525.F級の僕は、オベロンが鈴木に関して懸念を示すのを聞く
6月20日 土曜日19
「オベロン……」
「遅い!」
浴室の扉を開けると、案の定、オベロンはふわふわ浮いたまま、むくれていた。
服――と言っても、最初に会った時に身に着けていた、あの灰褐色の簡素な貫頭衣だけど――を着ているところを見ると、無事、身体は洗い終えたらしい。
「妾の一張羅が湿気てしまったらどうしてくれる?」
え?
むくれているポイントって、そこ?
という感想は飲み込んで……
「あいつは帰ったから、こっちに出てきて大丈夫だぞ」
部屋の中、クーラーの吹き出し口の前で、ふわふわ浮きながら身体を乾かすオベロンに、僕は改めて鈴木について説明してやった。
話を聞き終えたオベロンが、僕に問い掛けてきた。
「つまり、あやつも仲間にするという事か?」
「まだ分からないけれどね」
鈴木の凄絶な、しかし現在進行形の物語を知ってしまった僕は、場合によってはイスディフイの事も含めて、全て説明しても良いかな、という気持ちに傾いている。
ただし本当に僕達の仲間としてあいつを迎えるのなら、ティーナさんや他の皆の意見も聞いてみたいわけで。
だから僕はとりあえず、明日、まずティーナさんを鈴木に引き合わせてみて、彼女の意見を聞いてみる事にしたのだ。
しかし、オベロンが珍しく難しい顔になった。
「むぅ……あやつは少々、危険かもしれぬぞ?」
「危険? どうして?」
鈴木はD級。
彼女の詳しいステータスやスキル等は知らないけれど、仮に魔法書なんかで強化しても、所謂“危険な存在”には成り得ないだろう。
それとも……
「あいつから、僕達の秘密が漏れるかもって事?」
「秘密?」
「だから、僕がイスディフイと地球とを行き来できる存在である事とか、レベルを上げてステータスを上昇させる事が出来る存在だ、とか」
「おぬしはエラくそういう事を気にしておるが、妾からすれば、そんな些事(※取るに足らない事)に拘るおぬしの方が、むしろ滑稽に見える位じゃ」
「なんだよ、それ」
「よく考えてもみよ。秘密が漏れて困るのなら、秘密がバレた時点で、それを知った者どもを全て殺せば解決……ウワァヤメ!」
僕はオベロンを空中で掴み取った。
「だからお前はその崩壊した倫理観をなんとかしろ!」
「なんでじゃ!? 妾の力をおぬしが使えば、向かう所敵無しじゃと言うのに!」
……まあいいや。
こいつのこの明後日方向に吹き飛んだ倫理観は、今に始まった事じゃないし。
僕はオベロンを解放してやった。
彼女は少し離れた場所まで、ふわふわ空中を移動した後、僕に右の人差し指を突き付けてきた。
「おぬし! 何度も言っておるが、いたいけな美少女を鷲掴み……」
オベロンの言葉に被せるように、僕は質問を投げかけた。
「つまり、さっきお前が口にした鈴木が危険かもっていうのは、彼女が秘密を漏らすかどうかとは無関係って事だよな?」
話の腰を折られた形になったオベロンは束の間、目を白黒させた後、言葉を返してきた。
「そうじゃぞ。そもそもおぬし程の強者に、漏らされて困るような秘密なんて物は存在せぬ、となぜ分からぬのじゃ?」
「それはいいから。で、話を戻すけど、だったらお前は鈴木のどこが危険かもって思ったんだ?」
「それは……」
オベロンが、僕の反応を窺うような素振りを見せた。
「話を聞く限り、鈴木とやらは、“力”に執着しておるのじゃろ?」
「まあ、そうだろうね……」
元々、鈴木が僕に関心を示したきっかけは、僕が彼女達に“力”を見せつけたからだ。
そして彼女が僕に付き纏っていたのも、僕が“力”をどうやって手に入れたかを探る為だった。
それはつまり、彼女が、彼女と家族に隷属を強いるB級の男から解放される唯一の手段は、男を上回る“力”を手に入れる事だけだ、と固く信じているらしい事も意味している訳で。
オベロンが静かに言葉を返してきた。
「何かに執着する者は、その何かを与えてくれる者に、簡単に魅了されてしまう可能性が有る」
「それはどういう意味だ?」
「言葉通りの意味じゃ。おぬしも知っておろう? 自らを浄化するべく切り離したはずの光が、結局は“力”の誘惑に負けて闇に呑まれかかった事を……」
それは500年前。
全てを失い、一度は闇に身を委ねる選択をしてしまった悲しい少女の物語。
しかし彼女は自らの意思の力で再び心に光を……ってあれ?
