表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

538/694

538.F級の僕はユーリヤさんに、皇帝陛下の居室での出来事を説明する


6月20日 土曜日32



話が一段落ついた所で、僕は改めて、エレンとユーリヤさんが転移であの場を去った後の出来事について説明した。

皇帝陛下は無事解呪出来た事。

見た感じ、体力は落ちてはいそうだったけれど、声には力があり、後遺症も無さそうな雰囲気だった事。

皇帝陛下に事情――と言っても、僕一人で解呪したって説明だけど――を説明していたところ、ニヌルタが近衛兵達を引き連れて乱入して来た事。

ニヌルタが、ユーリヤ様に皇帝陛下を呪詛で冒した嫌疑が掛かっている、と発言した事。

その根拠の一つとして、ユーリヤさんが皇帝陛下に贈ったティーカップが、帝国内に持ち込まれた後、呪具に変えられていたらしい事。

ユーリヤさんが、雇い入れた冒険者である僕を送り込み、皇帝陛下を……


「待って下さい!」


ユーリヤさんが、僕の話を(さえぎ)ってきた。


「ニヌルタはあなたの事を、私が雇った冒険者だ、と断言したのですか?」


僕は(うなず)いた。


「最初はハッタリかとも思ったのですが、彼が言うには、宮廷特務による内偵で確かめた、と」

「宮廷特務の内偵……」


ユーリヤさんが、何かをじっと考え込む素振りを見せた。


「……ユーリヤさん?」


彼女は僕の声掛けに、ハッとしたように顔を上げた。


「何か気になる点でも?」

「妙ですね……」

「妙、とは?」


ユーリヤさんが首を傾げながら、言葉を返してきた。


「私が初めてタカシさんとお会いしたのは、10日前、あの解放者(リデルタティス)達による襲撃の時です」


あの日の出来事(第290話)が、脳裏に鮮明に(よみがえ)ってきた。

ゴルジェイさんの軍営を辞した僕達は、その夜宿泊予定だったチャゴダ村に向かう途中、“偶然”、ユーリヤさん達が襲撃を受けている現場に行き会ったのだ。


僕の感慨を他所に、ユーリヤさんが言葉を続けた。


「あの時、私達はまだ属州モエシアを潜行(※気付かれないように移動する事)している最中でした。もちろん、完全とは言えないですが、叔父(ゴーリキー)の息のかかった者達に気付かれてはいなかったはずです。それにもし万一、あの時私達が出会ったという事実を、宮廷特務に把握されてしまっていたとしても、時間的に矛盾が生じます」

「矛盾?」

「あの場所から帝都までは、昼夜兼行で早馬を飛ばしたとしても、10日以上は確実に掛かるはずです。転移能力者でも無い限り、現時点で私とタカシさんがこうして出会っている事を、帝城内の人間が知っているのはおかしいです」

「ですが、ニヌルタは転移能力を持っていますよね?」


僕の言葉を聞いたユーリヤさんが、大きく目を見開いた。


「ニヌルタが? 転移能力を持っている? それは本当ですか!?」


あれ?

宮廷魔導士長であるニヌルタの転移能力、ユーリヤさんは知らなかった?


「ええ。彼は確か転移能力を持っているはずです。ですからここからは僕の推測ですが、自分か、宮廷特務の誰かを僕達の近くに転移させて……」


僕の言葉が終わるのを待つ事無く、ユーリヤさんが声を上げた。


「タカシさん! それはニヌルタ自身が、そう口にした、という事ですか?」


そう言えば、ニヌルタ自身の口から転移云々(うんぬん)という言葉は出てはいなかったっけ?


「ですが、彼が転移能力を持っている事は確実です。なぜなら……」


言いかけて、僕は言葉を途中で飲み込んでしまった。

僕がなぜ、ニヌルタが転移能力を持っている事を知っているのか。

それはひとえに、あの世界(第441話)で、あいつ(ニヌルタ)がイヴァンと交わしていた会話を直接この耳で聞き、あいつがメルを転移で連れ去ったのを、直接この目で確認したからだ。

しかしそれを告げる事は、あの世界で僕が何を体験させられたのか、言い換えれば、帝国の将軍が、帝国の掲げる正義の旗の下、いかなる蛮行を働いたのか、帝国の皇太女であるユーリヤさんに告げなければいけない事を意味する。

そして僕はまだ、そのための心の準備は出来ていない。


……そう言えば、こっちに戻ってきた後、どこかで誰かがニヌルタの転移能力に触れていなかったか?


