永久的に光学迷彩機能を維持出来るわよ」
「うむ。でかした。あの原始人共々、おぬしの事も褒めて取らせる! 褒美として、妾をここ地球で存分にもてなすが良い!」
オベロンの、お前はどこの殿様だ! みたいな発言はともかく、僕の心の中に元々あった、彼女に対する違和感は益々増大していた。
『精霊の鏡』に長らく封印されていたはずの彼女は、しかし初めて見るはずのエアコンが電力で稼働している事を見抜き、今また、僕ですら小難しいと感じる光学迷彩機能の理論を、いとも簡単に見抜き、理解した。
メルが疑い、エレンも疑い、そしてティーナさんも疑っているように、イスディフイの精霊の一種、精霊王だという彼女の自己紹介には、なんらかの誤魔化しが混じっている事は確実に思われた。
ただ、彼女がどこまで、何を、何の為に誤魔化しているのかが分からない。
加えて今のところ、彼女は僕や仲間達が不利になるような行動は、一切取っていない。
そこまで考えた時、僕はオベロンに対して今感じている違和感が、かつてメルがアルラトゥとして、僕の前に初めて姿を現した時の違和感とよく似ている事に気が付いた。
僕をあの世界に誘う前のアルラトゥは、僕と仲間達に対して、クリスさんとアリアを拉致した以外は、寧ろ見かけ上、非常に協力的であった。
だけどあの協力的な態度の裏には、“魔王エレシュキガル”を再臨させるという、彼女の秘めた目的が隠されていた。
であれば、オベロンもまた、何か真の目的を隠していて、それを達成するための必要条件として、僕と契約を交わしたのかもしれない。
そう考えると、オベロンが事あるごとに自分の力を使えと囁いて来るのにも、何か裏があるのかもしれない。
「……kashi? どうしたの?」
気付くと、ティーナさんが僕の顔を覗き込んできていた。
どうやら考え事に夢中になっていて、彼女の呼びかけに気付くのが遅れたらしい。
僕は苦笑しながら言葉を返した。
「ごめんごめん。ちょっと考え事をしていてね」
「なんだったら、話、聞くわよ?」
「大丈夫だよ。大した話じゃ……」
「はは~ん、さてはおぬし……」
僕の言葉に被せるように、オベロンが口を挟んできた。
「考え事とは、あの事じゃろ?」
僕は少し緊張した。
こいつに僕の心が読めるとは思えないけれど……
オベロンはそんな僕に構わず、ティーナさんに向けて語り出した。
「まあ、こやつが思い悩むのも無理はない。ティーナよ、実はこやつ、あっちでユーリヤに、人生ぅを?……うわぁヤメ……モガフガ!」
僕は、今までの記録を確実に塗り替えたはずの電光石火の早業で、オベロンを空中で掴み取り、その口元を塞いだ。
そしてティーナさんに背中を向けつつ、オベロンを小声で脅してみた。
「お前、それ以上喋ったらどうなるか、分かるよな?」
「モガ~~!」
オベロンが涙目で何か抗議してくる中、背後からティーナさんが、何故か猫撫で声で問いかけてきた。
「Takashi、Yulyaがどうしたのかなぁ?」
僕はこれ以上無い位の笑顔で振り向いた。
「どうもしてないよ!」
「じゃあ、どうしてOBERONを取り押さえたのかなぁ?」
「それはこいつが色々勘違いしているみたいだから、お互いの見解の一致を……」
そして僕は手の中のオベロンに囁いた。
「いいな? ユーリヤさんがどうとか、エレンがどうとか、絶対に喋るなよ? 勝手に喋ったら、むしるの、羽根だけで済まなくなるからな?」
「モガモガ~~!?」
背後から再びティーナさんの猫撫で声が聞こえてきた。
「それで、お二人の見解は一致したのかしら?」
僕はオベロンの口元を押さえていた手を外して、もう一度オベロンに囁いた。
「喋ったら、お前が地球で楽しんでいる最高の瞬間見計らって、【異世界転移】するからな?」
「おぬし、なんという恐ろしい事を……」
僕はオベロンを放してやった。
僕から離れた位置までふわふわ移動したオベロンの姿が、揺らめきながら消えていった。
どうやら、光学迷彩機能を使用したらしい。
ティーナさんが、オベロンがいると思われる空間に向かって、声を掛けた。
「精霊王サマ、あっちで何があったのか、あなたを楽しい夢の国に案内してあげたくて仕方がなくなっている地球人に教えてもらえるかしら?」
「ゆ、夢の国じゃと?」
「楽しいわよぉ~? 爽快なattractionにきらびやかなparade。それに美味しい料理と素敵なshowも。極上の贅沢が、心行くまで堪能出来る場所よ」
「おぉ……なんと! そんな場所が有るのか?」
「ティーナ!」
僕は二人の会話に割り込んだ。
「後30分程で、一度あっちに戻らないといけないんだ。だからまずは相談しておかないといけない大事な用件から片付けよう」
ティーナさんがおどけた雰囲気で言葉を返してきた。
「仕方ないわね。今朝はこれ位にしておいてあげるわ。それで、相談しておかないといけない大事な用件って?」
「実は、僕達の仲間に入れようかどうか迷っている人物がいてね」
「その話、もう少し詳しく聞かせて」
僕の話を聞いたティーナさんの目がすっと細くなった。




