52.F級の僕は、光と闇の仲裁を試みる
ノエミちゃんの真っ直ぐな正義感が、僕の心をざわつかせる
5月17日 日曜日5
―――ブモォォォ……
ミノタウロスが、断末魔の雄叫びを上げながら、光の粒子となって消えて行った。
―――ピロン♪
ミノタウロスを倒しました。
経験値484,193,826,700を獲得しました。
Cランクの魔石が1個ドロップしました。
ミノタウロスの斧が1個ドロップしました。
レベルが上がりました。
ステータスが上昇しました。
レベルが、57から58に上がるまでに、僕は、ミノタウロス、メドゥーサ、デルピュネをそれぞれ5体ずつ倒していた。
そして、Cランクの魔石15個、ミノタウロスの斧4本、メドゥーサの彫像5個、そしてデルピュネの鱗5枚が手に入った。
ミノタウロスとは、あれから4回戦ったが、結局、スキル書がドロップしたのは、最初の戦いの後のみ。
スキル書のドロップに関しては、まだ謎が多い。
ドロップ品の内、ミノタウロスの斧は武器で、デルピュネの鱗は、素材だろう。
では、メドゥーサの彫像は、何だろう?
メドゥーサの彫像は、ちょうど手で握れるような太さの持ち手が付いていた。
そして、その上に、コケシの頭の如く、禍々しいメドゥーサの顔が乗っている。
素材的には、金属とも木製ともつかない不思議な手触りだ。
今までの経験上、装備状態で、ポップアップ画面の中のアイテム名やスキル名に触れれば、説明文が表示される。
持ち手が付いている所を見れば、装備品の一種かもしれない。
僕は、メドゥーサの彫像を握りしめたまま、自分のステータスを呼び出してみた。
―――ピロン♪
Lv.58
名前 中村隆
性別 男性
年齢 20歳
筋力 1 (+57)
知恵 1 (+57)
耐久 1 (+57)
魔防 0 (+57)
会心 0 (+57)
回避 0 (+57)
HP 10 (+570)
MP 0 (+57)
使用可能な魔法 無し
スキル 【異世界転移】【言語変換】【改竄】【剣術】【格闘術】【威圧】
装備 センチピードの牙 (攻撃+150)
エレンの衣 (防御+500)
効果 物理ダメージ50%軽減 (エレンの衣)
魔法ダメージ50%軽減 (エレンの衣)
……メドゥーサの彫像は、無い。
という事は、装備品では無いのかな?
そんな事を考えていると、熱心に僕のステータスを覗き込むエレンとノエミちゃんの姿に気が付いた。
僕は、二人に聞いてみた。
「ねえ、このメドゥーサの彫像って、何だろう?」
エレンが、先に口を開いた。
「相手を麻……」
しかし、エレンが言い終わる前に、かぶせるようにノエミちゃんも口を開いた。
「それは、スクロールのような、使い捨てのアイテムです。1回使用すれば消滅しますが、戦闘中に使用すれば、耐性が無く、かつレベル50以下の敵を、60秒間、必ず麻痺させることが出来ます」
「そうなんだ、ありがとう」
僕は、ノエミちゃんに一応お礼を言ってから、チラッとエレンの方を見た。
発言を妨害された形になったエレンではあったが、その事を特に気にしているようには見えなかった。
エレンは、そうでもなさそうだけど、ノエミちゃんは、過剰な位、エレンに対して敵愾心を持っている。
そのためか、ノエミちゃんは、いつも、エレンは、この場に必要無いのだ、という事を、言葉と態度で懸命にアピールしてくる。
ノエミちゃんのエレンに対する態度は、なぜか僕の心を少しざわつかせた。
エレンが、本当に闇を統べる者、魔王エレシュキガルと関係しているかどうか、僕には分からない。
だけど、今、この場では、エレンは、僕やノエミちゃんに不利になるような行動は、全く取っていない。
それどころか、僕の要望を聞き、僕が倒せそうなモンスターを選んで、僕のレベル上げに協力してくれている。
もしかしたら、エレンが魔王と関係しているというのも、ノエミちゃんの思い込みか勘違いなんじゃないだろうか?
ふいに、僕が関谷さんと初めて会った時、佐藤が投げかけて来た言葉を思い出した。
『……詩織ちゃん。そいつは放っといていいよ……』
F級だから。
荷物運びだから。
その場にいない者として扱う。
そう言うのって、どうなんだろう?
