54.F級の僕は、アリアの機嫌を取る
5月18日 月曜日2
「ドルムさん、少しご提案したい事があるのですが」
黒の森が前方に見えて来た時点で、僕は、一緒の馬車に乗るドルムさんに話しかけた。
ちなみに、今僕が乗っている馬車の中にいるのは、馬車を操る御者を除けば、僕、アリア、ノエミちゃん、それにドルムさんの4人だ。
カイス達は、他の馬車に乗っており、この場にはいない。
カイスが僕の提案を聞けば、きっと茶々を入れて来る。
そう思った僕は、今日出発する際に、ドルムさんとの同乗をお願いし、こうして僕の提案をゆっくり聞いてもらえる機会を作ったのだ。
ノエミちゃんには、事前に僕の計画を説明してあった。
彼女は、今回は、馬車でお留守番の予定だ。
「なんでしょう?」
「今から、黒の森に入るんですよね?」
「そうです。いよいよです。護衛の方、宜しく頼みますよ」
「その事なんですが、1時間程、時間を頂けないですか?」
「と、申されますと?」
「事前に、進路上のモンスターを僕とアリアの二人で掃討しようと思うのですが」
「ほう……」
ドルムさんは、少し目を細めて、僕等を値踏みするような視線を向けて来た。
「自信がおありなんですね?」
「自信と言う程でもないですが、事前にどんな敵がいるのかも、体感しておきたいですし」
「分かりました。こちらとしましても、進路上のモンスターを予め排除して頂けるのでしたら、助かります。ですが、カイスさん達は……」
言いかけて、ドルムさんが苦笑した。
アリアが、カイスとウマが合わない事を思い出してくれたようだ。
「カイスさん達には、ここに留まって頂きましょう。護衛の皆さんが全員、黒の森に入ってしまえば、このキャラバンが襲撃された時、守ってくれる方がいなくなってしまいますしね」
僕等のキャラバンに属する馬車4台は、黒の森の手前で停止した。
僕とアリアが、馬車を降りると、それに目ざとく気付いたらしいカイスが、乗っている馬車の小窓から顔を出した。
「愛しのアリア、どこか行くのかい?」
「ごめんなさい、カイス。お願いだから、女の子がこっそり馬車を降りる理由、いちいち詮索しないでくれるかしら?」
「これは、僕としたことが。失礼した!」
カイスが、慌てて顔を引っ込めた。
恐らく、アリアが、用を足しに行く、と誤解したのであろう。
というか、アリアが誤解させたのかな?
うん、なかなかナイスな切り返しだ。
僕もアリアと一緒に降りたんだけど、多分、男の僕の事なんかは、眼中に無かったのだろう。
ともかく、これでゆっくり、アリアのレベル上げを手伝える。
僕は、黒の森に入り、馬車から死角になっている木の影で、インベントリを呼び出した。
今、僕の装備は、武器が鋼鉄の剣、鎧が銀の鎖帷子だ。
その装備を、武器は魔族の小剣、鎧はエレンの衣に変更した。
一応、神樹の雫も10本取り出して、腰のベルトに差した。
僕の格好を見たアリアが、怪訝そうな顔になった。
「タカシ、そのローブ……?」
そっか、アリアは、僕のこの格好を見るのは、初めてだった。
「これも、ちょっと内緒にしておいて欲しいんだけど、エレンに貰ったんだ」
「やっぱり……」
アリアが、なぜか急に不機嫌になってしまった。
「えっと、アリア?」
「なんか、あのエレンって魔族の子とすっかり仲良しなんだね」
「そんな事無いよ」
「だって、そのローブ、あいつが着てたのとそっくりじゃない」
う~ん、アリアの前でこの格好をするのは、まずかったかな?
でも、黒の森、どんなモンスターと遭遇するか、まだ不明だ。
だから、一応、今持ってる中で、最強の武器と防具は装備したい。
「アリア、ごめんね。でも、この格好が、今の僕にとっては、一番良い装備になるんだ」
話しながら、僕は少し不思議な気持ちになった。
アリアは、なぜ不機嫌になったのだろう?
まさか、嫉妬?
なわけないか……
まあ、アリアは、ノエミちゃん程では無いけれども、エレンの事を嫌っていた。
エレンを連想させるこの格好が、アリアを少し不愉快にさせたのだろう。
「アールヴ神樹王国に着いたら、美味しい物でも奢るからさ。機嫌治してよ」
アリアは、少し難しい顔をしていたが、やがてふっと息を吐いた。
「いいわ、それで丸め込まれておいてあげる」
「別に丸め込んでるつもりじゃ……」
「さ、早くしないと、時間が勿体ないよ?」
「う、うん」
気を取り直した僕等は、黒の森の街道を慎重に進んで行った。
5分程歩くと、行く手に、巨大なクマのようなモンスターが出現した。
―――ウオオオ!
