51.F級の僕は、【威圧】を試してみる
おはようございます。
5月17日 日曜日4
この世界に存在しないはずのスキル書で、後天的には取得できないはずの新しいスキルが取得出来た?
いや、地球でも、スキル書なんてものは、存在しない。
後から勝手にスキルが取得されたって話も、聞いたことは無い。
今までも、自分がイレギュラーな存在だろうという事は、うすうす感じてはいた。
しかし、改めてこうした点を指摘されると、なんとも言えない薄気味悪さを感じてしまった。
「どうしたの?」
ふいにエレンの声がした。
声の方に顔を向けると、いつの間にか戻って来ていたらしいエレンが、不思議そうな顔で僕等を見ていた。
「あ、いや、今、新しいスキルを取得できたんだけどね」
「そう」
エレンの返事には、驚きのような感情はこもっていなかった。
僕は、思わず聞き返してしまった。
「そうって……スキルって、新しく取得出来たりするものなの?」
「さあ?」
エレンが、小首を傾げた。
「エレンは、僕が新しくスキルを取得しても驚かないの?」
「驚く? なぜ?」
「いや、だって、スキルって、普通は新しく取得出来たりしないんでしょ?」
「でも、あなたは、異世界人」
この世界の人間じゃないから、スキル書も手にはいるし、スキルも取得できる?
僕は、ノエミちゃんの方を振り向いた。
「ねえ、昨日、魔王を封印した勇者の話をしてたよね? その勇者っていうのは、成長率が異常だったって聞いたけど、スキルも勝手に取得出来たりしたの?」
ノエミちゃんは、困惑したような顔になった。
「申し訳ございません。そこまでは……」
エレンが、再び口を開いた。
「スキルが取得されたら困る?」
「困りはしないよ。むしろ、助かるというか……」
後から、とんでもない代償を請求されたりしないのなら、スキルの取得は、寧ろ、歓迎すべき事だけど……
「なら、いいじゃない」
「そうだけど……」
結局、何とも言えない薄気味悪さは、払拭されないまま残っている。
エレンは、これでこの話は終わりといった風情で、声を掛けてきた。
「今度は、二体同時に連れて来る」
「分かった」
エレンは、僕の返事を確認すると、再び暗がりの向こうへと消えて行った。
僕は、気を取り直して、再びセンチピードの牙を抜いた。
そして、ノエミちゃんに話しかけた。
「ノエミちゃん、さっきの、もう一度掛けてもらっても良いかな?」
「タカシ様の精霊の加護は、私が解除しない限り、掛け直す必要はございません」
「そうなの?」
「はい。ですが、くれぐれも、油断なされませんように」
「ありがとう」
どうやら、当分は、この階層のモンスター達の特殊攻撃は、気にしなくても良さそうだ。
とは言え、今度は、二体同時に相手にしないといけない。
暗がりの向こうから、モンスターが現れた。
2mはあろうかという顔だけのモンスター、メドゥーサと、5mを超える長さの上半身が女性、下半身がヘビのモンスター、デルピュネ。
僕は、出会い頭に、先程取得したスキル、【威圧】を試してみる事にした。
確か、声で発動させる事が出来るはずだけど……
ミノタウロスは、発動の為に、咆哮を上げていた。
でも、ミノタウロスみたいな声出したくないな。
カッコ悪いし。
もしかして、声だったら、何でも良かったりしないかな?
僕は、瞬間迷った挙句、心の中で【威圧】を念じながら、まず、メドゥーサに声を掛けた。
「おい!」
―――ピロン!
【威圧】が抵抗されました。
げっ?
抵抗された!?
「おい!」で発動は出来たみたいだけど。
まあ、そう一発目から上手くはいかないか。
僕は諦めて、センチピードの牙を手に、浮遊するメドゥーサ目掛けて飛び掛かろうとした。
そこへ、横から、デルピュネが襲い掛かってきた。
「タカシ様!」
ノエミちゃんの悲鳴が聞こえた。
僕は、咄嗟に身を躱しながら、センチピードの牙で、デルピュネの身体を斬り裂いた。
―――ギャアアア!
黒い鱗が飛び散り、デルピュネが、苦悶の声を上げた。
僕は、素早く距離を取りながら、デルピュネにも、【威圧】を試みた。
「おい!」
―――ピロン!
【威圧】が発動しました。デルピュネは、【恐怖】しています。
残り40秒……
成功した!
見ると、デルピュネが、文字通り、恐怖の表情を浮かべ、震えている。
どうやら、行動不能に陥っているようだ。
【麻痺】とどう違うんだろう?
