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499.F級の僕は、オベロンから約束の履行を迫られる


6月19日 金曜日14



トゥマの街、シードルさんの屋敷の中の僕とユーリヤさんの部屋に転移で戻って来た直後、【隠密】状態を解除したクリスさんが僕達に笑顔を向けて来た。


「みんなお疲れ」

「クリスさんこそ、お疲れ様です」

「タカシ君もなかなかやるね?」

「? 何の話ですか?」


クリスさんが悪戯っぽい表情になった。


「泰然とした態度で目を閉じて腕を組んだアレ、まさに英雄とはかくの如しって感じだったじゃないか」


……思い出した。

僕がトゥマ防衛戦の時に高レベルのモンスターを大量に殲滅した事を知ったモノマフ卿の幕僚達が、僕に“化け物”を見るような視線を向けて来た時の話だ。


「やめて下さい。アレはわざとじゃなくてですね……」


僕は話題を変えようと、ユーリヤさんに視線を向けた。


「あ、ユーリヤさん、お疲れ様でした。僕的には今回の会談、相当うまくいったように感じたのですが、実際どうでした?」


ユーリヤさんが微笑んだ。


「はい。おかげさまで。やはり、英雄の風格を漂わせたタカシさんが傍にいてくれたからこその成功でした」

「……その話、この辺で勘弁して下さい」



ひとしきり和やか(?)な会話が続いた後、改めてクリスさんがユーリヤさんに問い掛けた。


「この後、何か予定は有るのかい?」

「そうですね……」


ユーリヤさんが束の間考える素振りを見せた後、言葉を続けた。


「とりあえず、街の有力者達をもう一度政庁に集めて……」


話しながら、彼女は懐に収めていた封書の束を取り出した。


「コレを手渡して、モノマフ卿との会談について説明しておこうかと」


彼女が手にしているのは、自身も添え書きした、あの、モノマフ卿からの感状の束だ。

今日の昼食の席で、トゥマの有力者達は、モノマフ卿自ら軍を率いてここへ接近してきている事に、強い懸念を抱いている様子だった。

だからこそユーリヤさんは昼食後、(ただ)ちにモノマフ卿の(もと)に乗り込んだわけで、出来るだけ早く有力者達の懸念を払拭する事で、自分が上に立つ人物として頼れる存在である事を示しておきたいって事だろう。


「それじゃあ、皇太女殿下をルーメルにご招待するのは、明日にしようか? どのみちモノマフ卿がトゥマに到着するのは、早くても明後日以降になりそうだし」


そう口にしたクリスさんに、ユーリヤさんが軽く頭を下げた。


「そうして頂けると助かります」



クリスさんとアリア、そしてターリ・ナハが転移でルーメルに帰って行った後、ユーリヤさんは改めて街の有力者達を、もう一度政庁に招集した。

僕も同席する中、ユーリヤさんは、クリスさんの転移能力でモノマフ卿の(もと)に向かい、彼との会談を済ませてきた事を皆に告げた。

そしてモノマフ卿と良好な協力関係を築く事に成功した事、モノマフ卿から街の有力者達宛てに、ユーリヤさん自身も添え書きをした感状が発行されている事、等を簡潔に説明した。

その場に集まった有力者達の雰囲気が、昼食時と比べて、明らかに(なご)やかなものへと変化するのが感じられた。



政庁を出ると、綺麗な夕焼けが周囲を茜色に染め上げていた。

シードルさんが用意してくれた迎えの馬車の中で二人っきりになったユーリヤさんが、大きく伸びをした。


「今日も今日とて、内容の濃い一日になってしまいましたね」


彼女が向けて来る笑顔に釣られて、僕の気持ちも明るくなった。


「ですが、これでモノマフ卿の件が片付いたのは運が良かったって言えるかもですね」


こんなに早くユーリヤさんとモノマフ卿との会談が実現したのは、モノマフ卿が自ら軍を率いてこちらに向かってきてくれたからだ。

それを考えれば、その事を最初に教えてくれたオベロンも、途中経過はともかく、最終的には役に立ったと言えるかもしれない。

ちなみにオベロンはいつもの(ごと)く政庁での集まりに関心が無いらしく――僕の知らない間に、ふわふわどこかへ遊びに行っていなければ――ララノア達と一緒に、僕とユーリヤさんの帰りを部屋で待っているはずだ。


