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524.F級の僕は、鈴木が歩んできた道を知る


6月20日 土曜日18



「なんでか分からないけど、お前について行ったら、あたしは必ず強くなれるって確信があるんだ。だから……頼むよぉ……」


大粒の涙を床にぽたぽた落としながら泣き始めた鈴木を前に、少なからず僕は慌ててしまった。


「お、おい……」

「あたしは……どうしても強くならないといけないんだ……だから……」


とりあえず、僕は手近のタオル――本当はさっき、僕が浴室で使う予定にしていたやつだ――を差し出した。

しかし鈴木はそれを受け取らず、しゃくりあげているだけ。

とりあえず、僕は少し優しい口調で問いかけてみた。


「なあ、お前、どうしてそんなに強さに(こだわ)るんだ? お前D級だろ? 前にも言った(第391話)けど、E級やF級と比べれば、十分強いじゃ無いか」

「そんなんじゃダメなんだよぉ。もっと強くならないと、皆を……守れないから……」

「守る? 守るって、誰を?」

「……」

「まあ、言いたくないなら聞かないよ」

「……話したら……」

「何?」


鈴木がガバっと顔を上げた。


「話したら、お前の仕事、手伝わせてくれるか?」


彼女の顔は、涙でぐしゃぐしゃだったけれど、その両の瞳には凄絶(せいぜつ)なまでの意思の強さが宿って見えた。


「それは確約出来ない。さっきも言ったけど、均衡調整課絡みの話は、僕の一存だけでは決められないんだ」


実際は、桂木長官からは、富士第一特別専従チームのリーダーを引き受けるのなら、人事に関しては僕の希望を最大限尊重する、と伝えられてはいるけれど。

それはともかく、これまでの僕なら、あくまで突っぱねたまま、このままこいつを追い返す所だ。


だけど僕は、彼女の瞳の中に宿るモノの正体をなぜか確かめてみたくなった。

だから……


「だけど話だけなら、聞いてやる」

「……分かった」


そう答えた鈴木は大きく深呼吸をした後、ぽつりぽつりと話し始めた。


鈴木の母親は16歳で彼女を生んだ。

父親は誰だか分からない。

鈴木の祖父母は彼女の母親が鈴木を産む事に反対していたらしく、母親は鈴木が生まれるとすぐに家を出た。

若く、学歴も無い母親が働ける場所は限られていた。

彼女は夜の仕事を転々とする中で、多くの男性と出会い、恋をした。

そして鈴木が高校に入学する頃には、父親の違う4人の兄弟姉妹が出来ていた。

仕事で家を空ける事が多かった母親に代わり、鈴木が彼等の世話をした。

幼い兄弟姉妹は鈴木を慕い、鈴木もまた、彼等に癒される日々が続いた。


1年前、鈴木の母親は、何度目かの新しい恋をした。

相手は20代後半のホスト崩れの男だった。

男は借金返済の為に店の金に手を出し、業界から干されてしまっていた。

借金取りに追われ、住む所も失った男は、鈴木達の家に転がり込んできた。

それからはありきたりの、しかし当事者達にとっては地獄の日々が始まった。

男は母親が稼いできたお金のほとんど全部を、酒とギャンブルにつぎ込んだ。

賭け事が上手くいかず、イライラすると、平気で鈴木達に手を上げた。

鈴木の幼い兄弟姉妹は泣き叫び、そんな彼等を鈴木は自らが傷付く事も構わず、一生懸命に身を挺して(かば)い、しかし母親は怯えた目でひたすら自分に火の粉が降りかからないよう、離れた場所から見ているだけ。

やがて男は、母親の留守中に鈴木にまで手を出してきた。

男の力で望まぬ服従を強いられ続ける中、鈴木は身も心もを()り減らしていった。


そしてあの日がやってきた。


全世界に流星雨が降り注ぎ、人類が異能を持つ者と持たざる者とに分かたれた時、鈴木は持つ側に入る事が出来た。

その日のうちに、彼女はその力を使って男に(あらが)い、自分と幼い兄弟姉妹を男から解放しようと試みた。


しかし……


男は鈴木よりもさらに強力な力を手にしていた。

後にB級と判定される事になる男に対し、D級と判定される事になる鈴木は、なす(すべ)もなく、再び蹂躙(じゅうりん)された。


その後の法改正で、一週間に魔石7個というノルマ(義務)が課せられたのは、18歳以上65歳未満の男女であった。

まだ16歳だった鈴木と違い、男は20代後半。

当然、男にもノルマは課せられる事となった。

しかしダンジョンに(もぐ)り、魔石を手に入れるよりも、酒とギャンブルに楽しみを見出していた男は、魔石集めを鈴木に丸投げした。


16歳以上であれば、ダンジョンに(もぐ)る事自体は違法ではない。

それどころか、18歳になって魔石集めが義務化する前の予行演習として、政府や均衡調整課によって、むしろ推奨すらされていた。

そのため鈴木は男から命じられ、男に魔石を献上するため、そして家計を支える母親のノルマを肩代わりしてやるため……そして男の機嫌を保つ事で、幼い兄弟姉妹を守るため、日々ダンジョンに(もぐ)る生活を送る事となった。

