493.F級の僕は、オベロンを脅してみる
6月19日 金曜日8
こうして初めての顔合わせは、和やかな雰囲気の中で終了した。
アリアと、奴隷の首輪を外したターリ・ナハは、クリスさんと共に、ルーメルの『暴れる巨人亭』に転移で帰って行った。
そして僕とユーリヤさんは、街の有力者達との協議に臨むため、政庁に向かう事になった。
ちなみにオベロンは、こうした協議には一切関心が無いらしく、“昼ご飯になったら呼ぶのじゃ”と言い残して、いずこかへとふらふら飛んで行ってしまった。
シードルさんの屋敷の執事、ドナートさんが用意してくれた馬車で政庁に向かう途上、僕はユーリヤさんにたずねてみた。
「今日の協議の席で、先程ユーリヤさんが話していた方針、皆さんにもお伝えするんですか?」
彼女が首を振った。
「全ては伝えません。幸い今の所、トゥマの人々は私を支持してくれていますが、帝都に転移して実権を奪い返す、なんて話をすれば、不安感から私を排除しようとする者が現れないとも限りませんから」
それはその通りだろう。
この地で過ごしてまだ日が浅い僕ですら、彼女の立場の危うさは身に染みて実感させられている。
「では具体的にはどこまで説明を?」
「一応、モノマフ卿からの返書を待ち、彼と会えれば、凱旋式とキリルの処遇について、彼と相談する、といったところまででしょうか」
と、ここで僕は気になっていた事を聞いてみた。
「ところで、シードルさんや他の街の皆さんは、クリスさんの事、ご存知なんですよね?」
僕より一足先にユーリヤさんに状況を知らせてくれたターリ・ナハは、クリスさんの転移能力により、トゥマに帰還出来た、と説明したはず。
そして僕がトゥマに戻って来た時、僕を出迎えてくれた人々の中には、シードルさんの姿もあった。
「はい。ですが、今朝実際にお会いした事も含めて、詳しい話はしばらく伏せるつもりです」
ユーリヤさんは今朝、クリスさんが転移能力を持っているという事実を伝える相手を、自分に選別させて欲しいと話していた。
「分かりました。それではその辺の説明はユーリヤさんにお任せします」
政庁での協議は予定通り、2時間程で終了した。
協議の場では、僕がまだ把握していなかった事項についても話が出た。
どうやらユーリヤさんは、トゥマの街を“掌握”して以降、駐屯軍と冒険者の中から偵察能力が高い者を選抜して、周辺地域の状況を探らせていたらしい。
名目上は解放者の動向を探る為。
実質は周辺の帝国関係者の動向を探る為。
まあつまりは、アリアとクリスさんの捜索も、その流れの中で実施されていた、という事のようだ。
そして今朝の時点では、周辺地域に目立った動きは見られない事も合わせて報告された。
協議終了後、政庁にて、ユーリヤさんや街の有力者達と昼食を一緒に食べる事になった。
用意された食事の席に案内された段階で、オベロンがどこからともなく、ふわふわやって来た。
オベロンの存在自体は既に皆知ってはいるはずだけど、実際にその姿を始めて目にしたらしい何人かが少しぎょっとするのが見えた。
当のオベロンはそんな周囲の反応を気にする事無く、蕩けそうな表情を浮かべながら、並べられた料理の一つ一つを確認していく。
「むふぅ……旨そうな料理ばかりでは無いか。このような物を食する事が出来るだけでも、苦労してこの世界で実体化した甲斐が有ったというものじゃ」
「オベロン、よくここが分かったね?」
彼女はシードルさんの屋敷で別れる時、“昼ご飯になったら呼ぶのじゃ”と口にしてはいたけれど、僕は別段彼女を“呼んだ”覚えはない。
「妾はおぬしと契約を結んでおるからのう。おぬしの居場所は、立ち所に分かるのじゃ」
「もしかしてそれって、僕の居る場所の周囲の状況も分かるって事?」
「そうじゃぞ。まあ、それはおぬしの周囲の状況に限った話では無いがのう」
なるほど。
だから呼んでもいないのに、ここに食事が用意されている事が分かったのか。
と、傍で僕等の会話を聞いていたらしいユーリヤさんが、オベロンに話しかけた。
「精霊王殿は、タカシさんの周囲以外の状況も把握出来るという事でしょうか?」
そう言えばオベロンの僕への返答、そんな感じのニュアンスだった。
果たして、オベロンがいつもの如く両手を腰に当て、無い胸を張った。
「妾は始原の精霊にして、精霊達の王たる凄い存在じゃぞ? この世界に属する場所であれば、居ながらにして全て把握出来る!」
ん?
