521.F級の僕は、ティーナさんがオベロンの採寸を行うのを見守る
6月20日 土曜日15
「それじゃあ、早速、計測を始めましょうか」
そう口にしたティーナさんは、部屋の壁際に並んでいる棚の一つに近付いた。
そして棚の上に無造作に置かれていた白いアタッシュケースを手に取った。
彼女が開いたアタッシュケースの中には、何かの装置が収められていた。
僕はティーナさんに聞いてみた。
「もしかして、オベロンの“調査”を今から始めるの?」
ティーナさんが苦笑した。
「そうしたいのは山々なんだけど、Takashiはあと1時間ちょっとで、あっちに戻らないといけないんでしょ? だから今は寸法合わせだけ、先に済ませておこうと思って」
「寸法合わせって、光学迷彩の?」
「そうよ」
僕と話しながら、ティーナさんは、アタッシュケースの中に収められていた装置の電源を入れ、操作し始めた。
装置には、iPad位の大きさのモニターが付随しており、そこにいくつかの数値が表示されていく。
モニターの表示が安定するのを待ってから、彼女は装置の付属品と思われる、持ち手が太く先細りになっている長さ15cm程の棒のような道具を手に取った。
ちなみにテオは、目をぎらつかせたまま、その様子を見守っている。
「OBERON!」
ティーナさんの呼びかけに応じて、オベロンがティーナさんの下へふわふわ近付いた。
「何を始める気じゃ?」
「さっき話していた光学迷彩の特注品作ってあげるから、あなたのsizeを測らせてもらうわよ?」
ティーナさんがオベロンに先程の棒のような道具を向けた。
どうやら先細りになっている先端にはカメラが付いているらしく、装置のモニターに、オベロンの姿が映し出された。
それを目にしたオベロンが、感心したような顔になった。
「なるほどのう。光子を対象に当て、その反射率を数値化して記録しておるのじゃな?」
ティーナさんの目が一瞬細くなった。
「もしかして精霊王サマは、光子の流れも見えるの?」
オベロンが腰に手を当て、無い胸を張った。
「妾は始原の精霊にして、精霊達を統べる凄い存在なのじゃ。光子の流れ程度、視えなくてどうする?」
そう言えばこいつ、僕の部屋のエアコンを見て、電子が動力源になっている事を瞬時に見破っていたっけ?
と、ここで僕は違和感を覚えた。
僕はその違和感の正体を確かめるべく、ティーナさんに聞いてみた。
「結局、その装置ってどういう仕組みで、オベロンのサイズを測る事が出来るの?」
「これは3D光学scannerよ」
「光学スキャナー?」
ティーナさんが頷いた。
「対象物にlaser光を当てて、三次元的にscanする事が出来るの。つまり、乱暴に言い換えるのなら、copy機の三次元versionってところね」
という事は……
「オベロンの言葉通り?」
「ええ。さすがは“精霊王サマ”ってところかしら」
オベロンは、“妾をもっと褒め称えても良いのじゃぞ?”と上機嫌だけど、そんなオベロンを尻目に、ティーナさんが、そっと僕にだけ分かるよう、目配せをしてきた。
その意味を僕なりに類推すれば、つまりティーナさんもまた、オベロンに対して、僕と同じ違和感を抱いているけれど、今、それを話題にするのは止めておこう、という事だろう。
いずれにせよオベロンに関しては、彼女に“盗み聞き”されない状況下で、一度じっくり、ティーナさんと話をしてみる必要がありそうだ。
そして可能であれば、向こうの世界でエレンとも……
そうこうしている内に、オベロンの寸法合わせが終了したらしい。
ティーナさんが、モニター画面をチェックしているらしいテオに顔を向けた。
『どれ位で作れそう?』
『三時間だ!』
テオが叫んだ。
『さあ、早く俺をあそこに連れて行け! 間抜け面した役立たず共がやって来る前に!』
『確かに、皆が出勤して来る前に済ませちゃった方が、面倒を避けられるわね……』
少しの間何かを考える素振りを見せた後、ティーナさんが口を開いた。
『タカシ、あとは私に任せて。聞いての通り、一応、三時間後にはOBERON用の光学迷彩の戦闘服が仕上がる予定よ。それからテオ、私はタカシを大学の構外まで送って来るから、ちょっとここで待っていて』