「おい、オベロン」
「なんじゃい」
「お前、500年前は何していたんだ?」
「そりゃ、精霊の鏡にだな……」
「封印されていた?」
「そうじゃ」
「だったら、なんでエレンの事情に、そんなに詳しいんだ? 最初に会った時、封印されているから外部の状況を把握するのに一苦労、とか言っていたよな? 500年前も同じじゃなかったのか?」
「そ、それはその……え~と……まあなんだ、あれだ、そう、ほ、他の精霊達から教えてもらったのじゃ!」
「精霊達から?」
「そうじゃ! 妾は始原の精霊にして、精霊達を統べる王じゃぞ? 当然、他の精霊達が得た知識も、我がものに出来るのじゃ!」
本当だろうか?
しかし、今の僕にはオベロンの言葉の真偽を確かめる術が無いのも、また事実だ。
「まあいいや。それで、エレンの話と鈴木とどう関係するんだ?」
オベロンの目がすっと細くなった。
「この世界、誰がこんな風に変えたのじゃ?」
「それは……エレシュキガルだろ?」
「そうじゃ。あやつは世界の壁を越えてこちら側に干渉出来る。実際、あやつはあちらの世界から、それも500年の時の壁すら超えて、おぬしに今の力を与える事が出来たのじゃ。そんなあやつが、鈴木のような力に執着し、渇望する者を見付けてしまったら……いや、待てよ?」
オベロンは、少しの間考える素振りを見せた後、ぶつぶつ独り言ち始めた。
「ならばこの際、鈴木を手元に置いて、監視するというのは……いや、むしろそっちの方が、都合が良いか? あやつが接触して来ようとしたら……そこに乗じて、逆に……いやしかし、あやつに隙を突かれれば、妾の方が……」
どうやら、完全に自分の世界に入り込んでいそうな彼女に、一応、声を掛けてみた。
「オベロン?」
「ほわっふ!?」
よほど驚いたのだろう。
彼女は空中で大きく仰け反った。
「おぬし! いたいけな美少女を驚かせて悦に入るというその性癖! なんとかせい!」
いや、そんな趣味持ち合わせてないし。
僕は少し苦笑しつつ、問いかけた。
「結局、お前としては、鈴木を仲間にするのはアリなのか?」
「……アリかどうかと聞かれれば、アリじゃ。どうせ鈴木は、今までもおぬしに付き纏っておったのじゃろう? であれば、仲間にして恩を着せとく方が、まだ御しやすいじゃろうて」
まあとにかく最終的にどうするかは、明日、鈴木をティーナさんに引き合わせてみてからだ。
話が一段落ついた所で、僕は当初の予定を完遂する事にした。
「それじゃあ僕はシャワー浴びて来るから、お前はテレビでも視て待っていろ」
30分後、身支度を整えた僕は、【異世界転移】のスキルを発動した。
「お帰り……なさい……ませ……」
トゥマのシードルさんの屋敷の中、僕に割り当てられた部屋に戻って来た時、部屋の中には一人、ララノアの姿だけが有った。
ここに【異世界転移】する直前、机の上の目覚まし時計は、午後10時03分を指していた。
という事は、ここは午後6時過ぎのはず。
「他の皆は?」
「ユーリヤ様と……ポメーラ様は……政庁……」
「そっか。夕ご飯は午後7時から、だったよね?」
「はい……」
「ララノアは、今日は一日、どうしていたの?」
「お部屋で……ご主人様のお帰りを……」
「どこか出掛けたり……」
言いかけて、僕は言葉を飲み込んだ。
彼女は奴隷だ。
主人である僕の“命令”無しで、勝手に散歩――例え気晴らしだとしても――に出たりは出来なかったのだろう。
と言う事は、彼女は丸一日、この部屋の中でたった一人……
急激に罪悪感が込み上げて来た。
思わず言葉が漏れる。
「ごめんね」
しかしララノアは小首を傾げて不思議そうな表情を返して来るのみ。
奴隷の彼女に、主人である僕が謝るという事の意味が分からないのだろう。
気を取り直した僕は、インベントリからT京旅行のガイドブックを取り出した。
表紙に描かれたT京タワーとスカイツリーのイラストを目にしたララノアが、心なしか身を乗り出してきた。
「夕ご飯までまだ時間あるからさ。コレ、見せてあげるよ」
僕の言葉を聞いたララノアの目が輝いた。
僕は彼女と並んでベッドに腰掛けた。
そしてT京旅行のガイドブックのページを捲りながら、彼女と取り留めの無いお喋りを楽しんだ。




