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532.F級の僕は、皇帝陛下と言葉を交わす


6月20日 土曜日26



エレンとユーリヤさんが転移で去って行った直後、皇帝陛下が軽く(うめ)き声を上げながら目を開けた。

彼は自分の背を左手で支えている僕に視線を向けて来た。

状況がまだよく飲み込めていないのであろう。

彼はしばらく呆然とした雰囲気だったけれど、やがて口を開いた。


「そなたは……何者だ?」


僕は皇帝陛下の背中に回していた手をそっと外した。

そして少し下がって、この国の作法に従った臣礼を取った。


「お初にお目にかかります。私は冒険者のタカシと申す者です。偶然、陛下が呪詛に冒されている事に気付きましたので、勝手ながら解呪させて頂いた所で御座います」


伏せた顔の下からそっと皇帝陛下の様子を(うかが)ってみると、彼は大きく目を見開いていた。


「予が……呪詛?」

「はい。陛下は1ヶ月以上前……」


言いかけた所で、背後の扉がいきなり開け放たれた。


「侵入者を捕えよ!」

「陛下をお護りするのだ!」


振り返ると、初めて見る様式の、しかし規格化された感じの金色に輝く甲冑に身を固め、剣を手にした兵士達が数名、居室の中に雪崩(なだ)れ込んでくるところだった。

兵士の一人が、有無を言わせず僕に斬りかかって来た。

しかし……



―――キン!



兵士の攻撃は、僕が右腕に()めている『エレンの腕輪』による効果で、自動的に防御された。

僕は立ち上がった。

そして改めて説明しようとして、そのまま固まってしまった。

居室の入り口方向、兵士達の向こう側に、壮麗なローブを身に纏い、フードを目深に(かぶ)った痩せぎすの男が一人立っていた。

口元しか見えないはずのその男の名前を、僕は何故か言い当てる事が出来た。


「……ニヌルタ……」


どうしてこの男の事を忘れていたのだろう?

あの時(第441話)、メルが魔力を持っておらず、しかしイヴァン将軍と違って魔力は普通に通じる事を、彼女をおもちゃのように扱う事で確認し、彼女に(かせ)()めて連れ去ったのは、この男だったというのにっ!


ニヌルタの口元が動いた。


「おや? お前とは初対面のはずだが……」


しかしすぐに兵士達に指示を出した。


「そいつを捕えよ!」


兵士達が一斉に飛び掛かって来た。

僕が彼等を(かわ)すのと殆ど同じタイミングで、凛とした強い声が響き渡った。


「静まれ! 予の居室で勝手は許さぬ!」


声を発したのは、ベッドの上で上半身を起こしている皇帝陛下であった。

痩せ衰えたその身体とは裏腹に、彼の声には力が有った。

その声に気圧(けお)されたかのように、兵士達が一斉に武器を伏せ、臣礼を取った。

しかしニヌルタは一人、神妙な面持ちで立ち尽くしている。

皇帝陛下が、ニヌルタに問い掛けた。


「ニヌルタ。状況を説明せよ」


ニヌルタは一度、(うやうや)しく腰を曲げた後、口を開いた。


「療養なさってらっしゃった陛下の居室に侵入者を感知しましたので、こうして近衛を率いて駆け付けたところで御座います」

「侵入者とは、そこの冒険者の事か?」

「は! その男が陛下に自分の素性をどう説明したのかは存じませぬが、事実としまして、陛下をお護りするための結界を強引に突破し、陛下を再び害し(たてまつ)らんと企てていたのは明白で御座います」

「予を? 害する?」

「は!」


皇帝陛下が僕の方に視線を向けて来た。


「そなたはどうやってここへ来た?」


僕は兵士達から少し離れた場所、壁際に移動してから再度臣礼を取った。


「帝城内に転移してきた後、居室の入り口に張られていた結界を解除して、こうして陛下のお傍までやって参りました」


皇帝陛下がニヤリと笑った。


「タカシと申したか。中々面白い事を申すな。そなたの言葉通りならば、予は帝国法に照らして、聖域への不法侵入、皇帝に対する不敬その他の罪状で、そなたの捕縛を命じなければならなくなるぞ?」

「ですが全ては、陛下を冒していた呪詛を解くために必要な行動でした」

「ニヌルタ」


皇帝陛下が僕に視線を向けたまま、言葉を続けた。


「聞いての通り、この冒険者によると、予は呪詛に冒されていたそうだ。そして予を解呪してくれたという。しかし卿の話では、予が冒されていたのは治療が極めて困難な奇病では無かったのか?」


