534.F級の僕は、ニヌルタに拘束され、オベロンに助けてもらう
6月20日 土曜日28
「違う! ユーリヤさんはっ……!」
ニヌルタのあまりに一方的な決めつけに、僕は思わず声を上げてしまった。
しかしニヌルタが、耳聡く僕の言葉尻を捉えてきた。
「違う? ユーリヤ様がどう違うというのだ?」
「ユーリヤさんは……」
言いかけて……僕は慌てて口を閉ざした。
今ここでユーリヤさんの立場を僕が説明してしまえば、それこそ何のためにわざわざユーリヤさんをエレンに連れて帰って貰ったのか、意味が無くなってしまう、
僕は心を落ち着けながら再び口を開いた。
「……皇太女殿下は、私が皇帝陛下の呪詛を解いた事とは無関係だ、という事をお話したかっただけです」
「しかし今、お前は“ユーリヤさん”等と親し気に口にしていたではないか? お前がユーリヤ様に雇われた冒険者であり、その意を受けて行動しているという事実は、素直に認めてはどうだ?」
僕はチラッと皇帝陛下の様子を確認してみた。
彼は険しい表情をしたまま、ただじっと、僕達の会話に耳を傾けているように見えた。
どうしようか?
少なくともここでこれ以上、ニヌルタからの追及を受け続けない方が良い気がする。
喋れば喋るほど、色々ボロが出てしまうかもしれない。
皇帝陛下を救命するという当初の目的も達成された今、ここは出来るだけ速やかにこの場を立ち去った方が良いだろう。
僕は皇帝陛下に向き直った。
「陛下、詳しい事情に関しましては、後日改めて参内させて頂きまして、必ずご説明させて頂きます」
そしてスキルを発動した。
「【隠密】……」
たちまち周囲の人々の知覚の網から、自分の存在だけが抜け落ちたのを感じ取れた。
僕はそのまま部屋の入り口に向かい、戸口に立つニヌルタの傍をすり抜けようとして……
いきなり身動きが取れなくなった。
頭上から勝ち誇ったようなニヌルタの声が浴びせられた。
「この私から、このまま逃げられるとでも思ったのか?」
もしやニヌルタが【隠密】状態の僕を、魔力か何かで拘束している!?
何とかこの場を離れようとしたけれど、指先一つ動かす事が出来ない。
おまけにどうやら声も出せなくなっている。
そしてなぜか、【隠密】状態も勝手に解除されてしまった。
再びニヌルタが声を上げた。
「この男を拘束せよ!」
周囲から、兵士達が僕に飛び掛かって来た。
身動きが出来ないまま床に引き倒され、手足に魔道具と思われる枷を嵌められながらも、僕は一生懸命、打開策を考えた。
【影】を呼び出して、兵士達とニヌルタを排除……ダメだ。
例えスキルを封じられてはいなかったとしても、病み上がりの皇帝陛下の居室の中で大立ち回りなんかして、巻き込まれた皇帝陛下に万が一があったら、ユーリヤさんに合わせる顔が無い。
念話でエレンを呼ぶ……のもダメ。
外見が魔族の彼女が、“僕を助けに”ここへ転移して来たら、例えこの場を脱出出来ても、皇帝陛下に与える印象は最悪になるだろう。
右耳に装着してある『二人の想い(右)』を使って、クリスさんに相談……これもダメ。
事情も分からず、帝城内に転移経験の無い彼女を巻き込んでも、すぐにはこの窮地を切り抜けられないだろう。
だからと言って、このまま大人しく捕まる……のも得策とは言えないだろう。
それこそニヌルタの思惑通りだし、こっちでもあっちでも忙しい僕には、牢屋の中で悠長に過ごしている時間は……
ん?
まてよ?
僕はスキルの発動を試みた。
「【異世界転移】……」
―――ピロン♪
地球に戻りますか?
▷YES
NO
幸いと言うべきか、スキルは封じられていないらしい。
ならば……
僕は▷YESを選択した。
視界が切り替わり、ニヌルタや兵士達の姿は消え去っていた。
そして僕は、窓から僅かに差し込む街灯の灯りに照らされた、地球のボロアパートの部屋の中に戻ってきていた。
とりあえず一息ついて……
しかし相変わらず、指先一本動かす事が出来ない。
ニヌルタによるものと思われる“魔力による拘束?”がまだ継続している?