とにかく、敵の1体は、動けなくなっている。
今のうちに、メドゥーサを倒してしまうべきだろう。
僕は、再び浮遊しているメドゥーサに飛び掛かった。
メドゥーサと目が合った瞬間、奇妙な感覚が全身を襲った。
―――ピロン!
凝視による【麻痺】を無効化しました。
ノエミちゃんが掛けてくれた精霊の加護が、仕事をしてくれたようだ。
僕は、そのままセンチピードの牙を、メドゥーサの大きな右目に突き立てた。
―――ギャアアアア!
メドゥーサが、悲鳴を上げた。
しかし、同時に、頭部に無数に生えるヘビの頭が、僕に逆襲してきた。
センチピードの牙を振り回してそれらを斬り裂きながら、僕は、再びメドゥーサから距離を取った。
右目を潰されたメドゥーサは、怒りの表情を浮かべて、こちらに飛び掛かってきた。
僕は、そこにカウンターでセンチピードの牙を突き出した。
センチピードの牙は、メドゥーサの左目に、深々と突き刺さった。
―――ピロン!
センチピードの牙による【麻痺】が発動しました。メドゥーサは、【麻痺】しています。
残り80秒……
よし!
僕が、メドゥーサに追撃をかけようとしたその時、ノエミちゃんが叫んだ。
「タカシ様! うしろ!」
僕が振り返ると、その視界一杯に、口を大きく開いたデルピュネが迫っていた。
しまった!
時間が経過し過ぎて、【恐怖】による硬直が解けた!?
僕は、デルピュネの攻撃を躱しきれず、右肩を思い切り咬まれてしまった。
大きな牙がエレンの衣を突き破り、皮膚に食い込んだ。
「ぐぅ……」
僕は、右手に持っていたセンチピードの牙を、思わず取り落としてしまった。
―――ピロン!
デルピュネの攻撃により、【毒】を受けました。
やばい!?
―――ピロン!
【毒】を浄化しました。
あれ?
もしかして、ノエミちゃんが掛けてくれた精霊の加護のおかげ?
僕は、素早くデルピュネから離れると、腰のベルトに差していた神樹の雫を取り出した。
アンプルの首を折ってそれを飲み干すと、僕の傷はたちどころに癒えていった。
デルピュネが、再び飛び掛かって来るのを躱しつつ、僕は、床に落としたセンチピードの牙を急いで拾い上げた。
そして、デルピュネの背後に回り込み、その首を横薙ぎに薙ぎ払った。
デルピュネの首が宙に舞ったが、それは、地面に落ちる前に、光の粒子となって消滅した。
そして、本体も、ゆっくり横倒しになりながら、光の粒子に変わっていく。
―――ピロン♪
デルピュネを倒しました。
経験値484,193,826,700を獲得しました。
Cランクの魔石が1個ドロップしました。
デルピュネの鱗が1個ドロップしました。
僕は、デルピュネの消滅を確認すると、急いでメドゥーサの方に駆け寄った。
メドゥーサは、ちょうど麻痺が解け、動き出そうとしていた。
―――ドシュ!
僕は、メドゥーサの背後から思い切り、センチピードの牙を突き立てた。
―――ギャアァァァァァ……
メドューサは、断末魔の叫びを上げながら、光の粒子へと変わっていった。
―――ピロン♪
メドゥーサを倒しました。
経験値484,193,826,700を獲得しました。
Cランクの魔石が1個ドロップしました。
メドゥーサの彫像が1個ドロップしました。
なんとか勝った……
安心すると、急に足の力が抜けた。
僕は、その場にへたり込んでしまった。
「タカシ様!」
ノエミちゃんが、駆け寄ってきた。
そして、心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
「お体、大丈夫ですか?」
ふいに近付いて来た彼女の綺麗な顔に、僕の鼓動が少し早くなった。
僕は、照れ隠しもあって、必要以上に腕や身体を動かして見せた。
「大丈夫だよ。ノエミちゃんがかけてくれた精霊の加護のおかげで、ほら、この通り」
ノエミちゃんに手を貸してもらいながら立ち上がった僕の方に、エレンが近付いて来た。
彼女は、魔石と先程のモンスター達がドロップした品々を、手にしていた。
どうやら、拾い集めてくれたらしい。
「これ」
「ありがとう」
エレンは、僕にそれらを手渡しながら、たずねてきた。
「レベル上がった?」
「いや、まだだよ」
「じゃあ、次行こう」
結局、その夜、僕は、レベル58になるまで、モンスターと戦い続けた。
次回は、明日投稿予定です