夢も希望も無いそんな日々は、しかしあの日あの時、F級と(さげす)まれていたはずの青年が、D級である自分や仲間達を圧倒した時、大きな転機を迎える事になった……


「……だからあたしは、もっと強くならなきゃいけないんだ。あの男から皆を解放するためにもっ!」


そう話し終えた鈴木は、唇を固く噛みしめたまま(うつむ)いてしまった。



一方、僕は彼女から告げられた“物語”に衝撃を受けていた。


彼女の言葉通りだとするならば、彼女にとって僕は、地獄の底に突如として垂らされた一本の蜘蛛の糸で、

だけどその蜘蛛の糸をどうやって掴めばいいか分からなくて、

もがいて、あがいて、癇癪を起して、

どうしても掴みたくて、

掴めなくて……


だからこそこいつは、あんなにも不器用な方法でしか、僕に相対する事が出来なかったのだ。


「鈴木」


僕の呼びかけに、(うつむ)いたままの鈴木の肩が、ピクっと震えた。


「お前のフルネーム、教えてくれ」

「……鈴木(らら)

「そっか。いい名前だな」

「……」

「お前さ、もし僕の仕事を手伝うって……おわっ!?」


いきなり顔を上げ、こちらに身を乗り出してきた鈴木に驚いた僕は、思わず()()った。

しかし彼女は、そんな事はお構いなしとでもいう雰囲気で大声を上げた。


「手伝わせてくれるのか!?」

「しーっ! 声が大きい! ここ、壁薄いから、隣のおじさんにまた怒られるぞ」


鈴木が、ハッとした感じで、自分の口元を押さえた。


「わ、(わり)ぃ」

「人の話は最後まで聞け」


鈴木が(うなず)くのを確認してから、僕は言葉を続けた。


「もし僕の仕事を手伝っても、お前自身が強くなる事に繋がらないとしたら……それでも手伝いたいか?」


鈴木がニヤリとした。


「手伝わせてくれるんなら、なんだっていいぜ」

「だから、強くなれなくても、か?」

「心配すんな。さっきも話したけど、お前についていけば、あたしは必ず強くなれるって確信しているんだ」

「確信って、まさか未来予知とか、そんなスキルでも持っているのか?」

「んなわけないじゃん。そんなスキル有ったら、真っ先に宝くじ買って大金持ちになって、あんな男の所からは皆でおさらばしているよ!」

「だったらお前の言う“確信”、それって、世間一般的には“勘”って言うんじゃないのか?」

「勘じゃ無くて、確信だ」


まあいいや。

じゃあ後は……


「お前、今夜はもう帰れ」

「えっ? 仕事、手伝わせてくれるんじゃなかったのかよ?」

「話は最後まで聞けって。今夜は帰って、明日またここに来い」


鈴木の顔がパッと明るくなった。


「早速仕事だな?」

「気が早い! その前に、お前を少し試させてもらう」

「なんだよ、就職試験でもやるのかよ? あたし、高校は3月で中退しちゃったから、やるなら中学レベルにしてもらいたいんだけど」


サラッとまた、ヘビーな告白が混ざっていたけれど、今はあえてそれには触れないでおこう。


「そういう試験じゃなくて、ちょっと人に会ってもらう」

「人? まさかあの関谷っていうお前のカノジョか?」


そうだった。

こいつ、関谷さんの事、僕の彼女だと誤認しているんだった。

まあ、正確には関谷さんが誤認させた(第310話)んだけど。

それはともかく。


「それは明日になってのお楽しみだ。それと、チャットアプリのID教えてくれ。実際、何時に来てくれとかは……そういやお前、明日って何か用事有るのか?」


鈴木がブンブン首を横に振った。


「無い無い! 有っても動かすから全然大丈夫だ!」

「それじゃあ、時間は明日、連絡するからさ」

「分かった」



鈴木が上機嫌で帰って行った後、一息ついた僕は……あ!


すっかり忘れていたあいつの様子を確認するため、浴室へ急ぐことになった。



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