「そうですね。(あと)は……」


ユーリヤさんの表情が一気に引き締まった。


「出来るだけ早く帝都に向かい、せめて父の安否だけでも確かめてこないと……」


彼女が元々、任地の中部辺境軍事管区を離れ、帝都に潜行(※秘かに向かう事)しようとしていたのは、父である現皇帝ロマン=ザハーリンが、不意(ふい)の病に倒れた事を知った(第307話)からであった。

皇帝が倒れたのは、逆算すると、今から一ヶ月程前の話だ。

彼は、この国ではモドキ姫と陰口を叩かれるユーリヤさんにとって、当然ながらたった一人の父親であり、数少ない味方の一人でもある、かけがえのない存在だ。

口には出さなくとも、ユーリヤさんの心の中を常に感情の暴風が吹き荒れているであろう事は、僕ですら容易に想像出来る。


ふいにクリスさんの言葉(第489話)が思い起こされた。



彼女(エレン)は僕と違って……その気になれば、皇帝(ロマン=ザハーリン)が病に()せっているという帝城のど真ん中にだって、直接転移出来るかもしれない』



そしてまた、僕はユーリヤさんが、『追想の琥珀』に秘められた想いを僕と一緒に“視た(第452話)”事も思い出した。



―――彼女(エレシュキガル)は残された光を切り離し、この世界に生きる一人の少女(エレン)へと転生させる事で、彼女自身の浄化を図る事にした。



「ユーリヤさん」

「なんでしょう?」


僕は彼女の反応を確かめつつ、今心の中で浮かんだ考えを口に出そうとして……

馬車が停止した。

シードルさんの屋敷に到着した事を告げる御者の言葉に(うなが)されるようにして、僕達は馬車から降り立った。

出迎えてくれたボリスさんとスサンナさんに部屋へと案内される中、僕は先程持ち出しかけた会話を再開する機会を失ってしまった。



部屋に戻って来ると、オベロンが気負いこんだ様子で僕の方に飛んで来た。


「さ! “高級ほてる”の御馳走目指して、れっつらごーじゃ!」

「……」


そういや、そんな話(第496話)していたっけ?

今、トゥマが大体午後5時前位だから、時差を考えれば日本は午後9時前位のはず。

ティーナさん、一晩部屋を借り切っていると話していたし、予定通り関谷さんや井上さんと女子会を楽しんでいるのなら、まだ就寝には早い時間帯だ。

まあ経緯はともかく、今回、オベロンがそれなりに役に立った事は事実だし、今後も色々言う事聞かせるためには、ちゃんと“ご褒美”も必要だろうし……


僕はユーリヤさん達に声を掛けた。


「すみません、今からちょっと“倉庫”に出掛けてきてもいいですか?」


ユーリヤさんが微笑んだ。


勿論(もちろん)、構いませんよ。それで、夕食はどうされますか?」

「夕食は……」


こっちでユーリヤさん達と夕食を共にするには、二時間程度で一度戻って来ないといけない。

まあ二時間あれば、井上さんにオベロン含めてイスディフイの事情を説明出来るだろうし、その間に、こいつ(オベロン)も高級ホテルの御馳走、楽しめるだろうし……


しかしオベロンの大きな声が、僕の思考を中断させた。


「こりゃ! まさか(わらわ)を地球で24時間もてなす、という約束、反故(ほご)にするつもりではあるまいな?」

「24時間もてなす、なんて約束はしてないぞ?」


そう。

あの時(第496話)、僕はただ、『せっかく、地球で高級ホテルの御馳走食い放題に連れて行ってやろうと思っていたのにな~』としか口にしていない。


「それに二時間もあれば、御馳走、十二分に堪能出来るだろ? こっちに戻って来たら戻って来たで、どうせこっちの夕食も食べるんだろうし」


まあ毎度毎度、小さな身体とは明らかに不釣り合いな、有り得ない量の料理を平らげてはいるけれど。


オベロンが騒ぎ出した。


「おぬし! (わらわ)の妙案を採用したら、24時間、地球で(わらわ)をもてなすと約束したでは無いか!」

「いやだから、それはお前の妙案を採用したらって話だろ? 結局、採用してないし」


こいつの妙案(第495話)に従っていたら、今頃、死体の山が築かれていたはず。


「さては、たばかったな!?」

「たばかったって……人聞きの悪い事言うなよ!」

「タカシさん」


ユーリヤさんが口を挟んできた。


「モノマフ卿の件が上手くいったのは、精霊王殿の御助力あってこそです。ここはひとつ、精霊王殿の意向を尊重してあげてはどうでしょうか?」



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