巨大グマは、立ち上がり、こちらを威嚇してきた。
3mを超えるその巨体を目にしたアリアの顔が、引きつった。
「グリズリーよ!」
「レベルは?」
「確か、39」
「ここは、僕に任せて」
僕は、アリアを庇うように、前に出た。
そして、心の中で【威圧】の発動を念じながら、グリズリーに呼びかけた。
「おい!」
―――ピロン!
【威圧】が発動しました。グリズリーは、【恐怖】しています。
残り120秒……
さっきまで威勢が良かったグリズリーが、いきなり怯えたような表情のまま、ブルブル震え出した。
見た目が、ただの大きなクマな分、若干可哀そうになってきた。
アリアが怪訝そうな顔でたずねてきた。
「何が起こったの?」
「【威圧】っていうスキルを使ったんだ。しばらく動けないはずだから、今のうちに倒しちゃおう」
僕は、グリズリーにつかつか近付いて、その身体を、死なない程度に魔族の剣で斬り裂いた。
盛大に血飛沫が上がるが、【恐怖】のためか、グリズリーは、悲鳴も上げずにただ震えている。
僕は、アリアに合図した。
「アリア、思いっきり、攻撃して」
「分かった」
アリアは、背負っていた弓を手に取ると、矢を番えた。
そして、至近距離から、グリズリーに向けて矢を放った。
1本、2本、3本……
7本目の矢がグリズリーに突き立った瞬間、グリズリーが、光の粒子となって消滅した。
―――ピロン♪
「えっ?」
僕が、倒したわけではなかったのに、ポップアップが立ち上がった。
アリアが、グリズリーを倒しました。
戦闘支援により、経験値327,600を獲得しました。
へ~、戦闘を手伝っても経験値入るんだ。
そんなにたくさんは貰えないみたいだけど、支援で獲得出来る経験値って、どんな仕組みになってるんだろう?
チラッとアリアの方を見ると、グリズリーが消えた場所を見つめたまま、固まっていた。
僕は、アリアに声を掛けてみた。
「アリア?」
アリアは、ハッとしたように顔を上げると、呆然としたように呟いた。
「レベル……上がった」
「おめでとう! レベルどれだけ上がったの?」
「19になった……」
「凄いじゃない」
「う、うん……」
レベルが上がった、という割には、なぜかアリアは、浮かない顔をしている。
僕は、おずおずと聞いてみた。
「レベル上がって、何かまずい事あった?」
「ううん、まずくはないよ。だけど……」
「だけど?」
「だけど、私、1年かかって、ようやくレベル10になったんだよ? それが、タカシに手伝って貰って、動かないクマに矢を7本打ち込んだらレベル19って……」
なるほど、アリア的には、あんまり簡単にレベルが上がるのも、自分の今までの苦労が否定されるみたいで、複雑な気持ちなのだろう。
「まあいいじゃない。元々、アリア、僕がレベル上がったら、色々楽させて貰おうって言ってたし」
「それは、そうだけど、こんなに早く楽する事になるなんて……」
「とりあえず、他のモンスターとも戦ってみよう」
「そうね」
気持ちを切り替えたらしいアリアと僕は、その後も、街道沿いを歩き、出没するモンスターを同じ要領で倒していった。
黒の森の外縁部にあたるこの近辺で遭遇したのは、全て動物系のモンスターであった。
そして、その全てに対して、面白いように僕の【威圧】が決まった。
相手が動物系だから効きやすいのかな?
結局、1時間ほどで、僕等は、グリズリー4頭、レッドウルフ6頭、モニターリザード3頭を倒した。
そして、アリアのレベルは、26まで上がった。
最初こそ、レベルの上がり方に納得がいかない感じだったアリアも、最後の方は、素直にレベルが上がると笑顔を見せるようになった。
「そろそろ戻ろうか」
「うん、ありがとうタカシ。やっぱり、タカシと冒険していて良かった」
「そう言って貰えると、僕も嬉しいよ」
「このまま、レベル100目指すぞ~!」
「アリアならいける!」
談笑しながら、僕等は、ドルムさん達のキャラバンが待つ場所へと戻って行った。