もしかしてオベロンは、僕が500年前のあの世界で使用出来た{俯瞰}或いは{察知}のような能力を持っているって事だろうか?
「さすがは精霊王殿です」
ユーリヤさんが感心した風で言葉を続けた。
「それなら、この街の外の駐屯軍の様子も、詳しく知ることが出来たりするのでしょうか?」
オベロンが、ふんと鼻を鳴らした。
「その程度、朝飯前じゃ。ちなみにおぬしのいう駐屯軍とやらの兵士どもは、今、食事の真っ最中じゃ」
「素晴らしいお力です。でも……」
ユーリヤさんが、オベロンに試すような視線を向けた。
「精霊王殿と言えど、州都リディアとこのトゥマの街との間に、何か変わった物が“視える”かどうか探る……なんて事までは出来ませんよね?」
オベロンが少しむっとした雰囲気になった。
「おぬし、妾を見くびるでない! 先程も申した通り、この世界に属する場所なら、いかに離れていようと、ありありと観察する事が可能じゃ!」
ユーリヤさんが大仰に頭を下げた。
「失礼致しました。それではもし、本当に何か“視える”ようでしたら、是非ご教示願いたいのですが……」
オベロンは再び、ふんと鼻を鳴らした後、束の間、何かを探るような雰囲気になった。
数秒後、彼女の顔に、まるで子供がおもちゃを手に入れた時のような表情が浮かんだ。
「ほほう……これは……」
「何か“視えた”の?」
思わず問い掛けた僕に、オベロンが言葉を返してきた。
「軍勢じゃ」
ざわ……
周囲で僕等の会話を聞いていたであろう、街の有力者達の間にざわめきが起こった。
ユーリヤさんがオベロンに問い掛けた。
「どういった“軍勢”でしょうか? 所属や人数、或いはこの街からの距離等も教えて頂ければ……」
しかしオベロンがそれを遮るように声を上げた。
「妾は腹が減った! まずは何か食わせよ!」
「もちろん、こちらの料理は、お好きなだけ召し上がって頂いて結構です。ですが、宜しければその前に、その“軍勢”について、もう少し詳しく教えて頂けませんか?」
「おぬし……」
オベロンが、ユーリヤさんに小馬鹿にしたような表情を向けた。
「妾を使い魔か何かと勘違いしておらぬか? 契約している訳でもないおぬしに、どうして妾が……ウワァヤメ……」
僕は空中にふわふわ浮いているオベロンを、右手で掴み取った。
「じゃあ契約している僕の言う事なら聞くよね?」
手の中でオベロンが身を捩った。
「おぬし! なぜこうもホイホイ妾を鷲掴みにするのじゃ? はっ!? まさかおぬし、いたいけな美少女を……モガフガ」
僕は空いている左手でオベロンの口元を塞ぎつつ、出来るだけ低くゆっくりとした声を出してみた。
「いい加減にしろよ? これ以上、ユーリヤさんに失礼な態度を取り続けるなら……」
そして口元から左手を外し、代わりにオベロンの背中に生えている羽根を引っ張った。
「この羽根、むしってもまた生えて来るかどうか試す事になるぞ?」
オベロンの表情が引きつった。
「おぬし、なんと恐ろしい事を……」
「じゃあ早く教えろ」
「わ、分かったゆえ、羽根を引っ張るのは止めるのじゃ!」
僕が手を離すと、オベロンは露骨にホッとしたような表情になった。
そして彼女が“視た”という“軍勢”について、しぶしぶ語り始めた。