しかしその記憶は、なぜか(かすみ)の向こうで曖昧だ。


急に押し黙ってしまった僕に違和感を抱いたらしいユーリヤさんが、顔を寄せてきた。


「タカシさん?」

「は、はい?」


僕は思わず彼女から少し距離を取った。

ユーリヤさんが束の間、怪訝そうな表情を浮かべた後、問いかけてきた。


「タカシさんは、ニヌルタが転移能力を持っているという事を、いつ、どうやって知ったのですか?」

「それは……確か誰かが……」

「タカシさん、これは今後の私達の計画の成否を握る、重要な質問です」


ユーリヤさんが、僕の顔を覗き込んできた。

彼女の顔はいつになく真剣だった。


「答えにくいのであれば、いつどうやって、については話して頂かなくても結構です。ですがこれだけは確認させて下さい。ニヌルタが転移能力を持っているというのは、タカシさん自身でも確認が取れている、確実な話なのでしょうか?」


僕は目を閉じてゆっくりと深呼吸した。

そしてざわついていた心が落ち着くのを待ってから、再び目を開いた。


「はい。ニヌルタが転移する場面をこの目で確認しました」

「それで……ニヌルタ、或いは彼に(くみ)する者達は、あなたがその事実を知っている事を把握していますか?」


再度思い返してみたけれど、皇帝陛下の居室で対峙した時、ニヌルタの口から“転移能力”についての話は出なかったはず。


「多分、把握してはいないと思います」


心なしか、ユーリヤさんがホッとしたような顔になった。

しかしすぐに表情を引き締めると口を開いた。


「分かりました。ですが今後の私達の計画の進め方、根本的に見直さないといけないかもしれませんね」

「……それはニヌルタが転移能力を持っているという事実を前提に、計画を練り直すという理解で正しいですか?」


ユーリヤさんが(うなず)いた。


「そうです。恐らく彼の転移能力については、“敵”が意図的に、少なくとも私には知られないように、隠している可能性が有ります。ちょうど私達が、クリスさんやエレンさんの転移能力について、他の方々に伏せているように」


なるほど。

転移能力は。距離と時間の制約を無視した移動を可能にする。

それは転移能力を保持している側は、保持していない側に対して、大きなアドバンテージを得られる事を意味する。


ユーリヤさんが、僕に視線を向けたまま。言葉を続けた。


「タカシさん、ニヌルタが転移能力を持っているという話、他の誰かに伝えたりされましたか?」


僕は首を横に振った。


「ニヌルタの転移能力について僕が口にするのは、今日、この場所が最初ですよ」

「ではそのまま、ここだけの話にしておいて下さい。他のお仲間の方々に今後伝えるかどうかは、私に判断させてもらえないでしょうか?」

「分かりました。ユーリヤさんにお任せします」


元々、僕の立ち位置は、ユーリヤさんの盟友だ。

計画を立て、運命を切り開こうとするユーリヤさんこそが、こうした問題において最終判断を下すのは、(むし)ろ当然の話とも言える。


彼女が微笑んだ。


「ありがとうございます。それと、もう一つお願いがあるのですが……」

「どんなお願いですか?」


ユーリヤさんは、一度エレンにチラッと視線を向けてから、再び僕に声を掛けてきた。


「エレンさんに、ここに留まって、一緒に行動してもらえないか、お願いして頂けないですか?」

「エレンに?」


もしかして……?


「“敵”の転移能力に対する対策、としてでしょうか?」

「そうです」


僕はエレンに視線を向けた。


「エレン、もしここに留まって、一緒にユーリヤさんを手助けして欲しいって言ったらどうする?」

「あなたの願いを叶えるのが私の喜び。あなたが望むのなら、私は喜んでここに留まる。ただ……」


エレンが少し口ごもった。


「どうしたの?」


僕の問い掛けに、エレンが言いにくそうに言葉を返してきた。


「魔族は帝国では明確に敵対種族だと聞いている。私がここに留まる事は、かえって、ユーリヤに不利に働くのでは?」

「それなら、精霊の力で見た目を変えればいいんじゃないかな?」


州都モエシアの地下で、総督のヴォルコフ卿と対面した時、彼女は精霊の力で人間(ヒューマン)の冒険者に擬装していた。

ところが、エレンの顔が曇った。


「私は精霊の力を使って、見た目を変える事は出来ない」

「え? だって、この前……」

「州都モエシアの地下での事なら、精霊の力を使用したのは光の巫女」


その言葉を聞いたユーリヤさんが驚愕したような声を上げた。


「待って下さい! 今、聞き間違いでなければ、“光の巫女”という単語が聞こえた気がしたのですが……?」


……そういやノエミちゃんの事は、ユーリヤさんには伝えない(第461話)つもりだったのに……



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