ニヌルタが(うやうや)しく答えた。


「実は陛下の身を冒していたのは、正しく呪詛で御座いました」


皇帝陛下がニヌルタに顔を向けた。


「なぜ奇病であると偽った?」

「全ては陛下の為、ひいては帝国の御為、皆で協議した結果で御座います」

「どういう事だ?」

「陛下を冒していたのは、今まで知られていなかった全く新しいタイプの呪詛で御座いました。そして術式の解析の結果、解放者(リベルタティス)共の関与が強く疑われたのです」

解放者(リベルタティス)だと?」

「はい。やつらが関与している以上、我等人間(ヒューマン)のみの力では解呪不能。ですがそれをそのまま陛下にお伝えするよりは、奇病であるとお伝えした方が、もしかすれば治療法が見出(みいだ)されるかもしれない、との希望をお持ち頂く事が出来るかと」


皇帝陛下は再び僕に視線を向けて来た。


「タカシと申したな。そなたは人間(ヒューマン)か?」


床に片膝をついたまま、僕は言葉を返した。


「立ち上がっても宜しいでしょうか?」

「良い。許す」


僕は立ち上がった。

ちなみに今の僕の格好は、上は茶色の長袖Tシャツ、下は灰色の綿パンだ。

元々誰かと戦うつもりでここへ来たわけではないから、エレンの腕輪は身に着けているけれど、ヴェノムの小剣(風)も、エレンの衣も全てインベントリに収めてある。

僕はそのまま、両手を広げて見せた。


「自分としては、人間(ヒューマン)のつもりです。(あと)は陛下御自身の目でお確かめ下さい」


その時、ニヌルタが声を上げた。


「陛下! 人モドキ共の中には、異能や魔道具等を用いて外見を(いつわ)る事が出来る者もおりますぞ」

「どういう事だ?」

「つまり見た目だけでは、その男が人間(ヒューマン)かどうかは判断出来ないと申し上げているのです。それに……」


ニヌルタは僕をチラッと見てから言葉を続けた。


「その男自ら、自分が転移魔法を使用し、帝国の魔導士や司祭達、さらには不肖この私、それに総主教ですら解く事の出来なかった呪詛を解いたと申しておりました。そのような事が成せる者が、果たして本当に人間(ヒューマン)であるかどうか……」

「しかし事実として、予はこうして恢復した。それにこの冒険者は今、予の下問にも真摯に答えておる。この者の素性は、正規の手続きに(のっと)り、身分証その他で確認出来るのではないか?」


そして皇帝陛下は僕に顔を向けた。


「タカシよ。冒険者の身でありながら予をあの地獄の苦しみから救ってくれた事、心から感謝するぞ。ついては今夜は城内に逗留し、明朝改めて謁見の場を……」

「お待ち下さい!」


ニヌルタが皇帝陛下の言葉を(さえぎ)った。


「陛下が療養中に、実は大変申し上げにくい事態が発生しておりまして……」

「申してみよ」


皇帝陛下に促されてニヌルタが口にしたのは、あの“エレシュキガル”の幻影(第306話)の話だった。

僕の中では一段落ついたその話も、当然ながら詳細が届いていないであろうこの地では、現在進行形の話と受け止められているようであった。


話を聞き終えた皇帝陛下は、ベッドから起き上がろうとして、ふらついた。

慌てた感じで近くにいた兵士の一人が、彼の身体を支えた。


「陛下は1ヶ月以上、療養なさっていたのです。どうか今夜はこのままお休み頂きまして、お身体の回復に専念なさって下さい」


兵士達の必死の説得を受けて、皇帝陛下はベッドから完全に起き上がるのは諦めたようであった。

しかしすぐに、ニヌルタに声を掛けた。


「では、帝国英雄(イヴァン)摂政(ゴーリキー)、それに総主教をここへ呼べ。それと、ユーリヤも戻って来ているのであろう? 皇太女(ユーリヤ)もここへ呼ぶのだ。まだ立ち上がれずとも、口くらいはこうして動かす事は出来る」

(ただ)ちに手配を……と申し上げたき所では御座いますが、ユーリヤ様はまだこちらにお戻りにはなっておりません」

「まだ戻っていない? 何故だ? 予は1ヶ月前、倒れた直後に皇太女(ユーリヤ)を帝城に召還するよう、命じたはずだが」

「ゴーリキー様の御計らいで、一旦、その命令書は留め置かせて頂いております」

「理由を申せ」

「大変申し上げにくい事なのですが……」


ニヌルタが、本当に言いにくそうな雰囲気で言葉を継いだ。


「ユーリヤ様には現在、陛下を呪詛で冒した件に関しまして、嫌疑が掛けられております」

「なんだと?」

「そんな馬鹿な!」


奇しくも皇帝陛下と僕の驚く声が重なった。




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