しかしテオは言葉を返す事無く、モニター画面に視線を固定したまま、得体の知れない笑みを浮かべている。
それを確認したティーナさんは、肩を小さく竦める素振りを見せた後、僕とオベロンに声を掛けて来た。
「それじゃあ行きましょ」
部屋を出ると、彼女はそのままスタスタと僕達を先導して、来た道を逆方向に歩き出した。
そして階段を上がり、一階の廊下に出た所で足を止めた。
廊下の窓から見えるカリフォルニアの空はまだ暗かった。
「Wormholeの接続先は、Takashiの部屋で良いのよね?」
「うん。お願いするよ」
すぐに僕達の傍の空間が、渦を巻いて歪みだした。
そして数秒程で、見慣れたワームホールが出現した。
ワームホールの向こう側に、薄暗い僕の部屋が、魚眼レンズを通したかのように歪んで見えている。
僕はふと心に浮かんだ疑問を口にしてみた。
「ティーナはなんで直接、テオさんの部屋にワームホールを繋がなかったの?」
「それはもちろん、私のこの能力、あなた以外の誰にも伝えていないからよ」
そう言えば彼女は以前、この能力に関して、アメリカ政府にすら報告していない、と話していた。
しかしそれだと……
「テオさんって、ティーナがERENの仕事であちこち飛び回っているのは知っているんだよね?」
「そうね。知ってはいると思うわ」
「それだと、例えばティーナが実は今、ハワイに居るはずってテオさんが知ったら、どうやってカリフォルニアに戻って来たんだ!? って疑問に思わないかな?」
ティーナさんが、澄まし顔で言葉を返してきた。
「大丈夫よ。彼は他人の事情に無頓着だから」
「無頓着?」
「もっとはっきり言うと、関心が無いの。ほら、さっきも折角、Takashiがisdifuiでの冒険譚を熱く語ろうとしたのに、まるで興味を示さなかったでしょ? 今の彼が唯一興味を示すのは、異世界isdifuiそのものと、そこに存在するはずの、彼にF級の烙印を焼きつけた張本人に関する事項だけよ」
ティーナさんが――恐らく握手で読み取った――彼の心の内について説明してくれたのを思い出した、
「それなら逆に、ワームホールを彼の前で堂々と設置しても、何も問題は起き無さそうな……」
「それがそういうわけにもいかないのよね~」
ティーナさんが苦笑しながら、言葉を続けた。
「ほら、Takashiが【異世界転移】のskillを説明した時の彼、見たでしょ?」
テオは僕のスキルについて、ティーナさんに解析したのかって問い掛けていたっけ?
「彼にWormholeなんか見せたら、それこそ私の方が“途轍もなく面倒な事”になってしまうわ」
なるほど。
秘密が漏れるのを心配しているのではなく、自分がテオの調査対象にされるのが嫌って事のようだ。
この辺はなんともティーナさんらしい。
今度は、僕が思わず苦笑してしまった。
それはともかく、ここに来て1時間近く経過しているはず。
「それじゃあ、そろそろ行くよ。日本時間で明日だっけ? 井上さんと関谷さんが動画編集終えて、ティーナが動画を投稿したりする時、可能だったら僕もそれに合わせて、こっちに顔を出せるようにするからさ」
「そうね。その時には多分、OBERON用の光学迷彩の戦闘服も渡せるはずだから……あ、待って!」
ティーナさんが何かを思い出したような素振りで、ポケットの中から折り畳まれた小さな紙を取り出した。
「ちょっと試して欲しいことが有るの」
「何?」
僕はティーナさんから受け取った、その小さな紙を広げてみた。
防水紙のような感触のその紙には、アルファベットと、それに対応するかのような点と棒線が表として纏められていた。
「これって?」
「Morse符号よ」
「モールス符号?」
「そ。あっちに行ったら、渡してある重力波発生装置を使って、その表を参考に、Latin alphabet……日本語だと、Roma字? かな? とにかく、意味のある文章を私に向けて送信してみて。もしそれを私がちゃんと受信できるなら……凄いと思わない?」