それとも、兵士達が僕の手足に嵌めた“枷”が、僕の自由を奪っている?
とにかく僕は今、自分の部屋の畳の上で、腰を少し曲げた姿勢のまま、横倒しになっていた。
どうしよう?
これって、時間経過で何ともならなかったら、もしかしてずっとこのまま?
焦りが心の中で膨らみかけた所で、見覚えのある奴の姿が視界に入って来た。
薄暗がりの中、ほんのり燐光を発するオベロンがふわふわ浮いていた。
どうやら今回も、こいつは僕と一緒に【異世界転移】して地球に付いてきたらしい。
彼女がそのまま問い掛けてきた。
「なんじゃ、いきなり【異世界転移】しおって。おぬし、ユーリヤと逢引しておったのでは無かったのか?」
しかし声が出せない僕は、当然ながら彼女に言葉を返せない。
オベロンがそのまま近付いて来た。
「ん? 何をしておるのじゃ?」
「……」
「おぬし……魔力によって声と行動を封じられておるな?」
「……」
「それにその手足の拘束具……」
「……」
「はは~ん、さては……」
反応を返せない僕の様子に、オベロンが何かを得心したような雰囲気になった。
こいつ、時々異様に頭の回転速いからな。
そのまま正解に辿り着いてくれ。
そしてついでに助けてくれ。
オベロンの事が、少しだけ頼り甲斐のある奴に思えてきた所で、彼女が予想の斜め上を行く言葉を発した。
「そういう“ぷれい”の一環じゃな?」
なんだよ、プレイって。
こいつは絶対、激しく何か勘違いしている!
しかしそんな僕の心の声は届いていないらしいオベロンが、そのまま言葉を続けた。
「あれからユーリヤが一度部屋に戻って来て、ララノアになにやら神妙な面持ちで、今度必ずあなたとタカシさんを二人っきりで過ごさせてあげるから、今夜は私に譲って下さい等と話しておったのが聞こえたから、妾も気を利かせて席を外してやったというのに、少し目を離すとこのザマじゃ」
別に知りたくも無かったユーリヤさんとララノアの“お話”の内容はともかく、頼むから今、僕が置かれている本当の状況に気付いてくれ!
「まあ、おぬし達二人の趣味にいちいち口は出さぬつもりじゃったが、さすがにこれはやり過ぎであろう。というか、ユーリヤがやったんじゃろうが……という事は、あの女子、あんな可愛い顔して、結構エグイ性癖を持っておる、という事じゃな!」
ダメだ。
こいつに少しでも期待した僕が馬鹿だった。
「じゃがおぬし、途中で【異世界転移】したところを見ると、さすがに少々キツくて逃げ出して来た、と言うところじゃな?」
どうやらこいつの脳内風景では、ユーリヤさんは別の意味で“女王様”にされているに違いない。
「仕方ないのう。今回は特別にその縛め、妾が解いてやろう。これに懲りたら、事前に“ぷれい”の内容はよく吟味するのじゃぞ」
オベロンが僕に向かって、両の手の平を突き出してきた。
その瞬間、僕の手足の枷は消滅し、僕は完全な自由を取り戻していた。
僕は素早く起き上がると、オベロンを素早く右手で掴み取った。
「こりゃ! いきなり何をするんじゃ!?」
「一応、礼は言っておく。助かった、ありがとう。だけどそれ以外は全くダメだ」
「感謝かけなすかどっちかにせい! あ、違った。おぬしを助けてやった妾を相手に、ダメ出しとは何事じゃ!?」
「いいか? ユーリヤさんの名誉の為にも話しておくけど、僕を魔力で拘束したのはユーリヤさんじゃない!」
「じゃあなんでユーリヤと逢引しておったはずのおぬしが、魔力で拘束された状態で【異世界転移】する事になったのじゃ?」
「それは……」
僕はオベロンを手の中から解放してから、【異世界転移】する事になった本当の事情について説明した。
話を聞き終えたオベロンが、やれやれといった雰囲気になった。
「なんじゃおぬし、妾の知らぬ間に、またそんな七面倒臭い事に首を突っ込んでおったか」