レッテル貼られてる側からすれば……
僕の心の中に暗い感情が沸き起こりそうになった時、ノエミちゃんに声を掛けられた。
「どうかされました?」
見ると、ノエミちゃんが、心配そうな顔で僕を見ていた。
「え? あ、どうもしないよ?」
僕は、精一杯の笑顔を作って答えた。
「そうですか……なにか、とても怖い顔をなさっていたので……」
どうも顔に出てしまっていたみたいだ。
気を付けないと。
「ごめんね。今夜の敵、ちょっと強かったからさ。少し気疲れしちゃってるのかも」
「タカシ様……」
ノエミちゃんは、エレンの方に向き直った。
「闇を統べる者よ、だから私は、もう少し下の階層で……」
「ノエミちゃん」
エレンに非難めいた言葉を掛けるノエミちゃんを制して、僕は、エレンに近付いた。
そして、エレンに笑顔でお礼を言った。
「今日もありがとう。エレンのおかげで、今日もまた少し強くなれたよ」
エレンは、一瞬キョトンとした表情になったが、すぐに少し微笑んだ。
「でも、まだ足りない」
「そうだね、これからも宜しく頼むよ」
「タカシ様!」
ノエミちゃんが、やや抗議するような声を上げた。
「闇を統べる者に心を許してはなりません」
「ノエミちゃん」
僕は、ノエミちゃんに静かに語り掛けた。
「僕は、110層まで登ってみせるよ」
「タカシ様……!」
ノエミちゃんの顔がみるみる笑顔に変わっていった。
「そのためには、エレンの協力も必要だ」
「そんな事はありません。私がいれば……」
「ノエミちゃん、この武器も防具も、エレンが用意してくれたんだ」
僕は、センチピードの牙とエレンの衣をノエミちゃんに見せながら話を続けた。
「それに、以前、文字通り、エレンのおかげで命を救われた。エレンがいなかったら、僕は、ノエミちゃんに会う前に死んでいたよ」
ファイアーアントを倒し、窮地を脱する事が出来たのは、エレンがくれたあのスクロールのおかげだ。
「だから、僕等がこの神樹を登りきって、110層に到達するまでは、皆で協力しよう」
ノエミちゃんは、複雑な表情のまま俯いた。
やがて、彼女は顔を上げた。
「……分かりました。ただし、条件があります」
「条件?」
「はい。まず、タカシ様は、いついかなる時も、この者と二人っきりでは行動しない事。そしてもう一つ」
ノエミちゃんは、エレンに厳しい視線を向けた。
「この者が、この世界に仇成す存在である、とタカシ様にもお分かりになられた場合、必ずこの者を倒して下さる事」
僕は、エレンを見た。
エレンは、僕等の会話にあまり関心は無さそうであった。
僕は、半分おどけたような口調で話しかけた。
「エレン、君が悪さしたら、僕は、君と戦わないといけないらしいよ」
「私は、誰とも戦わない」
「とりあえず、これからは、僕のレベル上げ、ノエミちゃんもついてきて良いよね?」
「タカシのレベル上げを邪魔しないなら、私は別に構わない」
エレンの言葉に、ノエミちゃんが反応した。
「邪魔をしそうなのは、あなたの方です!」
「まあまあ」
僕は、ノエミちゃんを宥めつつ、二人に話しかけた。
「とりあえず、これからも宜しくね」
話が一段落したところで、僕はインベントリを呼び出した。
そして、今回の戦利品をインベントリに収納しようとしたところで、エレンが口を開いた。
「センチピードの牙とデルピュネの鱗を1枚貸して」
「どうするの?」
「加工してくる」
もしかして、加工する事で、より強力な武器が創り出せるのかな?
僕は、エレンに武器と素材を手渡した。
そして、残りの戦利品を全て収納した後、インベントリの一覧をチェックしてみた。
Cランクの魔石が515個あるな。
売ったらいくら位になるかな?
地球だと、この前、関谷さんに貰ったCランクの魔石、1個32,000円で売れたから……
「1,648万円!?」
「何?」
「どうかしました?」
僕が、突然大声を出してしまったためか、二人が同時に驚いたような視線を向けて来た。
「あ、こっちの話。ごめんごめん」
僕等の世界に持って帰って売れば、一財産出来ちゃうな。
あ、でも、無理か……
F級が、Cランクの魔石、大量に均衡調整課に持ち込めば、事情聞かれる位じゃ済まない騒ぎに発展しそうだ。
Cランクの魔石、こっちだといくら位だろう?
僕は、ノエミちゃんに聞いてみた。
「Cランクの魔石って、いくら位で売れるか知ってる?」
「申し訳ございません。あまり魔石の売買に関しては、承知しておりませんので……」
ノエミちゃんが、申し訳なさそうな顔になった。
「あ、気にしないで。明日、ドルムさんにでも聞いてみるよ」
僕等の護衛対象のドルムさんは、貿易商だ。
もしかしたら、ついでに、いくつか買ってもらえるかもしれない。
「そろそろ帰ろうか?」
僕の言葉に、エレンとノエミちゃんが頷いた。
エレンが、僕の手を取り、ノエミちゃんが僕にしがみついた。
エレンが何か呟いた瞬間、僕等は、ゲンダの村の宿屋の一室に転移していた。
お読み頂きまして、ありがとうございます。
次回は、明日投稿予定です